幼き日の二人

エリオットと初めて出会った瞬間の記憶は、リリーシュにははない。それはもう乳飲み子であった頃から、二人はお互い母親に抱かれ顔を合わせていた。


アンテヴェルディ公爵家にとって、王族に最も近しい貴族であるウィンシス公爵家と懇意にできることは、とても誇らしいことであった。


家族を溺愛するあまり、つい他のことを後回しにしがちになってしまうワトソンであったが、ウィンシス卿はそんな彼を好ましく思っていた。


そして父もまた、何かと忙しいウィンシス卿に代わり、エリオットやその妹であるリザリアを可愛がった。


まるで兄妹のように、とまではいかなくともリリーシュとエリオットは頻繁に顔を合わせ、成長するにつれ彼女は彼に憧れを持つようになった。


幼い頃から、エリオットは綺麗な少年だった。エメラルドの瞳と、風に靡くヘーゼルアッシュの髪。人格者の両親に育てられた彼は、歳の割に大人びていた。


そんな男の子が傍にいるのだから、好きにならないはずはない。愛だの恋だのという具体的な感情はまだ分からなくとも、つい熱い視線を彼に送ってしまうくらいには、好意を持っていた。


物心つく頃には、リリーシュは毎日エリオットが来るのを今か今かと待ち侘びるようになっていたのだ。


しかしエリオットは、確か六つか七つくらいの頃から、リリーシュに対してだけとても冷たくなった。もっと幼い頃は優しかったはずの彼に起きた、突然の変化。


初めはそれを理解できなかったリリーシュであるが、時を過ぎれば流石に気付く。


(エリオットは、私のことを嫌いになったのかもしれない)


そう思うと悲しくて、彼がいつアンテヴェルディ家へ来なくなってしまうかと怯えた。


しかし、エリオットはリリーシュに会いに来ることをやめなかった。


それは、両親に頼まれてしぶしぶなのかもしれない。現に、リリーシュに会いに来るエリオットの表情は硬い。


終始ぶすっとした態度で、ふてぶてしく長い脚を組んでいた。


とはいえリリーシュの兄であるカルスに会いにきているという訳でもないようで、エリオットは常に彼女の傍にいた。


リリーシュが何か話しかけると、ぶつくさと文句を言いながらもエリオットはきちんと答えた。


遊んで欲しいと言えば、舌打ちしながらも遊んでくれた。


そんな彼を見ている内、リリーシュは思うようになる。


(エリオットは、そ・う・い・う・子なんだわ)


と。


その考えに落ち着いてからのリリーシュは、悲しむこともなくなった。むしろ、懐かない野生動物と接しているようでワクワクした。


こう言えば、どういう反応を見せるだろう。どんなことをすれば、喜んでくれるだろう。


リリーシュが笑えば笑うだけ、エリオットの眉間に皺が寄る。


彼女にとってはそれが、おかしくて仕方なかったのだ。






「お誕生日おめでとう。エリオット」


それは、エリオットの十歳を祝うパーティーでのこと。


リリーシュは彼に、アンテヴェルディ公爵領地で採掘されたダークグリーンの宝石をあしらった飾りボタンをプレゼントした。


リリーシュの母であるラズラリーは、その贈り物を「とても地味だ」と言った。ウィンシス公爵の嫡男へのプレゼントなのだから、もっと派手にするべきだと。


しかし、リリーシュはそう思わなかった。小さな頃からの付き合いで、エリオットが自分の母親のように派手好きでないことは知っている。


それにリリーシュ自身も、金に物を言わせた煌びやかな贈り物よりも、自分にしかあげられないものを渡したかったのだ。


アンテヴェルディ公爵領に幾つかある鉱山の中でも、一番規模の大きな場所。


リリーシュは動きやすい作業着のようなものに身を包み、そこの採掘場を仕切っていたベテランの採掘者に、自分も参加させて欲しいと頼み込んだ。


公爵令嬢自らが採掘なんてと驚いていたが、最後にはリリーシュの願いを聞いてくれた。


全身に土埃を浴びながら自らの手で手に入れた、小さな鉱石。それを、宝石彫刻師に習いながら一生懸命に磨いた。


そうして完成したしたのが、この飾りボタンだ。確かに母親の言う通り、由緒ある公爵家の嫡男に渡すものとしては少々地味かもしれない。


しかしリリーシュにとっては、今自分があげられる中で一番のプレゼントだったのだ。

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