お砂糖のように甘い幼馴染

「あはは、ラズラリーさんらしいね」


金の縁取りが施された美しいカップに口をつけながら、見目麗しい青年はおかしそうに笑った。


「笑いごとではないわ、エリオット。お母様は派手派手しいものが大好きだから、いつかこのアンテヴェルディ公爵家が傾いてしまわないか心配なの」


エリオットと呼ばれた青年は、澄んだエメラルドの瞳を優しげに細めながら、そっとリリーシュの頭に手を置いた。


エリオット・ウィンシスは、リリーシュと同じ十六歳。元々は彼の父親とリリーシュの父親が仲の良い幼馴染で、小さな頃から家族ぐるみの付き合いだった。


アンテヴェルディ公爵家も由緒正しい家柄ではあったが、ウィンシス公爵家とは比べ物にならなかった。


ウィンシス公爵家の令嬢は、遥か昔から王に嫁ぎ王妃となる人物が多い。


エリオットの父親であるウィンシス卿も、それは才覚に溢れた人格者だった。


彼の代になり領地は益々拡大し、領民からの信頼も厚い。剣の達人でもあり、現在は王子の師範として活躍しているのだと、なぜかリリーシュの父親が得意げに彼女に語ったことがある。


そんな素晴らしい父親に育てられたエリオットもまた、周囲から慕われる好青年。


エメラルドの瞳と、清潔感のあるヘーゼルアッシュの髪。健康的な肌の色と、スッと通った鼻筋。


一番上に瞳と同じ綺麗なエメラルドがあしらわれた飾りボタンのついたベストと、仕立ての良いスラックスがスラリとした体型にとてもよく似合っている。


少しだけ大きめの形の良い唇から発せられる声色さえ、あっという間に女性を虜にするような甘さを含んでいた。


「リリーシュは家族思いの良い子だね」


「ごく普通だと思うのだけど」


「そんなことないよ。リリーシュのように見た目も可憐で中身も素晴らしい天使は、国中探しても君以外にはいない」


「相変わらず、エリオットは私に甘いんだから」


「当然の評価をしているまでだよ」


エリオットは、至極真面目な表情でそう言った。


そして当のリリーシュも、特に気にした様子はない。


それもそのはず、彼女にとってエリオットのこの言動は“いつものこと”だからだ。


彼に褒められることは、リリーシュには挨拶と同じことだった。


「それに比べて、エリオットのお母様は素晴らしいわ。平民にも分け隔てなく接してらして、そこで得た知識を存分に活用して公爵家の繁栄に貢献しているのだから」


リリーシュは、テーブルの上に置いてあるケーキスタンドから、トングを使いフィナンシェを取ると、自身の皿に乗せた。


傍に控えていた侍女のルルエが「私がやりますのに」と口を尖らせたが、自分でスイーツを取るくらいなんでもない。


浪費家の母親のことをリリーシュは少なからず非難の目で見ていたが、屋敷に雇っているコックとパティシエについては、素晴らしい人物を連れてきたものだと評価していた。






「リリーシュはご令嬢にしては、珍しい考え方の持ち主だよね」


「あら、それは貴方のお母様の影響よ。昔から私を可愛がってくださったし、あの方は私の憧れだわ。いずれは私もあんな女性になりたいと、図々しくも夢に見ているのだから」


「昔から、リリーシュは僕の母の信者だよね。家族を好いてくれるのは嬉しいけど、僕個人としては少し複雑かな。母より、僕の方を見てほしいのに」


「もちろん、エリオットのことも尊敬しているわ。ウィンシス公爵家は、私の指針なの」


「それを聞いたら、君のお父様が泣いてしまうよ」


「そうなったら、優しく背中をさすって差し上げるから大丈夫よ」


「まったく、君という人は本当に可愛らしいね」


「そう思っているのはエリオットだけだわ」


「だといいけど」


悪戯っぽく微笑んだエリオットは、再びティーカップに口をつける。


リリーシュは何をしても絵になる彼に感嘆しながら、感慨深いものを感じていた。


今でこそ、エリオットはこんな風にリリーシュを溺愛しているけれど、昔はそうではなかったからだ。

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