男色家と噂されている婚約者様のツン具合が、私の幼馴染と似ていたので。
清澄セイ
言うほどほんわかでもありませんが
リリーシュ・アンテヴェルディ公爵令嬢は、アッシュグレーの輝く髪にうるうるとしたヘーゼルアッシュの瞳を持つ、ほんわかとした性格の女性だった。
野原に咲くシロツメクサのように素朴で慎ましやかで、いつのまにか辺り一面を覆ってしまうような。
その他大勢と居る時には特段気にならない存在であるのに、ふとした瞬間に見せる表情がどこか儚げで、健全な男ならば誰もが彼女を守りたいと思うことだろう。
しかし冒頭でも述べたように、彼女はほんわかとした性格だった。
誰のアプローチにも、求婚にも、気が付かない。
真実を言ってしまえば、彼女がそういったことに興味がないからなのだが。
いつの間にか、周囲からは“難攻不落の鈍感令嬢”という実に不名誉な通り名で囁かれていた。
しかしくどいようではあるが、リリーシュはほんわかとした性格である。
己がそんな風に囁かれていることなど、梅雨知らず。
いやあるいは、どうでもよいと思っていたのだ。
「リリーシュ、これを見て。綺麗なブローチでしょう?」
リリーシュの母親であるラズラリー・アンテヴェルディ公爵夫人が、得意げな笑みを浮かべながらくるりと軽やかに身を翻した。
「そんなに動いていたら、よく見えませんわ。お母様」
「そうかしら?では、これならどう?」
ラズラリーはふわふわと動くのを止め、胸元をずいっとリリーシュに突き出す。
そこには、自己主張の強い真っ赤に輝く宝石がふんだんに使われたブローチが光っていた。
ギラギラと存在感を放つそれは、リリーシュの趣味ではなかった。
もっとも、宝石の採掘を主な収入源としているアンテヴェルディ公爵領で採れるどんな石も、リリーシュの心を動かすことはないが。
「これを、今度の目玉商品にしようと思うのだけれど」
「そんなに贅沢に宝石をあしらっているのですから、お値段もさぞ張るのでしょうね」
「あら、いいのよ。私のお得意様はみんなお金持ちの奥様方ばかりなのだから」
「もっと、手に取りやすいものも作ればいいのに」
「そんなの嫌よ、つまらないわ」
少女のようにぷん、と頬を膨らませてみせるラズラリーは、実際の年齢よりも遥かに若く見える。
彼女の夫でありリリーシュの父親であるワトソン・アンテヴェルディは、ラズラリーにそれはそれは甘かった。
どんな我儘だろうと、彼女のためならお安い御用。妾や第二夫人などもってのほかで、他の女性には目もくれずラズラリーだけを褒め称えた。
私達の暮らすこのエヴァンテル王国の中でも、ラズラリーは指折りの美女だ。
そんな彼女によく似たリリーシュのことも、度が過ぎるほどの溺愛振り。
リリーシュには二つ年上の兄がいるのだが、その兄も母親似である為に、よくある父親の威厳というものは存在しなかった。
「鉱石に恵まれているとはいえ、それも決して無限ではありません。宝石をふんだんにあしらったアクセサリーもいいですが、数を増やすのならもう少し工夫なさった方がいいと私は思います」
「まぁ、リリーシュは賢いわね。だけど、私はキラキラしたものがいいの」
まるで、母親というよりも手のかかる妹。リリーシュは基本的には物腰柔らかで優しい性格なのだが、ラズラリーと話をしているとたまに物凄く疲れる時があると思ってしまうのだった。
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