第178話 緊急クエスト②

大判の石敷きになっている3m幅の通路がトンネル状に延びていた。

天井から落ちてくる光は、足元を充分に照らすほどの明るいものではない。

床を踏み鳴らす足音が空間に反響していた。

風が流れており、回廊内に異臭のような類はない。

ここに来た目的は機械少女が開催しているという『魔王の秘宝』というイベントに参加している領主の保護と、新賢者と呼ばれている水明郷という者を確保すること。

諜報班の3人と機械少女とで、魔物をエンカウントすることなく西方都市の中心部へ向けて進んでいた。

先頭を歩いていた分析班の1人であるお洒落女子の斥候が、狭い通路を抜けて大空間に出たところであった。

ボサボサ頭の鑑識、そして班の隊長となる侍大将の親父がその後に続いていく。

その様子を見ていた隣を歩く機械少女の方へ視線を落とすと、口角を吊り上げて細く微笑んでいた。

この表情は、悪代官と桔梗屋が悪巧みを企てている時にするやつだ。

やれやれ。何かを良からぬことでも企んでいるのかしら。


そこは、競技場サイズの空間が広がっていた。

いかにも巨体のラスボスと戦いを繰り広げるために用意された部屋のようだ。

大判の石が、天井・壁・床に綺麗に貼られ、照明の光が室内を昼間のように明るく照らしている。

魔物の気配を感じる。

だが、攻撃を仕掛けてくる様子はない。

こちらから刺激をしなければ、問題ないということか。

向こうの壁に西方都市の砦に繋がる廊下が見え、大空間の中央にはポツンと掲示板が立てられていた。

何かそこに書かれているようだ。

前を歩いていた諜報班の3人も気になったようで、掲示板を覗きこむとそれぞれのリアクションをしていた。

斥候女子は目を輝かせ、ボサボサ頭の鑑識は無表情で、50過ぎの親父は顔をしかめている。

とてつもなく嫌な予感がする。

3人の背後から掲示板に書かれている文章を確認すると、次のとおり言葉が書かれていた。



緊急クエスト発生。この部屋に隠されているA級相当の『宝箱』を探し出せ!



緊急クエストとは、突発的な事件が起きた際に発生する代物。

掲示板に書かれている『宝探し』の要素に緊急性があるとは思えない。

いかにも、私達がここを通ることを前提として用意されたクエストのようだ。

お洒落女子の斥候に関しては、なにやらテンションをあげ物色を開始していた。

諜報班の隊長は、不安そうな表情を浮かべながら腕組みをしている。

鑑識の男については、後輩の斥候へ余計なことをしないように注意をしていた。



「おい。後輩女子。お前、何をしているんだ?」

「見て分かりませんか。お宝を探し始めているんですよ。」

「ちょっと待て。俺達は任務中なんだぞ。」

「任務中であることくらい分かっています。馬鹿にしないで下さい。」

「いや。お前。分かってないだろ。」

「先輩。何だか暇そうですね。」

「そうだな。暇といえば暇だな。」

「だったら私を手伝って下さい。」

「俺達の任務はお宝を探すことじゃないぞ。」

「先輩。訳の分からないことを言わないで下さい。」

「おかしなことを言っているのは、俺じゃない。お前の方だろ。」

「私達は『魔王の秘宝』のイベントに参加中じゃないですか!」

「何だと。俺達がいつイベントに参加したっていうんだ!」

「はぁ。私はいま忙しいんですよ。暇を持て余している陰湿で根暗な先輩。部屋の隅っこの方で適当に引き篭もっていてもらえませんか。」

「その言葉。聞き捨てならねぇな。引き篭もりを馬鹿にするんじゃなねぇぞ。俺達は社会の犠牲者なんだよ。」

「すいません。言っていることが分からないんですけど。とにかくです。イベントに参加した件については隊長に聞いて下さい。」

「どういう事だ。隊長がイベントに参加したって言ったのか!」



後輩女子の言葉を聞いた先輩の鑑識が、血相をかえて侍大将の方へ振り向くと、その親父は慌てた様子で首を振った。

『いやいや。俺はイベントに参加の申し込みはしていないぞ』と口パクをしている。

そもそもであるが、イベントに参加するには何をもってそういうのかしら。

横に歩く機械少女へ視線を戻すと、私の意図を悟ったようで、イベント参加の条件について、説明を始めてきた。



「三華月様。イベントへの参加は自由としております。」

「それはつまり、ここへ入った時点でイベントに参加しても何ら問題ないと言っているのですか。」

「そうです。自由参加です。あのジャリン子が言っている言葉は間違いではありません。」

機械少女ルギアルプスアレクサンドラ。続けて質問してもいいですか。」

「もちろんです。三華月様の最も忠実な騎士である私に拒否をする選択肢はありません。」



諜報班の3人が生産性の無い会話をしている。

安定の展開だ。

そんな中、機械少女が被っていたフードをめくり深く頭を下げてきた。

造りものであると分かるもののシンメトリーの綺麗なつくりの顔をしており、黄金色のサラサラヘアーが照明に反射している。

いま何気ない感じで機械少女がおかしな言葉を口走っていた。

自身のことを私の騎士と言っていなかったか。

177話では私のことをMain_Kaiserとも言っていたし。

そう言えば、最古のAIであるペンギンは、私の特級下僕であると勝手に名乗り、四十九へ対しマウントをとろうとしていた。

機械少女とペンギンが出会ってしまったら、きっと良くないことが起きる予感がする。

そんなどうでもいい事は、いま考えることではないか。

その時はその時だ。

なるようにしかならないだろう。

とにかく、この部屋についてのことを聞かしてもらいましょう。



機械少女ルギアルプスアレクサンドラ。この室内は見通しが良く、大きくとられているようですが、宝探しをするというよりもボスキャラと戦えるように設計されているように思えます。」

「さすが三華月様。気が付いてしまいましたか。」

「魔物の気配も感じられます。」

「まさしくその通りです。」

「どういうことですか。分かるように説明して下さい。」

「実は、隠されている宝箱というのが『ミミック』なんです。」



ミミックとは、宝箱の姿をした魔物のこと。

迷宮内で冒険者がミミックを開けようとすると、箱が牙だらけの口と化して襲いかかってくる。

そして不意討ちを受けた冒険者は、手痛いダメージを受けることになるのだ。

ちょうど、お洒落女子の斥候が『ミミック』を発見したようだ。

長方形の箱に丸みを帯びた蓋が付いた形状をしている宝箱、もといミミックを両手に持ちはしゃいでいる。

そんな後輩女子へ、何かを感じ取った様子よ先輩の鑑識が慌てながら注意をした。



「むやみに動かすんじゃない。罠が仕掛けてあるかもしれないじゃないか。」

「なるほど。罠ですか。だとしたら、解除したらすむ話しじゃないですか。つまりあれです。山に何故登るんだと聞かれたら、そこに山があるからさ、と答えるのと一緒ですよ。」

「どういう意味なんだ。もしかして、罠を何故解除するんだと聞かれたら、そこに罠があるからさ、と言いたいのかよ!」

「先輩。面倒くさいことを言う暇があったら、早く罠を解除して下さい。」

「後輩女子。罠の解除はお前がしたらいいじゃないか。」

「私は武闘派の斥候です。根暗系が獲得しそうなスキルなんて持っているはずが無いじゃないですか。」

「そうか。仕方がない。ここは宝箱は諦めるべきだな。」

「先輩。とにかく罠を解除して下さい。」

「だから、俺は危ないことは嫌いなんだよ。」

「先輩。金持ちに成ったら、毎日アイスクリームが食べ放題ですよ。」

「いや。俺はもし金持ちになったら、無駄遣いはしないで老後に備え貯金することにするよ。」

「人生を諦めないで下さい。自分を大きく見せるために、ブランドもの服を買いましょう。」

「ブランドものか。俺、小心者じゃん。そんな派手なことは出来ないぜ。」

「分かりました。くそ根性なしの先輩がやらないのなら、私が宝箱を開けることにします!」



お洒落女子が持っていたミミックを勢いよく力任せに開き始めた。

開いた隙間から魔物の牙が覗いている。

やれやれです。

放っておくわけにもいかないか。

ここは誰も気が付かない速度で、ミミックを撃ち抜いて差し上げましょう。

運命の弓の召喚しようとした時である。

ミミックに反応している侍大将の隊長の姿がそこにあった。

深く腰を沈め、居合い抜きを始めている。

音速の速さで抜刀し、衝撃派を繰り出す遠距離斬撃だ。

その名は『ソニックブレード』。

侍大将の隊長が抜刀した。

旋風が発生し、牙をむくミミックに『ソニックブーレド』が直撃した。

凄まじい衝撃音が響き、その威力が伺える。

ミミックはというと、斥候女子から引き剥がされて向こうに飛ばされたものの、無傷のようだ。

ミミックvs諜報班の戦いが開始された。

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