第179話 vsミミック

ここは、西方都市の外殻に広がる地下1階層。

延々と続く3m幅の地下通路を抜けると大きな空間が広がっている部屋が目の前に現れていた。

室内は、1周が400mのトラック走を行えるくらいの大きさがある。

天井高は30m超。

まるでボスキャラと戦うような設計の空間だ。

大判の石が天井・壁・床へ継ぎ目なく敷き詰められ、稼働している換気用ファンにより、新鮮な空気が流れていた。

隣にいる背丈が120cm程度の機械少女が分析班の3人の様子を見て、細く微笑んでいる。

金色の髪の毛が照明の光に反射し、造りものだと分かるものの、綺麗な顔立ちをしていた。

室内の中央には、分析班の隊長となる侍大将の親父が刀を両手に持ち構えている。

その背後には斥候女子と、ボサボサ頭の鑑識が控えており、臨戦態勢をとっていた。

斥候女子が先輩が言う事を無視して、発見した宝箱を開き、その結果『ミミック』と呼ばれる魔物が現れたのだ。

今しがた、分析班とミミックとの戦闘が開始されたところである。

その魔物の姿は、簡単に持ち上げられる程度の宝箱の姿をしており、両手と両足に真っ赤な光を放つ4本レーザープレードを装備していた。

いわゆる両手、両足の4刀流である。

隊長から放たれた遠距離斬撃が直撃したものの、その4本のブーレドで完璧に防御していたのだ。

早速といった感じで、ボサボサ頭の鑑識と侍大将の親父が、ミミックについて情報交換をしている声が聞こえてきた。



「あのミミック。隊長の必殺技である『ソニックブレード』が直撃したように見えましたが、無傷のようですね。もしかして、手加減をされたのですか。」

「いや。本気の一閃だ。奴を真っ二つに斬り裂くつもりて撃ったんだが。」

「まじですか。あの4本のブレードをもつミミック。防御特化型かもしれない、ということですか。」

「そうだな。私の一閃を完璧に防いだことを見ると、あの魔物はS級相当と考えて対応するべきところだろう。」



隣に立っている機械少女は、侍大将の隊長とボサボサ頭の鑑識の話しを聞きながら感心した様子で頷いていた。

3人のことを、なかなかやるじゃないかと思っているのかしら。

確か少女は、あの宝箱のことをA級相当だと言っていた。

だが、ミミックの実際の実力はS級相当。

分析班のパーティ構成となるA級1名、C級2名では、S級を相手にするには荷が重い。

だが、『侍』は一対一での戦闘に特化した職業。

相性もあるだろうが、通常のS級相当の魔物だったなら討伐する可能性もある。

戦況はというと、ミミックは蝶が舞うように軽快なステップを踏みながら、分析班3人の周囲をローリングし始めていた。

見るからに老練な狩人といった空気感を漂わしている。

相手の力量を推し量るため、3人の出方を見定めようとしているのかしら。



機械少女ルギアルプスアレクサンドラ。あの宝箱の姿をした魔物について伺ってもいいですか。」

「はい。何でも聞いて下さい。」

「あのミミック。かなりの場数を踏んでいるように見受けられますが、相当の手練れなのではないですか。」

「さすが三華月様。気が付いちゃいましたか。」

「178話ではA級相当の宝箱とも言っていたと記憶しております。」

「能力値、経験値、共にA級相当の設定をしたつもりでしたが、少しばかりさじ加減を間違えたみたいです。」

「A級の宝箱と言っておきながら、実はS級のミミックだったということですか。」

「三華月様。『ぶっ壊れキャラ』という設定についてご存知でしょうか。」

「ブッ壊れキャラですか。確かパワーバランスが明らかにおかしく、アホみたいに強いキャラを指す言葉だったと記憶しております。」

「そうです。イベントなんかに定番で現れるキャラクターなんですよ。でも安心して下さい。ちゃんとミミック対策の特攻装備品も用意してあります。」

「特効アイテムですか。それも課金ガチャで入手しなければならないわけですね。」

「もちろんです。私はこの世の中に生きている人間全てを、ガチャ廃人にしてやろうと考えております。」



口角を吊り上げて、邪悪が笑みを浮かべている。

機械少女は、この世の中には課金プレイヤーよりも無課金プレイヤーの数の方が多いという事実を知らないようだ。

このイベント会場は時間の経過とともに過疎化が進んでいくものと容易に想像できる。

それはそうと、あのミミック。

ラスボス感がないものの、実際のところはそれに匹敵する能力を持っているということか。

初見であるが、あのミミックの攻略についてはかなり困難なものだと予想がつく。

斥候女子の後輩と、先輩の鑑識が交わしているミミックの攻略についての会話が聞こえてくる。



「先輩。『洞察インサイト』を使ってもらえませんか。あの宝箱の魔物の弱点を調べて下さい。」

「『洞察』か。それならもう発動させている。」

「さすが先輩です。仕事が早い。それでミミックの弱点は分かったのですか?」

「弱点はあるようなんだが…」

「言葉の歯切れが悪いじゃないですか。こんなところで陰属性を発揮しないで下さい。」

「俺は陽属性のパーティピーポが嫌いなんだよ。」

「私が知りたいのはミミックの弱点なんです。先輩の好みの情報をチョイチョイ出してこないでもらえませんか。」

「いや。お前が話しを振ってきたんじゃないか。まぁいいだろう。ミミックの弱点だったな。俺の見解では、あの宝箱の魔物には通常のいかなる攻撃も有効なものはない。」

「どういうことですか。弱点は有るんですか。それとも無いんですか。」

「弱点は存在する。おそらくそれは、特定の装備品。それも市場に流通していないものだ。」

「市場に流通していない特定の装備品ですか。」

「つまり、今の俺達は、打つ手なしの状態だ。」

「そうですか。倒すことは出来ないということですか。まぁでも、問題ないでしょう。」

「問題ないだと?」

「はい。超余裕です。」

「超余裕って、あのミミックを攻略する方法を見つけたとでも言うのか。」



話しを聞いていた機械少女が、顔をしかめている。

お洒落女子の言葉がにわかに信じられない様子だ。

あのミミックは、S級の中でも、かなり上のクラスに設定されているのだろう。

つまり、この世界においてあれを攻略できるのは、私か死霊王、もしくは眼鏡女子くらいのものではなかろうか。

結論でいえば、分析班達に倒すことは出来ないと予想がつく。

今しがた、距離をとっていたミミックが、侍大将の隊長に向けて跳躍をした。

両手に持っている真っ赤なブレードをクロスさせ、親父からの遠距離斬撃に備えている。

その様子を見た斥候女子が、瞬時に隊長へ向けて声を上げた。



「隊長。そのまま迎撃して、ミミックを遠くへ弾き飛ばして下さい!」



言葉を聞いた隊長が瞬時に『ソニックブレード』を、上空から襲いかかってくる敵へ繰り出した。

音速で走る刃が空気を斬り裂き、ミミックに直撃する。

宝箱の魔物に関しては遠距離斬撃への対策は出来ており、完璧にカードするものの、その威力までは殺しきれていない。

そう。斥候女子の言葉のとおり、遠くへ弾き飛ばされてしまったのだ。

戦況の方であるが、ミミックからの攻撃を防いだものの、お互い決定打のようなものが無いようだ。

この戦闘は、膠着状態が続きそうな雰囲気がする。

ボサボサ頭の先輩がお洒落女子へ、中断してしまった攻略法についての話しを再開した。



「後輩女子。ミミックの攻略法が分かっているのなら教えてくれ。」

「はい。奴の『質量』に、突破口なるものがあると思います。」

「あの宝箱の重さが攻略の糸口だということか。」

「私も両手で簡単に持ち上げました。あのミミックは凄く軽いんです。」

「なるほど。軽いわけなんだな。」

「あの防御力は鉄壁な上、弱点もない。私達にあれを倒すことはできません。」

「まぁ。そうだろうな。」

「といいますか、あれを倒したとしても、宝をドロップするわけではないですよね。」

「だから、何なんだ。」

「隊長と先輩は、どうしてミミックと戦っているのですか?」

「なにを言っている。お前が俺の言葉を無視して宝箱を開けたから、こうなったんじゃないか!」

「先輩。過去のことは引き摺らないで下さい。

一人の女に執着しても、もう元彼女さんは先輩のことなんて、何とも思っていませんよ。」

「俺の古傷を抉るんじゃない!」

「先輩。何の話しをしているんですか?」

「俺の古傷を抉るなという話しだよ。」

「そんなものに何の興味もありません。」

「…。」

「今は戦っているミミックの話しをしているんですよ。」

「そうだ。お前が、なんでミミックと戦っているのかという質問をしてから、話しが脱線したんだ。」

「私が言いたいのは、ミミックを倒しても何も得られないということです。」

「そうだ。俺達は今、する必要のない戦いをしているわけだ。」

「だから、ここはスルーしましょう。」

「スルー。つまり無視すると言っているのか。」

「はい。ミミックが攻撃してきたら、隊長が弾き飛ばしたらいいんですよ。奴のことは無視をして先を急ぎましょう。簡単なことじゃないですか。」

「なるほど。そういうことか。」



分析班の3人に答えが出たようだ。

ここは『逃走』を選択するということか。

ミミックからすると、斥候女子が蓋を開き、奇襲となる初撃を侍大将の隊長に防がれてしまったことが、敗因になってしまったようだ。

邪悪な笑みを浮かべていた機械少女を見ると、その表情は消えていた。

私と機械少女、そして分析班の3人は、ミミックの部屋を後にした。

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