第176話 ジャリン子。モジャ。置物。

ここは西方都市の端にある地下1階層。

大判の石で貼られた3m幅の通路へ、天井に埋め込まれている照明から弱々しい光が落ちてきている。

新鮮な風が流れ、粉塵や埃のたぐいはなく迷宮内は清潔に管理されていた。

魔物の気配はない。

過ごしやすい環境が確保されている。

正面には背丈が120cmほどの機械少女が、私を見上げていた。

その者の名はルギアルプスアレクサンドラ。

世界各地にある都市の衛生管理をさせるために古代人が創ったと言われている存在だ。

通常のタイプは自立型ではあるものの、思考性ではない型が一般的である。

だが現れた個体は明確に意思を持ち、人よりも上位に位置付けられている機械人形であった。

全身をフードで隠し、好戦的な意志は感じられない。

背後には、少し離れた位置にいる3名が、戦々恐々としながらこちらを見守っていた。

私の補助をするために三条家がよこした分析班である。

A級相当の戦闘力を持っている侍大将の隊長と、C級相当であるボサボサ頭の先輩鑑識、そして後輩の斥候女子だ。

私の前に現れた機械少女は、礼儀正しく挨拶をしてくると、ここが迷宮でないことを告げてきた。

事前情報では、ここはS級の迷宮主が徘徊しているというダンジョンだったはず。

何故、聞いていた情報と齟齬があるのかしら。

早速といった感じで淡々とした様子でいる機械少女へ質問をした。



機械少女ルギアルプスアレクサンドラ。今しがた、ここが迷宮でないと言っていた件について確認させて下さい。」

「はい。説明させてもらいます。確かについ最近までここは地下迷宮ではありました。だが、もうそれは過去のことなんです。」

「過去のことですか。それは以前は迷宮であったが、今は別のものへ変わったと言っているのでしょうか。」

「はい。そうなんです。以前は荒くれ者であると自称する馬鹿達が無謀にも迷宮へ降りてきて私が作った迷宮主の餌食になっていたのですが、三華月様が3年前にゴミ屑達を一掃してから、商売があがったりになってしまったんです。」

「なるほど。悪党達を一掃したせいで、地下迷宮は廃業したわけですか。」

「はぁ。今時の軟弱な若い者達からすると、地下迷宮なんて、もう時代遅れなんですかね。」

「いやいや。ここの迷宮は難易度が高すぎたため、誰も寄り付かなくなったかと思いますよ。」

「三華月様。そんなこんなで地下迷宮を廃業させてしまった次第です。」

「まぁとにかく、迷宮を廃業したことは分かりました。それで、ここは一体何へ変わったのですか。」

「イベント会場です。」

「イベント会場に、ですか?」

「三華月様。社会のニーズにあったものを供給し続けなければ、企業というものは倒産するものなのです。」

「ニーズという点でいえば、迷宮攻略の難易度を下げたら良かったかと思います。でもまぁ、そのことはいいでしょう。そのイベント会場についての情報を教えて下さい。」

「はい。今はリニューアルオープン記念として、『魔王の秘宝』というイベントを行っております。」

「魔王の秘宝ですか。」

「私が用意した魔王が最下層におります。」

「つまりそこ魔王を倒すと、秘宝がGETできるわけですか?」

「そうなんです。企画した私がいうのもなんですが、何だかワクワクとしてきませんか。」

「まぁそうですね。」

「三華月様。よろしければ私に、イベントのキャッチコピーも聞いてもらえませんか?」

「承知しました。機械少女ルギアルプスアレクサンドラに質問です。行われているイベントのキャッチコピーを教えて下さい。」

「はい。キャッチは『イベントに参加して魔王の秘宝をGETしようぜ!』です。三華月様。聞いてくれて有難うございました。」



機械少女が再び礼儀正しくペコリと頭を下げてきた。

真面目な内容からかけ離れているようであるが、ふざけているような雰囲気は一切ない。

全く予期していなかった展開だ。

新賢者・水明郷の私設軍と名乗る2人組から、行方不明になっている領主が地下迷宮へ入ったと聞いていたが、機械少女が開催しているというイベントと関係しているもかしら。

機械少女と会話を重ねていると、離れた位置にいた後輩少女が背後から顔を覗かせてきた。

興味深々な様子で、その瞳がキラリと光っている。

早速、『魔王の秘宝』という言葉に食いついてきたようだ。

お洒落女子の後輩が、機械少女をお嬢ちゃんと呼びながら秘宝について情報を引き出そうとしてきた。



「お嬢ちゃん。お姉ちゃんにもその魔王の秘宝についての話しを詳しく教えてくれれないかな。」

「三華月様。この正体不明な小さいジャリン子は何者なのですか?」



覗き込んできた斥候女子に対し、機械少女はあからさまに不快感を表現している。

自身よりも背の高い者へ、小さいジャリン子という言い方をすることに違和感があるものの、実際に少女の方がながく生きてきたのも事実。

更にいうと機械少女の方が上位存在だ。

だが、ジャリコ子と言われた方の斥候女子の方は、額には青筋を走らせ顔を引きつらせていた。

侍大将の隊長は、斥候女子の態度に大きくため息をついている。

いやいやいや。そこはあなたが自制を促すところだろ。

その時である。

不機嫌な様子の機械少女が、腰が引けて遠くに離れたままでいた背の高いボサボサ頭の鑑識へ声をかけた。



「そこのモジャ。黙っておらんで、このジャリン子をなんとかせんか。」

「モジャって、俺のことですか?」

「そうだ。お前しかいないだろうが。」

「ルギアルプスアレクサンドラさん。お言葉を返すようですが、我関せずの態度を装っている侍大将の親父もそこに立っています。」

「その使えない置物のことか?」

「はい。そうです。その使えない置物のことです。」

「そうだな。置物の処分は後で考えることにしよう。」



突然、話しを振られた侍大将の親父の瞳孔が開いている。

一応隊長は、帝国の主力級の1人。

A級相当に位置づけられているが、S級と同格と言ってもいいくらいの実力のはず。

機械少女よりも戦力が高いことはあきらかだ。

だが、少女から発せられた一言に動揺していた。

その隊長が、部下に鑑識へまくし立てるように命令した。



「モジャ! ルギアルプスアレクサンドラさんは、お前を指名したんだ。とにかくお前が、そこのジャリン子を何とかしろ。私達の隊員の1人が暴走したら、それを止める役割が我々にはあるじゃないか。これは隊長命令だ。行くんだ!」



侍大将の隊長からの言葉に、ボサボサ頭の鑑識が猫のように素早く動いた。

やりとりを聞いていた斥候女子の動きよりも速い。

先輩の鑑識へ対応をとろうとする前。

既に背中から羽交い締めにされていた。

無駄がない身のこなしだ。

鑑識職は戦闘向きではないが、このモジャは3人の中で1番使いる奴で間違いない。

後輩女子はというと、先輩を引き離そうと暴れ始めていた。



「先輩。何、抱きついているんですか。これはセクハラですよ!」

「とにかく、聖女様から離れるんだ。」

「嫌です。先輩の方が私から離れて下さい。」

「交わされていた会話を聞いていなかったのか。俺は隊長の命令でやっているんだよ。」

「隊長もセクハラで訴えます!」

「だから聞いていただろ。隊長は身の危険を感じ、俺に命令したんだ。」

「私を自由にしてください!」

「とにかくだ。お前は眠ってろ!」



先輩の鑑識が、もがき続けている斥候女子の口を必死な様子で塞いだ。

すると、バタバタと暴れていたが、体からじきに力が抜けていく。

そう。脱力状態になっているのだ。

ボサボサ頭の先輩は、173話で新賢者・水明郷の私設軍の1人を気絶させていた。

そう。この男は、睡眠系スキルを自在に使えるのだ。

ボサボサ頭の先輩が、後輩女子を引きずっていく。

無理やり笑顔をつくっている侍大将の親父が声を掛けてきた。



「三華月様。お邪魔虫は静かにさせました。どうぞルギアルプスアレクサンドラさんと話しを続けてください。」



斥候女子の豪快ないびきが聞こえ始めてきた。

隊長はというと、ホッとした表情を浮かべている。

ボサボサ頭の鑑識はというとこちらの様子を気にしていた。

嵐が去った静けさのような状態になると、ようやく機械少女がこちらに向き直り途切れてしまった話しの続きを始めてきた。



「三華月様。順を追って説明させてもらいます。私は砦の管理者でこの地下迷宮を造った者です。そして、噂されているS級の迷宮主と呼ばれる存在の私が造ったのです。ご存知とは思いますが、この砦が数年間、悪党達の巣窟になっておりました。」

「はい。私が3年前に駆除するまではそうだったと知っております。」

「はい。私が用意した迷宮を攻略した悪党達が、楽勝すぎるとか、迷宮を造った者を小馬鹿にする発言を多くしていたもので、まぁ何というか、怒りに任せて難易度を一気に上げてやったしだいです。」

「それで難攻不落の迷宮をつくったわけですね。」



機械少女は淡々とした口調で説明してくれていた。

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