第175話 真のオタッキーとは
ここは西方都市の地下に広がる迷宮の1階層。
砦の外殻から5kmに位置する入口から階段を降りたところ。高さ3m、幅3mの綺麗な通路が奥へ伸びていた。
迷宮というより、どこかの建物の通路のような空間だ。
壁・天井・床には大判の無機質な石が敷き詰められているものの、ところどころで凹凸になっていた。
内部はまめに清掃されているようで、塵やゴミ屑が落ちていない。
何者かがまめに清掃しているのだろうか。
等間隔に壁へ配置された照明が迷宮内を照らしているものの見通しはそれほどよくはない。
奥から流れてくる風の音が聞こえ、臭気のようなものもなく過ごしやすい空間である。
私の前には、斥候の後輩女子と、鑑識係のボサボサ頭の先輩が歩き、背後を分析班の隊長となる侍大将の親父が付いてきていた。
侍大将の隊長とお洒落女子の後輩とは、別行動をするつもりであったが、親父が迷宮へ同行したいと申しいれてきたため、三人と行動を共にしているのだ。
付いてきた理由は、私の手伝いをするためというより、20歳前後の後輩女子と2人で行動をすることに不安に思ってのことのようだ。
ボサボサ頭の先輩にも、真っ向からセクハラを指摘していたし、隊長としては斥候女子への接し方に戸惑ってるのかもしれない。
とはいうものの、ここの迷宮主はS級相当のはず。
しかも、地下1階層まで徘徊していると聞く。
この狭い通路で出会ってしまったら、私が相手にするしかないだろう。
その時である。
前を歩いている2人が足を止め、斥候女子が注意を促してきた。
壁に手のひらを当て、微かな振動を確認している。
「三華月様。この先。歩いている方角からこちらへ、何かが接近してきています。」
西方都市の地下迷宮に出てくる魔物のクラスは、全てがB級以上。
この迷宮が難攻不落と言われて理由は、3m幅の通路にある。
集団戦を行うにしては充分な広さとは言えないのだ。
S級冒険者のパーティでも、前後から絶え間なくB級以上の魔物に攻め立てられては、疲弊してしまうだろう。
だが、『自己再生』を獲得している私に関しては疲労することがない。
どれだけ戦闘を繰り返しても、常に万全な状態でいられる。
はい。接近してきている個体の相手は、私がして差し上げましょう。
運命の弓を召喚しようとした時である。
前にいたボサボサ頭の鑑識が、背後にいる隊長へ目配せをした。
「隊長。ここはお願いします。」
「え。俺?」
「はい。隊長です。」
「もしかして私に、魔物の相手をしろと言っているのか?」
「俺は隊長へ命令する立場ではありません。役割を果たしてくださいとお願いしたまでです。」
「接近してくる魔物が『S級』の迷宮主だった場合でも、私が相手にしなければならないのか?」
「隊長。お忘れなんですか。俺達には聖女様をお守りする役目があります。」
「いや。でも。俺。『A級』だし。」
「大丈夫です。いざとなったら聖女様が助けてくれるかもしれません。」
「ちょっと待て。お前達も三華月様を護る使命があるだろ。なんで私だけが戦わないといけないんだよ。」
「俺と後輩女子は『C級』ですよ。戦闘は無理です。」
「いや。S級の迷宮主からしたらA級もC級も一緒だろ。何よりも私達はチームじゃないか。ここはみんなで頑張るところだよな。」
「隊長。ここの通路幅では3人一緒に戦うことはできません。」
「待ってくれ。別の策はないのか?」
「分かりました。隊長は先に行って下さい。俺達は聖女様と背後からくる魔物を食い止めてから行きます。」
「いや。おかしいだろ。背後から魔物は来ていないだろ。こういう時は、死ぬ時は三人一緒ですよっていうのが定番なんじゃないのか?」
「まぁ別にそれくらいの言葉なら言ってもいいですよ。」
「いや。それって違うよな。そう思っていないよな。」
侍大将の隊長は顔を真っ青にし、大量の汗が噴き出していた。
最上位のクラスは『S級』となる。
その『S級』に関して言えば、同じクラスでも実力差が大きく離れる。
つまりS級相当である死霊王には、一般でいうS級冒険者が10人集まっても相手にならない。
そして噂によると、ここに出てくる迷宮主のクラスは、最上位の部類に入る奴。
A級の親父がビビるは当然のこと。
本人が自覚しているとおり、この迷宮内において侍大将の隊長は使い物にならないのが現実。
その時である。
目を閉じ静かに手のひらを壁の石に押し当てていた斥候女子が、近づいてくる個体について正体を割りだした。
「隊長。安心して下さい。接近してきている個体は魔物ではないようです。」
「それは本当なのか!」
「はい。隊長。命拾いをしましたね。」
「本当に助かった。というか、変な言い方はしないでくれよ。」
「一つ忠告しておきますが、そんなことを言っていると、隊長に死亡フラグがたってしまいますよ。」
「死亡フラグだと。何だそれは。どういう意味なんだ?」
隊長は大きく息を吐き安堵しながらも、死亡フラグという分からない言葉を聞き再び不安そうな表情を浮かべている。
その様子を見ていたボサボサ頭の鑑識も大きく息を吐き、首を左右に振っていた。
接近してきている対象が魔物でないのは理解した。
革命軍から逃げのびるために迷宮へ避難したという領主という可能性もあるか。
念のためにといった感じで、ボサボサ頭の鑑識が後輩の斥候に確認する超えが聞こえてきた。
「後輩女子。念のために聞いておくが、どうして魔物じゃないと分かるんだ?」
「接近してくる個体から、生命反応が感じられないんです。」
「普通、そんなところまでは分からないだろ。」
「ふふふふふ。私は18 GHz 辺りの高い周波に対応できるんです。その辺りの斥候とは違うんです。尊敬してもらってもいいですよ。」
「へぇ。そうなんだ。前々から思っていたんだけど、お前って、結構なオタクだよな。」
「やめてください。私は、オタクではありません!」
「なんだ。どうして自分がオタクだってことを認めないんだ。これは恥ずかしいことじゃないんだぜ。」
「やめて下さい。先輩と一緒にしないでください!」
「マジか。真のオタッキーとは、自らを絶対にオタクと認めないと聞いていたが、本当だったんだな。」
2人が例のごとく生産性のない会話を開始した。
それにしてもであるが、この迷宮には違和感がある。
そう。魔物の気配が全く感じられないのだ。
まだ、外殻ということもありエンカウント率が異常に低いのだろうか。
だが、何かおかしい。
壁から手を離したお洒落女子の斥候に対し、その個体の正体について続きを話し始めてきた。
「接近してきている個体について報告します。たぶん小さな人型の機械人形だと思います。」
機械人形。
それは、古代人が創生したと言われている小さな個体のこと。
帝都も古代人が創った都市と言われており、衛生管理を機械人形がしてくれているのだ。
大きさや形態は様々。
全てが自立型であるが、ペンギンのように明確な意思を持っているわけではない。
少しずつではあるが、二足歩行にて近づいてくる足音が大きくなってくる。
◇
目の前には少女型の機械人形が礼儀正しくお辞儀をしていた。
身長にして120cm程度。
帝都でも見かける個体と同一の型だ。
迷宮内に出現する話しは聞いたことがない。
一応であるが、隊長を含む諜報班の3人については後ろへ下がらせていた。
機械少女が自己紹介をしてきた。
「私はこの迷宮内を管理している個体です。三華月様。よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
攻撃的な意志は感じられない。
他の機影も存在しないようだ。
迷宮内へ侵入しにきた私達を迎えにきたように思われるが、何か目的があってのことなのかしら。
背後にいる3人は警戒を解いていない。
私の目的は迷宮内に避難している領主の安否を確認すること。
だが今は先に、確かめなければならないことがある。
早速といった感じで、正面の機械少女へ抱いていた疑問を聞いてみた。
「まずは、あなたの名前を教えて下さい。」
「私に名前はありません。ですが名前がある方が会話をしやすいですよね。はい。私のことはルギアルプスアレクサンドラとお呼び下さい。」
「ルギアルプスアルクサンドラですか。」
「はい。なんか格好よくないですか。」
「それでは
「私についてですか。はい。何から話せばよいですか。」
「まず一つ。ここの管理をしていると言っておりしたが、あなたがここの迷宮主なのですか?」
「違います。」
「それでは、ここにS級の迷宮主がいるはずですが、その魔物について知っていることがあれば教えてもらえませんか。」
「三華月様。ここに迷宮主は存在しておりません。」
「迷宮主が存在していないのですか。」
「はい。そもそもここは迷宮ではありません。」
「迷宮ではないのですか。」
「そうです。迷宮ではなく地下通路のようなものと思ってもらえれば結構です。」
どういうことかしら。
私は何か思い違いをしていたということなのか。
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