第174話 mapperとは地味に仕事である
深夜の空を雲が覆い隠していた。
遠くに見える山脈から降りてくる風が冷たく、肌に刺さるように痛い。
5km先には目的である西方都市の砦が明るい光を放っている。
土を固められて出来ている街道が真っ直ぐ伸びており、その両脇には頻繁に行き交う商人達を目当てに建てられた店が軒を連ねているものの、深夜の時間帯ということもあって今はシャッターが閉じられていた。
街道の一本奥には開墾されたばかりの畑にビニールハウスが広がっており、風と虫達の声が聞こえてくる。
街の外郭ということもあり、のどかな感じの街並みだ。
正面には、真っ青なコートを着ている二人の男が倒れていた。
新賢者・水明郷の私設軍と名乗る者達だ。
私の従者に変装していた分析班の3人に気絶させられたのである。
その二人を倒した張本人ともいえる20歳くらいのお洒落女子が、隊長格である侍大将の50代親父に対し、これからのことについて心配そうな言葉を口にしてきた。
「隊長。革命軍と名乗る2人が気絶してしまいました。私達って、大丈夫なんでしょうか。」
「大丈夫かどうかは私には分からん。鑑識男。お前はどう思う?」
質問をされた隊長は不安げな表情で、背の高いボサボサ頭の30代男へ視線を送った。
おいおい。あなたが隊長なんだろ。
部下を頼ってどうするんだよ。
ちなみに、部下へ『どう思う?』と質問する上司がこの世界に結構いる。
部下に答えを言うのではなく物事を考えさせるためだという。
はっきり言おう。
その行為は部下からするといい迷惑。
上司からするとただの自己満足。
その質問は、部下の成長へ繋がることはない。
逆に反感をかい、うんざりされてしまう。
『どう思う?』が口癖である上司は、部下のモチベーションを下げていることを知れ。
お前に考えさせられなくても、成長する者はする。しない者はしない。
仕事とは、やり終わってみて自身の行為を振り返り、学習していくもの。
さてボサボサ頭の鑑識であるが、上司にあたる侍大将に話しを振られ、鬱陶しそうな顔をしていた。
まず、後輩の斥候女子に対しては、お前が革命軍の男達を気絶させておいて、何を言うんだと思っているのだろう。
答えをもっていない上役にもうんざりしている様子だ。
鑑識の先輩を見ていると視線が重なった。
そして少しため息をつきながら、重そうな口を開き始めた。
「そこに倒れている革命軍と名乗る2人の実力を見る限り、奴等の戦力はたいしたものではないでしょう。戦闘になったとしても、聖女様1人で革命軍は楽に制圧できるものと思います。」
「先輩。私達の任務は潜入調査ですよ。制圧することではありませんよ。」
お洒落女子が話しに割り込んできた。
私いい事を指摘しましたよ、みたいなドヤ顔をしている。
いやいやいや。
そんなことはみんな分かっている。
ボサボサ頭の先輩は、煩わしそうに後輩の斥候女子を一瞥しながら大きく息を吐いた。
「俺達の任務は、帝国から派遣された領主の安否を確認することだろ。」
「そうです。革命軍との戦闘は出来るだけ避けるべきだと考えます。」
「その無駄な戦闘をしたのは後輩女子、お前じゃないか。」
「誤解です。あれは正当防衛なんですよ。」
「後輩女子。お前の性格って、かなり図太いよな。」
「先輩。それって、私へ悪口を言っているんですか。」
「そうだ。悪口だ。」
「ああ。知らないんですか。調査結果によると、一般の男性は神経質な女子よりも、図太い性格の女子の方がもてるそうですよ。」
「おいおいおい。俺はお前にダメ出しをしているんだ。何でもポジティブに物事を考えるんじゃない。反省って言葉を知らないのか。」
「先輩。とある調査結果によりますと、ネガティブな女子よりも、ポジティブな女子の方がもてるそうです。つまり先輩からの言葉はダメ出しになっていないと気付いて下さい。そう。知らず知らずのうちに後輩の私を褒めているんです。」
「すまん。もうその話しはやめてくれ。」
生産性のない会話が始まってしまったが、ボサボサ頭の鑑識の先輩は後輩女子に対し視線を切りながら手を上げ、もういいというポーズをしていた。
隊長格の親父は、呆れた様子で首を振っている。
いやいやいや。
俺は関係ないみたいな顔をしているが、違うだろ。
会話が脱線したなら、それを元に戻す役目はあなたの仕事ではないですか。
先輩の鑑識が、私の方へ向き直し、今度の行動についての提案をしてきた。
「聖女様。新賢者・水明郷の私設軍は西方都市から教会を排除しようとしている可能性があります。」
「そこで気絶している2人は、聖女である私を拘束しようとしてきました。」
「はい。加えて深夜にもかかわらず、街道に施設軍を配置しているようです。」
「革命軍と名乗る2人は、教会は必要ないと言っておりました。あなたの言うとおりかもしれません。」
「砦に向けてこのまま歩いていくと、水明郷の施設軍と衝突は避けられないものと意見します。」
「話しを聞く限り、どうしたらいいか答えをお持ちのようですね。」
「はい。別のルートを探すべきだと思います。」
「分かりました。砦の外殻に存在する入口から、迷宮へ侵入することにいたしましょう。」
「俺も聖女様の意見に同意します。砦の外にあるという入口から迷宮内へ入るべきだと思います。」
あまり知られていないが、西方都市の下に広がる地下迷宮は、砦の外まで伸びている。
斥候の後輩女子が言っていたとおり、目的は領主の保護。
その保護対象である領主は、帝国から独立するため革命が起き、地下迷宮へ逃げ込んだという。
砦内に侵入する必要はない。
外殻にある入口から、迷宮内へ侵入すればいいわけだ。
話しを聞いていた斥候の後輩女子が、話しに割り込んできた。
「先輩。それでは、早速、地下迷宮に潜り、サクッと領主さんを救出しちゃいましょう。」
「ここの地下迷宮の難易度は『S級』だ。そう簡単にはいかないだろ。」
「え。S級なんですか。でも、最下層に降りなければ大丈夫じゃないですか。」
「地下1階層からB級相当の魔物が出てくる。加えてS級の迷宮主は徘徊しており、地下1階層にも現れるそうだぞ。」
「マジですか。私には無理そうです。隊長。頑張ってください。」
「俺?」
「はい。隊長です。」
お洒落女子に突然話しを振られた侍大将の親父が動揺している。
戦力的には、ボサボサ頭の先輩鑑識と、斥候の後輩女子では攻略は難しい。
A級以上の実力をもっている隊長にしても、迷宮内を徘徊しているという迷宮主への対処は、相性しだいだろう。
そもそも3人は戦闘に特化した部隊ではない。
分析班なのだ。
微妙な距離をとりながらお互いの出方を見計らっている3人へ声をかけた。
「迷宮内へは、私単独で潜行させてもらいます。3人には、予定どおり砦内で情報収集に努めて下さい。」
「聖女様。うちの斥候の後輩女子も連れていって下さい。」
ボサボサ頭の鑑識が、斥候女子を同行させるように提案してきた。
地下迷宮に潜るうえで、私に欠けているものがある。
その一つがmapperだ。
Mapperとは地下迷宮の図表を記述・記憶し、パーティを先に導く者のこと。
お洒落女子の斥候が一緒にいてくれると安心ではあるが、それ以上に不安な要素が多い。
私の不安をよそに、後輩女子が予測外の言葉を口にし、例のごとく鑑識の先輩との会話が始まった。
「後輩女子。地下迷宮の案内、頼んだぞ。」
「嫌味な先輩。私は超難易度の高い迷宮に潜りたくないんですけど。」
「世界平和のためだ。大丈夫だ。優秀なお前なら出来ると信じている。」
「世界平和のためだと言われたら断れないじゃないですか。先輩。そもそもですが、」
「そもそも、なんだ?」
「はい。私に地下迷宮の案内なんて出来ませんよ。」
「おいおいおい。斥候といえば索敵と、案内だろ。」
「ふっ。残念ながら、私は武闘系の斥候なんです。」
「もしかして、斥候職なのにスキル『mapper』を獲得していないのか。」
「はい。持っていません。」
「おい。お前、斥候だろ。なのにどうしてmapperじゃないんだ。」
「いつもお洒落にしている私を見て分かりませんか。地味な仕事は嫌いなんです。」
「違うだろ。斥候職は地味だろーが。」
「それ。偏見ですよ。というか、先輩の鑑識職はもっと地味じゃないですか。」
「そうだよな。俺は地味だよな。」
「はい。地味で少し嫌味なことを言い人です。」
「仕方がない。聖女様には俺が付いていく。」
「先輩が三華月様へ付いていくんですか。」
「俺は地味な仕事が好きだからな。Mapperとしてのスキルを持っているんだ。」
「さすがオタク職人です。」
オタク職人とは初めて聞く単語だ。
なんにしても、ボサボサ頭の鑑識はネガティブではあるが常識人である。
一緒に行動していて安心だ。
そうなると、侍大将の隊長は斥候のお洒落女子と2人で行動しなければならなくなる。
親父に、後輩女子の暴走を止めることができるのかしら。
他人事のようなふるまいをしていた侍大将の親父に視線を送ると、あきらかに動揺していた。
そして、ボソリを呟く声が聞こえてきた。
「すいません。私も聖女様に同行してよろしいでしょうか。」
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