第173話 過剰防御とは

空一面を、暗黒の雲が覆い隠していた。

体の芯まで冷える風が、向こうに見える山脈から降りてくる。

深夜にもかかわらず、遠くに明るく光る都市が見えていた。

目的地である西方都市の灯りだ。

3年前まで盗賊団や奴隷商人達が難攻不落の拠点として利用していたが、神託に従い私が壊滅させた砦である。

それから帝国領に加わったことにより治安が安定し、今は西方都市として大きく発展を遂げていた。

その砦事態は、それほどの大きさではなかつたため、人が集まり始めると簡単に許容範囲を超えてしまい、今は砦の外へ伸びるように急速な勢いで街は広がり続けている。


夜が明ける前の時間帯。

私は帝国の分析班3人と共に、西方都市の中央に位置する砦へ潜入調査を開始しようとしていた。

目的は、24時間前に行方不明になったという領主の捜索。

馬車を降り、人の姿がない深夜の街道を歩き街の外郭辺りを歩いていた。

背後を、聖女のお供の設定をした凄腕の諜報部隊が付いてきている。

侍大将の年配の男。ボサボサ頭の鑑識係の30代男。20歳くらいの斥候の後輩女子の3人だ。


照明で照らされている砦が見えてきているものの、ここからだとまだ5km程度はあるだろうか。

街道沿いには新しく建てられた建物が並び始めており、その裏には畑が広がっている。

寒冷地方であることより、畑には温室ハウスが整然と並んでいた。

帝国から派遣されてきた領主が寒冷地において農業を促進させていた結果だ。

雪が積もる地域において農作物を育てることは難しい。

その理由とは、栽培できる作物の種類は減少する。

気温が低いと、農作物の光合成や生長が遅れる。

土壌が凍結し水分が抜けにくくなる等々、様々なことがあげられる。

元々、帝国は寒冷地において『温室ハウス』を推奨しており、送りこまれた領主については、農業のスペシャリストであった。

私が3年前、この地に降りてきた時から比べると、景色は明らかに変わっていた。

発展途上の街にある独特の活力が感じられる。

街が大きく発展しようとしているので、それはそうなのだろう。


そして、私達の目の前。

――――――――――男達が街道を封鎖するように立ちはだかっていた。

深夜にもかかわらずだ。

人数にして2人。

2人共が、同じ真っ青なコートを着ていた。

そのコートには、3本の剣が交差しているデザインが書かれている。

見た感じは、盗賊の類では無い。

帝国が派兵している駐留部隊でもない。

どこかの私設軍かしら。


1人は背か高く、ツンツン頭の髪型をしている。

もう一人は、対照的に背が低いロン毛の男だ。

2人とも年齢は10代後半。

私の同世代に見える。

腰に剣をぶら下げていることより、戦士系のJOBかしら。

初見ではあるが、2人とも冒険者クラスは『E』程度か。

背後に控えていたボサボサ頭の鑑識が、私にだけ聞こえる声で彼等について教えてくれた。



「聖女様。そのまま聞いてください。前に2人は、新賢者・水明郷の私設軍隊です。最近、西方都市内で薬屋を開いた者がおりまして、そこで調合される薬草が凄いと評判なのです。」



その薬屋が水明郷で、新賢者と呼ばれているということか。

この世界には、伝説の賢者と呼ばれている者が3個体いる。

その1個体が、最古のAIであるペンギンだ。

だが参賢者を確認した者は皆無だったため、架空の存在として扱われていた。

そんな事もあり、各地で何か凄いことをした者は新賢者と呼ばれることがあり、結構な数がいるのが実際だ。

水明郷もその量産型の1人なのだろうか。

背の高いツンツン頭の男が、威圧的な態度で事情聴取のようなことをしてきた。



「お前達。西方都市へ何をしに来たんだ。俺達の許可なく、ここから先に進むことは出来ないぞ。」

「私は聖女の三華月と言います。教会に用がありこちらに参りました。」

「その十字架のデザインがされている服を見たらお前が聖女であることくらい分かっている。」

「それはよかった。私達は先を急ぎます。これで失礼させてもらいます。」

「ちょっと待て。だから、ここを通るには俺たちの許可が必要だと言っているだろ。」

「俺達の許可ですか。」

「俺達は『革命軍』。新賢者・水明郷様の『革命軍』だ。」

「つまり西方都市で革命を起こしたため、砦の中には入れないということですか。」

「そうだ。俺達は帝国の支配から独立する!」



西方都市は私が解放し、以後帝国が治安の回復に努めてきたはず。

国力が安定してきたら独立とは、なんとも我儘な奴等だ。

まぁ、そこは重要ではない。

話しを聞く限り、領主は革命軍に拘束されている可能性があるということか。

安否が気になる。

通常なら帝国との交渉に使うため拘束されているものと推測される。



「革命軍の皆さまへ質問です。」

「なんだ。聞いてやろう。」

「帝国から派遣された西方都市の領主のことです。領主は無事なのでしょうか。」

「地下迷宮へ逃走した領主のことか。」

「地下迷宮へですか。」

「そうだ。もう生きては戻れないんじゃないか。」



情報をいただき有難うございます。

領主は地下迷宮へ逃れているということか。

だとしたら、救出を急がなければならない。

西方都市の砦には『難攻不落』と言われている地下迷宮がある。

その難易度『S』。

出てくる魔物はBクラス以上。

そこまでは、まだいい。

問題なのは、通常最下層にいるはずの迷宮主が各階層を徘徊しているのだ。

難易度Sの迷宮主と遭遇したら、危険、いや死が確定するだろう。

ツンツン頭の男がもう助からないと言っていた理由はそういうことだ。

神託が降りてくる案件ではないものの、知ってしまったからには見殺しは出来ない。

ただただ面倒くさいことになり始めている。

ツンツン頭の男の隣に並んでいたロン毛の男が前に出てきた。



「聖女。お前は拘束する。」

「私を拘束したら、あなたがたは、教会から治癒・回復が受けることが出来なくなります。」

「問題ない。俺達に教会は必要ないからな。」

「なるほど。新賢者・水明郷様の薬草があるから、聖女は必要ないということですか。」

「ふっ。そういうことだ。」



ロン毛の男が一歩二歩と足を進め近づいてくる。

そのタイミングで、背後に控えていたお洒落女子の後輩斥候が、私の横を気配なく擦り抜けていく。

その歩調は普通のように見えて、そうではない。

洗練された足の運びだ。

ロン毛の男は、お洒落女子の斥候が接近してきたこと、そして自身の手を掴まれたことに気が付いていなかったのだろう。

状況把握できていない表情をしたまま、体を1回転し、地面に背を付けていた。

後輩女子は、ロン毛の男が伸ばしてきていた手を掴むと、その力に逆らうことなく、クルリと投げ飛ばしたのだ。

帝国に伝わる古武道の使い手か。

相棒が投げられた様子を見ていたツンツン頭の男が、後輩女子を睨みつけ罵声をあびせた。



「おい。こら。ブス! お前、俺達に逆らうつもりか!」



ブスという言葉はいただけない。

とはいうものの処刑対象まではいかないか。

あれだ。

この状況は、冒険者ギルドで新人狩りを楽しむ先輩冒険者に似ているじゃないか。

煽り耐性のない主人公だと、その相手を容赦なくボコボコにしてしまう流れが定番だ。

ブスと罵倒された後輩女子へ視線を送ると、目が見開き怒りに満ちている。

男を殺しかねない雰囲気だ。

後輩女子は戦闘力が低い斥候であるが、クラスC。

新賢者・水明郷の私設軍と名乗る2人は戦闘系のJOBであるが、お洒落女子の敵ではない。

後輩女子が、殴りかかろうとした時。

ツンツン頭の男の背後が気を失い、腰から地面へ崩れ落ちた。

先輩の鑑識が、何らかの攻撃を加えたようだ。

その様子を見た後輩女子がボサボサ頭の鑑識に振り向いた。



「先輩。何で倒しちゃったんですか。過剰防衛が出来ないじゃないですか!」

「過剰防衛は犯罪だ。それに、お前がしようとした行動は防衛ではなく攻撃だ。」

「まぁいいです。気を失っていたとしても、つつがなく防衛はさせてもらいます。」

「気を失っている者に対し危害を加える行為は防衛ではない。とにかくそこまでにしておけ。」

「先輩は私がブスだと言ったあいつ達の味方なんですか!」

「とにかくだ。駄目なものは駄目なんだ!」



ボサボサ頭の先輩が後輩女子の暴走を止めてくれて助かりました。

A級相当の侍大将である隊長はいうと、やれやれというような顔をしている。

いや。後輩女子の暴走を止める役目は、お前がしなければならないだろ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る