第172話 分析班
馬車が機械人形に引かれていた。
揺れる客室の窓から見上げると、夜空に雲が流れている。
気温は10度を下回っており、大陸から冷たく乾いた風が吹いてくる。
遠くに見える山脈は上の方が白くなっており、既に雪が積もってきているようだ。
馬車を引く機械人形からは蹄の音は聞こえてこない。
スキル『隠密』を発動させながら、深夜の街道を進んでいるためだ。
視線を空から地上へ落とすと、真っ暗な街道には人の姿がない。
道沿いの並ぶ建物からは、灯りが漏れている。
目的地は、帝都の端にある西方都市。
元々は、この地には帝都と同様に古代遺跡があり、盗賊や奴隷商人が拠点とし、砦として利用していた。
そして3年前。
私は降りてきた神託に従い、害虫駆除を実施し、砦を解放させたのだ。
以後、帝国の管理下の置かれると、治安が安定し、この地へ人が一気に流入してきたのである。
現在に至っては、既に人口が1万人を超えており、帝国の重要拠点として発展していた。
―――――――今から24時間前。
帝国から西方都市へ派遣されていた『領主』が失踪した。
誘拐されたものか、状況は全く分かっていない。
西方都市内では、領主が急病で入院したことになっている。
近くの都市にいた私へ三条家から声がかかり、現在、西方都市へ向かっていた。
私の役目は、秘密裏に行方不明になっている領主の所在を確認し救出すること。
隠密を発動し続けている馬車の中には、私の他に3人の者が乗り込んできていた。
私と一緒の都市に駐留していた帝国軍の『分析班』だ。
三条家からは、『3人が私の手伝い』をしてくれると聞いていた。
私から少し離れて座っている3人から、内容の薄い話しをしている声が聞こえてくる。
隊長格の親父は50歳ころ。
獲物は大太刀。
JOBは侍大将。
その実力はA級以上。
達人の領域へ入ろうとしている者だ。
面長の顔立ちはイケメンの部類ではないが、まぁそれなりだ。
やせ型の体型によく鍛えられた体をしている。
服装は街の親父達が散歩していうようなスエットを上下に着ていた。
お洒落には興味がないことが容易に推測できる。
部下である若い2人に対する態度は温和で穏やかだ。
言葉を聞いていても、威圧的でパワハラをするようなタイプではない。
向かいに座る男は30歳くらいだろうか。
鑑識職を専門にしているようだ。
背が高く髪の毛はボサボサ。
全身に濃紺のつなぎの作業服を着ている。
鑑識職の男もお洒落とは無縁のようなタイプだ。
先程から愚痴が最も多く、もう一人の若い女子と話をぶつかっている。
その女子は、私より少し年上の20歳過ぎ。
JOBは斥候。
身長は私より頭一つ低く、可愛らしい感じがする。
襟元まで隠した真っ白なブラウスの上に真っ黒なアウターを羽織り、デニム色をした七分だけのパンツを履いている。
彼氏とデートを楽しむような服装だ。
再びといった感じで、ボサボサ頭の鑑識男が長いため息を吐き、お洒落女子の斥候がそのため息に噛みついた。
「はぁ。なんで俺が潜入調査をしなければならないんだよ。」
「先輩。またその話しですか。いい加減、諦めて下さい。」
「運悪く西方都市の近くにいた俺達へ、『潜入調査』の命令が出たまでは理解している。俺自身の中でもそこまでは消化できているんだ。」
「分かっているならいいじゃないですか。何がそんなに不満なんですか。」
「潜入調査は斥候のお前の専門分野だろ。」
「はい。世界の平和のため、精一杯の努力をするつもりです。」
「そして、侍大将の隊長がお前の護衛をつくまではいいと思うんだ。」
「はい。みんなで力を合わせて頑張りましょう。」
「たがらさぁ。俺をそのみんなには加えないでもらいないだろうか。」
「どうしてですか。私達、チームじゃないですか。」
「俺の専門は鑑識系だろ。」
「もちろん知っていますよ。」
「潜入調査に鑑識の役割ってないじゃん。シンプルに俺が潜入調査に同行する必要はないと思うんだ。」
「鑑識も立派な仕事です。先輩、もっと自分の仕事に誇りを持って下さい。」
「そうだ。そうなんだ。俺は自分に誇りがもてない男なんだ。」
「はい。立派な者でないことは、私も肯定します。」
「そうだろ。だから俺は、ここで馬車を降りることにするぜ。」
「ちょっと待って下さい。先輩が途中下車をしてしまったら、私と隊長の2人だけになってしまうじゃないですか。」
「おい。俺がここにいる存在理由は、お前が隊長と2人きりになるのが嫌だからということなのか。いくらなんでも隊長に失礼だぞ。」
「隊長と2人きりになるのは嫌と言っているわけではありません。」
「とにかく、俺は危険なことが嫌いなんだ。」
「先輩。とにかく元気を出してください。」
「俺は元気だ。お前に心配してもらう必要はない。」
「すいません。先輩が私にかまってほしいのかと思いました。」
「俺がお前にかまってほしいだと。今度はいくら何でも、俺に失礼過ぎるぞ。」
「とにかくです。駄目な先輩にもきっと出来ることがあるはずです。」
「後輩女子。お前。さっきから俺をディスってくれるじゃないか。俺に恨みでもあるのかよ。」
「はい。もちろん恨みならあります。」
「どういうことだ。俺がお前に何かしたのかよ。」
「真面目に言っているのですか。普段から私を虐めているじゃないですか。」
馬車内では、ボサボサ頭の先輩と、お洒落女子の後輩とが、延々と非生産的な会話を続けている。
互いをからかっているような言葉を交わしているように見受けられるが、本人同士はそうでもないようだ。
つまり、この会話が2人の平常運転だということだ。
話しを戻すと、その会話には大きな間違いがある。
諜報部の3人は私の手伝いをしてくれるはず。
鑑識の先輩と斥候女子の後輩には、私を手伝うという認識が完全に欠落している。
何が一体、どうなってしまっているのかしら。
神妙そうな顔つきをし、存在感が消えている侍大将の親父へ視線を送ると、我に返ったように驚く表情をした。
私に何か、というような顔をしている。
そうです、あなたです。あなたは諜報班の隊長なのでしょ。
私の意図を汲み取った隊長の親父は、苦々しい表情をつくりながら、不毛な会話を重ねている2人に、無理やり割り込んでいった。
「ちょっと待て、二人とも。お前達、大きな誤解をしているぞ。」
隊長の声は自信に満ちたものではなく、かなり遠慮したものだ。
ボサボサ頭の先輩は、あからさまに鬱陶しそうな表情を浮かべていた。
お洒落女子の後輩については、威嚇するような目付きで隊長を睨みつけている。
隊長の方はというと、あからさまにうろたえていた。
侍大将と言えば、A級以上の実力だ。
帝国軍の中でも単体にして主力級の戦力なはず。
まぁ、部下に対して優越的立場を利用し虐めをする者よりは、遥かに健全とも考えられるか。
後輩女子については、相当正義感が強いようで、立場が上の者に対しても物おじしない性格のようだ。
そのお洒落女子が侍大将の親父に噛みついた。
「隊長。私が何を誤解しているというのですか。分かるように説明してください!」
「そうですよ。俺達の任務は西方都市への潜入調査であると、隊長は確かに言っていましたよ。」
「そうだ。私達の任務が潜入調査であるということは間違いない。」
「隊長。どういうことですか。はっきり言って下さい。」
「回りくどい話し方をしても、
「先輩。その上から目線の発言はやめてください。」
「何故だ。後輩女子。実際に俺はお前より上の立場じゃないか。」
「2人共。私の話しを聞け。」
「はい。私はちゃんと聞いています。」
「そうです。早く言って下さい。」
「そうか。私達がする仕事は、三華月様のサポートなんだ。」
「私達が三華月様の補助をするのですか。」
「後輩女子。お前。聖女様の手伝いをする事に今さら気が付いたのかよ。」
「今更とは、どういうことですか。先輩も私と一緒で、分かっていませんでしたよね。」
「そうだな。分かっていなかったが、お前と一緒ではない。」
「何が私と違うんですか!」
不毛な会話が再開されてしまった。
話しが全く進まない。
帝国筆頭貴族の三条家からは分析班の3人は精鋭部隊と聞いていた。
とにかく、意味のない会話はやめさせたい。
再び侍大将に視線を移すと、隊長の親父はビクリと体を震わせた。
再び、私ですか、というような表情をしている。
そうです。あなたです。この不毛な会話をやめさせて、話しを進めて下さい。
隊長の親父は大きくため息を吐きながら、2人の部下が交わしている会話へ、再び割り込んでいった。
「2人とも、話しを聞け。私達3名は、三華月様のお供の設定だ。」
「私達は三華月様のお供をするのですか。」
「そうだ。三華月様のお供のふりをして西方都市に侵入するんだ。」
「後輩女子。これは潜入調査だ。俺達は帝国の者であることを知られるべきじゃないってことだ。」
「そうか。私達は身分を悟られてはいけないってことですか。」
「俺は、聖女様の荷物持ちの役をさせてもらうぜ。」
「はい。それでは私は聖女役をやらせてもらいます。」
「ちょっと待て。後輩女子。お前が聖女役だと。」
「そうです。聖女役です。私は聖女になってみたかったんですよ。」
「お前。自分をどれだけ高く見積りしているんだ!」
「どうしてですか。私が聖女役をして何がおかしいんですか。」
「聖女様の横に座ってみろ。お前、同じ女子として恥ずかしくないのか!」
「先輩。それ。セクハラですよ。」
「セクハラについては認めよう。だが、聖女様と同じ女子であることは恥ずかしいと認めるんだな!」
「クッ。分かりました。聖女役はやめておきます。」
何に話しをしているのかしら。
隠密を発動しながら進んでいた機械人形が停止した。
西方都市の入口に近づき、歩みをとめたのだろう。
まだ真っ暗な時間帯。西方都市への侵入を開始した。
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