第171話 役目とは
雲一つ見えない夜空から、糸のような雨が落ちてきていた。
甲板に落ちても音がしないほど柔らかいものだ。
暗黒色の海に月の光が反射し、生暖かい潮風が吹いている。
土竜を召喚した際に一緒に現れた帆船は、速い波に揺れているものの、バランスを崩すほどのものではない。
その甲板の上では、私の身体から漏れていた月の粒子が絨毯のように敷かれていた。
運命の弓から撃ち放たれた矢を見て、鳳仙花とチャラ男が叫んでいる。
サングラスを外した土竜は、瞳をキラキラと光らせていた。
向こうには、先ほどまで砲撃を続けていた87隻の帆船が見える。
闇商人の船団だ。
1隻の全長は300m。
こちらに側面を見せながら海上を走っている。
そして、さらにその向こう。
海上から高度50mを巨大な魚が航行していた。
鳳仙花の宿敵であり、チャラ男の半身でもある架空艦だ。
運命の弓から発射された一撃が、夜空へ光の線を描いていた。
一閃が架空艦の
彗星が走り抜けていったような光の跡が星が輝く空に残っている。
そして、波の音だけが聞こえてくる静寂の世界で、芯を運命の矢に撃ち抜かれた空飛ぶ魚の崩壊が、開始された。
その姿が泡状へ変化し始めている。
風が吹くと、夜空にシャボン玉が流れてき、散っていく。
奴の周囲に展開されていた重力場、そして召喚され続けていた幽霊船も既に消滅していた。
神託が完了する知らせが降りてきた。
―――――――――――――信仰心が10上がりました。
思っていたよりも少ない。
いや。実際にたいしたこともしていないので、それくらいしか上がらないのだろう。
静止した時間の中で神々が使用する天空スキルを使い、そして重力場を貫いただけだしな。
何にしても、無事に神託を完了させることができ、御の字だといったところか。
英雄達の船の甲板では、鳳仙花が両拳を握りしめて雄叫びを上げていた。
闇商人を廃業し一般人になった少女の願いは、紅蓮の英雄への復讐であった。
水上都市へ向かっていた際、メンタルがやられ、何もやる気が起きないと言っていたが、これで前向きになることが出来るのかしら。
自身の半身が消滅したことを神妙そうな面持ちで眺めていたチャラ男は、いつもの軽い様子に戻っており、何故か鳳仙花と一緒のポーズをとりながら叫んでいた。
うん。意味が分からん。
綺麗な瞳をサングラスで隠していた土竜が何か言いたそうな表情をしている。
自身に高額な商品を売り付けた元闇商人の少女に何か言いたいことがあるのだろうか。
目の前に浮かんでいたステータス画面に新しいメッセジが流れてきていた。
―――――――――――――
土竜の召喚を解除されますか。
YES/NO?
―――――――――――――
召喚を解除してしまうと、それはつまり、私達がいま乗船している帆船も一緒に消えることになる。
英雄達の船が現れるまでは、チャラ男が創り出した小舟に乗り大海を渡ってきた。
その小舟は絶対に沈むことはないらしいが、大きな波が押し寄せてくると簡単に転覆してしまうことが判明した。
鳳仙花とチャラ男の面倒はもうみる必要はないだろう。
二人については土竜と一緒に、ここから退場願うことに致しましょう。
足元にいる土竜が、こちらを見上げ、分かれの挨拶をしてきた。
「三華月様。私の役目はここまでのようです。」
「ほぉう。土竜さんにもこのステータス画面が見えているのでしょうか。」
「はい。何せ私はS級ではないにしろ、凄い性能のサングラスをつけておりますので。」
「そのサングラスは戦闘力を計測する以外の効果もあったということですか。まぁさしてそれがどうということではありませんけど。」
「三華月様。ご武運をお祈りしております。」
「お待ちください。土竜さんは『役目』という言葉の意味について理解されているのでしょうか。」
「役目の意味についてですか。そうですね。改まって聞かれると、答えることが出来ません。」
「役目とは、成し遂げなければならない仕事のこと。」
「だとしたら、すいません。私は三華月様の期待に沿う活躍が出来ませんでした。」
「いえ。土竜さんの役目はここからです。」
「え。ここからが私の役目なのですか?」
「はい。よろしくお願いします。」
土竜が顔を引きつらせながら腰を引き、一歩二歩と後退りをしていく。
心の中に危険信号でも流れてしまったようだ。
おいおいおい。世界を平和に導く聖女が役目をお願いしようとすることが分かり、その態度はないだろ。
といいますか、お願いする話しを聞いていないのに、何故それほどまでに不安がるのかしら。
「土竜さんに使命を与えます。」
「私に使命ですか。ましこまりました。三華月様の下僕として全力を尽くさせて頂きます。」
土竜の声が緊張し震えている。
そして、大きく息を吐くとグッと歯を食いしばり、全身に力を込めてきた。
並々ならぬ覚悟を感じる。
まだ何も言っていないじゃないですか。
まぁ、それはいいか。
「土竜さんは確か、少年神官の廉廉と伐折羅提督の三人で、冒険をしていると言っていたと記憶しております。」
「はい。間違いありません。伝説の聖剣を探す冒険をしている途中に、ここへ召喚されやってきました。」
「その冒険にそこの二人も連れていってもらえないでしょうか。」
「え。そこの2人とは、闇商人の女子と、その彼氏さんのことですか?」
「はい。よろしくお願いいたします。」
土竜が大きく口を開き絶句していた。
鳳仙花とチャラ男は、以前として吠え続けて、こちらの会話は聞こえていない。
2人が彼氏と彼女の関係に見える問題については、どうでもいい。
本人達の意志も確認する必要もないだろう。
確かめたら、ややこしいことになるかもしれないから。
冒険を続ける土竜達にも、鳳仙花の持っている検索エンジンタブレットは役にたつはず。
チャラ男については、異性問わず人脈を広げていく特技を持っている。
とりあえずといった感じで、ステータス画面に記載されている『YES』へ指を伸ばした。
土竜が深く頭を下げてきた。
「三華月様とはここでお別れです。一緒に過ごした日々は私の宝物です。本当に有難うございました。幸せにできなくて申し訳ありませんでした。」
「…。土竜さん。その意味不明な言葉は、一体なんでしょうか。」
「はい。別れる時に『グッときた言葉』の羅列です。」
それは、付き合っていた者同士が別れる時にいう文句だな。
これ以上の会話が面倒くさいと思った瞬間、ステータス画面の『YES』を押していた。
甲板から土竜、鳳仙花、チャラ男の3人の姿が消え、英雄達の船も一緒に消滅した。
荒れていた海が静かになりつつある。
私はスキル『壁歩』を発動させ、海上に立っていた。
◇
次回から新章です。
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