第170話 世の中に運が巡ってくることなど…

見上げると、夜空を埋め尽くすほどの船が浮かんでいた。

海に沈んだはずの幽霊船団が復活したのだ。

その数はゆうに1000以上はおり、現在進行形で増え続けている。

その向こう。

私から逃走を図ろうとする船がいた。

巨大な魚の姿に変えた架空艦だ。

全長300m。

既に、2000m程度は離れている。

奴こそが、チャラ男の半身であり、鳳仙花の宿敵だ。

海上から50m程度の高度を保ちながら、周囲に物理攻撃を無効化させる重力場を発生させていた。

今もなお数が増え続けている幽霊船団は、架空艦が死霊使いの効果を使用し、呼び寄せられたのだ。

その架空艦を守るように、死霊船団が私達との間に割って陣形を敷き始めていた。

破損・劣化したはずの砲台は動き始めている。

標的は私達が乗っている英雄達の船。

私からの攻撃に備え幽霊船団を盾にして、その隙に逃げるつもりのようだ。

その架空艦へ砲撃をしていた闇商人の船団は、攻撃を受けたわけでもないのに、既に沈黙をしていた。

発生していた重力場に、攻撃が無効化され、さらに幽霊船団が出現したため、勝機がないことを悟ったのだ。


—————————降りてきた神託の内容は、闇商人の船団を守ること。

そう。幽霊船団の攻撃が私が乗船している英雄達の船へ向いていることは望ましい。

とはいうものの、この船には、奴等と戦う装備は実装されていない。

はい。ここは私が直接、対処して差し上げましょう。


全長が50m程度ある英雄達の船の甲板を、土竜と一緒に召喚されてきていた魔導の精霊達がカラフルな光を放ちながら飛びまわっていた。

安全第一のヘルメットを被っている土竜は、おかっぱヘアーの少女を見て体を硬直させている。

鳳仙花とチャラ男の2人については、不毛な会話を交わし続けていた。

私は自身の仕事を遂行させてもらいます。

まず、空に無限に増殖する勢いの幽霊船には、この世界からご退場願いましょう。


私は運命の弓を召喚します。

天空から落ちてくる月の加護に当てられた白銀の弓が姿を現した。

私の体から光の粒子が漏れ始め、英雄達の船の甲板に光の絨毯が敷かれているような状態になっていく。

鳳仙花達から、どよめく声が聞こえてくる。

空を浮かぶ2000以上の幽霊船が、こちらへ砲撃を開始しようと準備をしていた。

月の加護を受けている状態の今の私なら、砲撃される前に全てを殲滅させることは難しくない。


意識を集中させていくと、景色があせていき、世界から色が失われていく。

吹いていたはず風がとまり、聞こえていた海の音が消えていった。

―――――――――時を静止させたのだ。

まさにここは、私以外の生物が生きることの許されない世界。

月の光が無限の力を与えてくれていた。

時が静止し、大気が固定されているため、体が動かない。

体に刻み込んでいる信仰心が、月の加護を得て輝き始めていた。

そして動かないはずの体に自由が戻った。

時間の壁を突き破った瞬間だ。



私は、聖属性を付与エンチャントした天空スキル『菜種梅雨』にて仕留めさせてもらいます。



無限に増殖する幽霊船を一斉に浄化するには、162話で行ったことを実践すればいい。

ここは、天空スキル『菜種梅雨』にて、聖属性を付与エンチャントした雨を降らし浄化してあげましょう。

セピア色になっている夜空に向けて、運命の弓を引き絞っていく。

弓がしなり、臨界点に達した。

幽霊船の皆様がた、死の世界へお戻り下さい。

―――――――――SHOOT


運命の矢が糸を引くように空へ上がっていく。

そして静止している世界に、聖属性が付与されている雨が落ちてきた。

ポツリ、ポツリと。

糸のような雨は、肌に当たっても感じないほど柔らかい。

天空スキルとは神々の戦いで使用されたという、至高のスキル。

その至高のスキルの一つ『菜種梅雨』については、攻撃力がない無価値なものと思っていたが、鳳仙花が本当の使い方を教えてくれた。

実際に、私の目の前では、数千単位にまで呼び出されていた幽霊船達が浄化され始めていた。

空を埋め尽くしている艦影が消え始めていく。

もうまもなくすると、私と架空艦との間には、遮るものがなくなり、この世界に静寂な夜が戻ってくるだろう。

静止した時に中、落ちてくる雨が海面にあたり、微かに波紋が広がっている。

私達が乗船している英雄達の船へ砲台を向けていた幽霊船達は、原型が消えている段階で、自然に時が動き始めだしていた。


世界に色が戻ってきた。

風が吹き始め、潮の香がする。

鉛のように重かった空気の質量が軽くなっていく。

浄化され消滅しようとしている幽霊船達は、墜落する兆候は見られない。

架空艦が生成している重力のせいなのか、それとも元々質量事態が無かったのか。

何にしても、海上を走る闇商人の船団へ墜落していかないのならそれでいい。

時が動き始め、空を浮遊していた千単位の数の幽霊船が消えかけている景色を見て、鳳仙花とチャラ男が驚愕の声を張り上げた。



「何じゃ、これは!」

「平凡な俺っちには、理解不能な状況だぜ!」



土竜に関しては、口を大きく開き、かけていたサングラスを外し、目を見開いている。

想像していうたより綺麗な瞳をしているのは、予測外というか、何故なんだ!

逃走を開始している架空艦は、柔らかい雨が降り続けている中、幽霊船を召喚し続けている。

やはり、奴をここで処刑しなければならない。


架空艦を仕留めるために障害となるものは、周囲に展開している重量場だ。

だが、月の加護を受け続けている今の私なら、対処は難しくない。

運命の矢にて、次元を貫いてあげましょう。

次元とは、空間の広がりを表すもの。

架空艦が展開させている重力場は光さえも飲みこむ代物であるが、しょせんは3次元での現象だ。

つまりそれは、地上世界のことわりにすぎない。

世界を歪曲する一撃にて、架空艦あなたを葬ってあげましょう。

黄金色に輝く瞳が、架空艦のコアをロックオンしている。

神託が降りてきた時から、奴の死は約束されていた。




世の中に運が巡ってくることなど、実際にはない。結果とは、誰かがどこかで動き、出るもの。だが、あえて言おう。私にロックオンされた時が運の尽きだと。




私は運命の矢を召喚する。

月の加護を受け、姿を現した矢がひと際輝いていた。

これまでもものと違い、次元を斬り裂く特別仕様だ。

甲板の上で灯りを照らす魔導の精霊達が私に呼応し、輝きを増している。

標的までの距離、2000m。

奴を仕留めるために、時間を静止させる必要もない。

限界まで引き絞っていた運命の弓が臨界点に達した。

背後では鳳仙花が絶叫している。

チャラ男は成り行きを静観していた。

土竜は、綺麗な瞳を輝かしている。

神託に従い、闇商商人の船団を守るため、あなたを仕留めさせてもらいます。

―――――――――SHOOT

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