第169話 野郎ども、準備はいいか!
87隻で構成される闇商人の船団から、断続的に轟音が響いてくる。
その衝撃波により風が吹き、暗黒色の海が荒れていた。
轟音の正体は300m級の船に実装されている主砲からから放たれている砲撃の音。
その標的は、魚の姿に変え空を航行する
その艦はチャラ男の半身であり、鳳仙花の宿敵のような存在だ。
そして私達が乗っている小舟は、押し寄せてくる波に激しく揺らされていた。
その全長は10m。
本来は波がたたない河を渡るための仕様であり、身を乗り出すと水面がすぐそこに見える。
鳳仙花とチャラ男は、海に放り出されないように身を屈めており、既に下半身は侵入してきた海水に浸かっていた。
もう半分ほどは沈没しているような状態だ。
見上げると夜空を覆い隠すほどの数の幽霊船が浮かんでいる。
架空艦が死霊使いの効果を使用し、召喚し別の空間から現れたのだ。
闇商人の船団から発射されている攻撃は、架空艦が発生させている重力場により無効化されている。
闇商人達の敗北が確定的な状況に陥っている中、奴等を救えと神託が降りてきた。
鳳仙花いわく、闇商人とはクズのような者達と言うが、神託に逆らう選択肢はない。
そう。命にかえても闇商人達を救わなければならないのだ。
そんな時である。
私の正面に召喚ボードが突如姿を現した。
―――――召喚リスト―――――
・ペンギン : 可
・四十九 : クールタイム
・月姫 : クールタイム
・メタルスライム : 可
・土竜(転生した英雄イアソン) : 可
□ OKボタン
―――――――――――――――
1番下の段。
土竜のところに知らない情報が記載されている。
ギャンブル依存症で駄目な言葉を連発するA級相当の魔物は、転生してきた『英雄イアソン』だったということなのかしら。
イアソンとは、50人余りの仲間達と一緒に
土竜の過去を思い出しても、英雄らしき片鱗は微塵も感じられなかった。
だが、よくある既定のテンプレに当て嵌めてみると、魔王を倒した英雄が平和な時代を迎えてしまうと、やる事が無くなり堕落していくルートが常識だ。
結局のところ、土竜もありきたりの量産品だったのかもしれないということか。
何にしても、ここは奴を召喚するしかないという状況だ。
浮かんでいるOKボタンに指を乗せ選択を実行した。
乗っている小舟を中心とした大海に、光の魔法陣が浮かび上がってくる。
『英雄達の船』が召喚されて来るのだと直感した。
案の定、海面に描かれている光の魔法陣から帆船にマストが突き出てくる。
これで沈没は避けられたかもしれない。
私達が乗っていた全長10m程度の小舟が、全長50mほどの探索船に変貌していた。
私達は英雄達の船の甲板の上に立っていたのだ。
そして向かいには、安全第一の文字が書かれたヘルメット、サングラス、作業服、そして自身に背丈より長いスコップを手に持つ魔物が現れてきている。
A級相当の実力を持つ土竜だ。
「土竜さん。ご無沙汰しております。」
「三華月様。招きに応じて召喚されてきました。」
「早速ですが、土竜さんへ伺いたいことがあります。」
「聞きたいこと。それはもしかして、私の近況報告ですか。はい。ご報告させて頂きます。私は、少年神官の廉廉君と、伐折羅提督との3人で、伝説の剣を探す大航海をしておりました。」
その口調から大航海が楽しいことが伺える。
近況報告を行う目的とは、内定前に人事とコミュニケーションをとれる貴重な機会であること。内定者が感じている不安を把握したり、内定辞退の防止に繋げたり、内定者のモチベーションを維持できる。
うむ。今の私には、それは全く必要のないことだ。
「皆さんがお元気そうで何よりです。私が伺いことというのは別にあります。」
「そうでしたか。早とちりをしてしまい、申し訳ありません。」
「私が土竜さんに伺いたいこととは、あなたの前世である『英雄イアソン』についてです。」
「そのことでしたか。まったく記憶にありません。」
「覚えていないのですか。ですが、英雄達の船も一緒に召喚されてきております。土竜さんの前世が英雄だったことは間違いないのではありませんか。」
「はい。私もそう思うのですが…」
「現在の状況についてご説明させてもらいます。」
「三華月様。だいたいの経過は理解しています。神託が降りてきて、闇商人の船団を救わなければならないため、私を召喚したと認識しております。」
「それでは、ここでの対応は、土竜さんにお任せしてもよろしいでしょうか。」
「はい。三華月様の奴隷として、出来る限りのことをさせて頂きます。」
「それでは、英雄達の船で、闇商人の船団を守り、そして空と飛ぶ魚の姿をしている架空艦を殲滅して下さい。」
「お任せください。」
「野郎ども! 準備はいいか! 三華月様からの命令だ! 俺達が命知らずであることを見せる時だぞ!」
「「おおおー!」」
土竜が威勢よく叫ぶと、甲板の上にいた2人が拳を突き上げて呼応した。
全身がびしょ濡れになっている、おかっぱヘアーの少女とチャラ男だ。
関係のない者が自由参加の演劇に参戦した感じのように見える。
案の定、3人は顔を見合わせたまま動きをとめていた。
とりあえず、土竜に確かめることはある。
鳳仙花とチャラ男は無視していい。
「土竜さん。英雄イアソンの記憶が戻ったのでしょうか。」
「いえ。全く戻っておりません。」
「つい先ほどしていた掛け声は、一体何だったのでしょうか。」
「のりです。」
「私のために全力を尽くすと言い、お任せくださいと自信満々に言っていたではないですか。」
「はい。あれが私の全力です。」
あらゆる至難を乗り越えたという英雄達の船の召喚に成功した。
その英雄の魂を持っているはずの者も呼び出した。
だが、全く使えないようだ。
駄目な中間管理職が行う無意味な会議(時間の浪費)に参加した気持ちになる。
放つ視線が冷たいものだったのだろうか、私の思考を察した土竜が慌てて自身のフォローをしてきた。
「三華月様。私の召喚が空振りに終わったように思われているかもしれませんが、そんなことはありません。」
「そうなのですか。」
「はい。三華月様が乗っていた小舟は沈没しそうになっていたではないですか。」
土竜からの指摘のとおり小舟の中には海水が入り込み、沈没寸前であった。
今更ながらに乗船している50m級の帆船を見ると、これといった武装はされていないようだ。
つまり、この船には、闇商人の船団を救うことができる能力が備わっていないということか。
あらゆる苦難を乗り越えてきた探索船だったということを考えると、それが当たり前であるかもしれない。
前向きに物事を考え、船が沈没しなかっただけでもよしとするべきか。
ここはやはり、私が直接、手をくだすしかないところか。
その時である。
鳳仙花が土竜へ、フレンドリーな感じで声を掛けた。
「商業ギルドの土竜さんですよね。ご無沙汰しております。私が闇商人の時はお世話になりました。」
土竜が装備しているサングラスは、鳳仙花が闇商人時代に販売していた品物だ。
土竜とおかっぱヘアーの少女とは面識があったのだ
『今日限りの特別特価で、S級装備品のサングラスを通常価格の9割引で販売します』と聞いて土竜は購入していた。
だが、そのサングラスは対象の戦闘力を計測できる効果があるものの、とてもS級装備品とは思えないものであった。
土竜の方も鳳仙花が元闇商人であることに気がついた様子だ。
一歩二歩と後退りを始めている。
微妙な空気になっていく中、チャラ男が鳳仙花へ軽い調子で声をかけた。
「嬢ちゃん。土竜さんと知り合いなのかい?」
「何だ。チャラ男か。お前には関係ないだろ。話しに入ってくるなよ。」
「嬢ちゃんと俺っちの間で、隠しごとは無しに頼むぜ。」
「誤解を招くような言い方はやめろ。」
「誤解を招く言い方をやめてほしかったら、土竜っちを紹介してくれよ。」
「チッ。チャラ男、私を脅すつもりなのかよ。」
「怖い言い方はやめてくれよ。これはgive-and-takeの取引だぜ。」
「まぁいいだろう。土竜さんは私が闇商人として活動していた時のお得意様なんだ。」
フレンドリーな鳳仙花に対し、土竜の表情は硬くしていた。
何だか、おかしな方向へ展開が進もうとしている。
成り行きを見守りたいところではあるが、残念ながら神託の実行の方が優先される。
まずは先に、架空艦と奴が召喚した幽霊船達を無効化して差し上げましょう。
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