第166話 飛べない船はただの船

生暖かい潮風が吹き、月の光が真っ黒な大海の波にユラユラと反射している。

潮の流れに逆らいながら進んでいる全長10mサイズの小舟の前には、88隻の帆船がはらわたを見せるように大海を横断していく姿が見えていた。

一隻が300級の船で構成された闇商人の船団だ。

小舟の周囲には、私の一刀即を見逃さないようにドローン達が、敵が縄張りに入り警戒する鳥のように飛びまわっている。

この地には、ドレッドテールのチャラ男からのクエスト依頼により、紅蓮の英雄に捕らえられているという架空艦ノーチラスを探すためにやってきた。

その紅蓮の英雄の正体は、鳳仙花がしていた闇商人の仕事を廃業に追い込んだ張本人であり、そして、少女を闇商人にスカウトした船長・鉢特摩とが、同一人物でないかという疑いが生まれていた。

目に見えない力に従うように船団への距離が約500m程度に接近した時だ。

捕食される側の魚達が群れをつくるように統率されながら走っていた船団の内の1隻が、海面から離水し始めていた。

そう。空に飛び上がろうとしていたのだ。

その様子を見た、おかっぱヘアーの鳳仙花と、ドレッドテールのチャラ男とが交わしている会話が聞こえてくる。



「なんだ。あれは。鉢特摩船長の船が飛ぼうとしているじゃん。なんで船が飛んでいるんだよ!」

「おいおいおい。嬢ちゃん。どうしてそんなに驚いているんだ。空を航行する船って、有りか無しかで言えば有りだろ。」

「ふっ。チャラ男は常識ってものを知らないのかよ。普通、船は飛ばないものなんだ。」

「飛べない船はただの船だ。あの船こそが俺っちの兄弟。伝説の架空艦ってことよ。」

「何を言っているんだ。あれが架空艦なわけないじゃん。だって、他の帆船と同じ形状をしているじゃないか。」

「船が姿を変えることくらい常識だろ。」

「船が姿を変えるだと。その話しが本当だとしたら、私が超困るんですけど。もしあれが架空艦だったとしたら、私は姿を変えたチャラ男の兄弟であるその中で、青春時代を送っていたことになるじゃないか!」

「嬢ちゃん。諦めてくれ。俺っちは伝説の船なんだからな。」

「いやいやいや。チャラ男の方は雑魚なんだろ。」

「そうだ。俺は伝説級の雑魚だな。」



これまで聞いていた話しには違和感があった。

鳳仙花からの話しによると、各闇商人は個人商店でありそれぞれが独立して行動しているという。

そう。いかに船長とはいえ、乗船している新人闇商人達の行動までは把握できないはず。

だが、チャラ男のいうとおり、海面から離水している帆船が架空艦であるとしたら、船内での情報がほぼ全て紅蓮の英雄へ漏洩していたことになる。

紅蓮の英雄が新人闇商人達の行動を把握していたカラクリはそういうことだったわけか。

目の前では、チャラ男からの言葉のとおり、離水し海上から上昇を始めた帆船の姿が変わり始めていた。

周囲を飛んでいたドローン達が、そちらの方へ離れていく。

闇商人達からしても架空艦が紛れ込んでいた事実に驚いているのだろう。

その時である。

常時薄笑いを浮かべているドレッドテールの男が、顔を強張らせ、とんでもないことを言ってきた。



「聖女様。ちょっといいっすか。」

「はい。チャラ男さん。改まった様子で、どうかされたのですか。」

「あそこにいる兄弟は俺でもある。つまり俺と奴は同一個体なんだ。この距離まで近づいたことで、奴は俺の存在に気が付いた。そして俺の方も奴の秘密を知ってしまったんだ。」

「秘密ですか。」

「そう。俺の兄弟こそが、どうやら紅蓮の英雄みたいなんだ。」



俺の兄弟が紅蓮の英雄だと。

チャラ男は、紅蓮の英雄に半身が捕縛されていると言っていた。

だが、実際は違ったということか。

だとしたら、架空艦の本体と、紅蓮の英雄という盗賊、そして鉢特摩船長は同一個体ということになる。

チャラ男の気まずそうな表情を見ると、私を騙しているようには見えない。

言葉は適当な思い付きのようにも聞こえるが、道理にかなっており矛盾する点もない。

ドレッドテールの男からの告白を聞いた鳳仙花の怒声が響いてきた。



「おい。チャラ男。紅蓮の英雄が、架空艦の本体であり、そして私を闇商人にスカウトした鉢特摩船長本人だという話しは本当なのか!」

「この距離まできて分かったことなんだけど、間違いなく本当の話しだ。」

「くそぉ。何故か分からないけど、私の怒りの度合いが無限大にブーストされていくぞ。」

「嬢ちゃん。少しは落ち着けよ。」

「落ち着いていられるか。」



鳳仙花の瞳がギラリと輝いている。

猛禽類が獲物を見つけ、狙いすましたような視線を、海水から離水し上昇し始めた架空艦へ送っている。

その帆船が、全長300mの大きさを保ちながら、魚の形で変形していく。

空を飛ぶ魚に成ろうとしているようだ。

浮力を得ているメカニズムについて疑問に思った様子の鳳仙花が、チャラ男に対し取り調べるよう口調で質問した。



「おい。チャラ男。なんで魚が空を飛んでいるんだ!」

「嬢ちゃん。奴は重力を操っているんだ。」

「いやいやいや。魚は重力を操ることは出来ないはずだぞ。」

「それはどうかな。あれは伝説の魚だからな」

「伝説級の魚だったら、空をとぶことができるって本当なのかよ。」



伝説の魚だから、空を飛んでいるわけではないだろ。

何にしても、このまま指をくわえて見ていると逃げられてしまう。

とは言うものの、私の信仰心に影響がなければ、放置しておいても問題ない。

奴がしていることと言えば、闇商人の新人狩り。

世界に悪影響を与えるとは考えにくい。

架空艦の本体も、私の狩りの対象にならないように行動しているのかもしれないか。

更にチャラ男が、私のこれからの行動について決定づけるようなお願いをしてきた。



「聖女様。俺の兄弟であるあいつを成仏させてもらえなっすか。」

「どういうことですか。奴はあなたの半身と言っていたではないですか。つまり、自分自身の半分を絶滅させろと言っているのでしょうか。」

「はい。接近して、今の奴の思考が読み取れたんですが、俺の体から分離した時から、だいぶん性格が変わってしまったようなんすよ。」

「もう少し、理由を詳しく教えてもらえないでしょうか。」

「はい。前にも言ったとおり、俺は善の魂をもっている。奴は欲の塊のような者で、俺が奴の欲を抑えこんできていたんす。」

「話しの流れから察するに、今のあいつの欲は、チャラ男さんでも抑えられないくらいまで、暴走してしまったということですか?」

「聖女様の指摘のとおりっす。もう、奴は、俺の一部では無くなり、完全に独立した個体になってしまった。」



チャラ男のいうことは理解した。

とはいうものの、神託が降りてきているわけでもないし、殺すほどのものではない。

邪悪な存在ならば、信仰心を稼ぐ対象になってくれるまで放置したいのが本音だ。

さて、どうしたものかしら。

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