第165話 鵜飼の法則

見上げると夜空が広がっている。

満月に近いサイズの月から落ちてくる光が、暗黒の海を照らしていた。

穏やかな波の音が聞こえ、静かな風が吹いている。

通常は波のない川を渡る際に使用される渡し舟に乗り、大海の波に揺れていた。

全長は10mほど。

手を伸ばすと海水に入るほどに海面までの距離が近い。

高波が襲ってくると簡単に沈没してしまうだろうこの小舟は、架空艦ノーチラスの半身であるというチャラ男が何処からともなく造り出したもので、目的地に辿りつくまでは絶対に沈まない代物らしい。

とはいうものの、頻繁に海水が流れ込んできており、その都度、おかっぱヘアーの少女とドレッドテールの少年は用意していまバケツにて水をかきだしていた。


架空艦を探しに行った異世界から地上世界へ戻り小一時間ほどしか経過していた。

トナカイの被り物を頭に付けている鳳仙花を、チャラ男がゲラゲラと笑わせている。

人見知りである少女と、ドレッドテールの少年とは、いつの間にか打ち解けていた。

チャラ男という生き物は、コミュニケーション能力が高いと聞いていたが、まさに面目躍如といったところだ。

小舟は、潮の流れに逆らいながらゆっくりと進んでいた。

重力に引き寄せられるように、得体の知れない力が小舟に働いているのだ。

目的地は、紅蓮の英雄がいるという場所。

紅蓮の英雄とは、チャラ男の姿をしている架空艦ノーチラスの半身を捕らえている者であり、そして鳳仙花がしていた闇商人を廃業に追い込んだ張本人である。

チャラ男が持っている能力が、紅蓮の英雄がいる場所へ引き寄せられるように小舟を導いていた。


そして、正面には目的地が見えてきていた。

月あかりが落ちる夜の海を、88隻の船がゆっくり進んでいる。

闇商人達が支配する船団だ。

一隻の全長が300m程度。

全て同型の帆船で、4本のマストの帆が風を受け前進していた。

88隻が等間隔を保ちながら一糸乱れぬ統率された動きをしている。

まもなく、闇商人が支配する異世界の境界線を越えようとしていた。

つまり、紅蓮の英雄とは闇商人だったといことになる。

鳳仙花からの話しでは、時空の航行できるという『証明書』があれば、誰でも闇商人なれるという。

88隻の帆船にはそれぞれ船長が存在しており、おかっぱヘアーの少女はその内の1人である『鉢特摩』という名の船長からスカウトされ闇商人となったそうだ。


たった今、小舟が闇商人の支配している世界へ侵入した。

招かざる者がこの世界へ入り、88隻の船団からは緊張感のようなものが伝わってくる。

小舟の周囲には侵入者を警戒するドローン群が飛び回っていた。

まったくといっていいほど緊張した様子はない小舟に同乗している2人が、タメ語で交わしている会話が聞こえてくる。



「何だか俺達ってさぁ。こちらの世界の人達に、歓迎されてないみたいじゃねぇ?」

「そうだよ。それって、太陽が東の空から昇ってくるくらい当たり前のことじゃん。三華月様の気分しだいで、こんなオンボロ船団なんて絶滅しちゃうんだからな。」

「マジかよ。この船団を見ると、それなりの装備に見えるけど、これが聖女様からするとオンボロというレベルになるのかよ。」

「三華月様と闇商人の力関係を例えるなら、魔王と平民の関係ってところだな。」

「じゃあ、俺は魔王様の近衛兵をGETだぜ。」

「ポケ◯ンみたいな言い方をするのはやめろ。」

「聖女様はともかく、攻撃されたら俺達は相当ヤバいんじゃないか?」

「相当ヤバいどころじゃないだろうけど、安心しろ。絶対に闇商人側から三華月様へ攻撃することはないから。」

「でも闇商人の中にも武闘派みたいな奴等がいるんじゃねぇの?」

「88隻の船には船長が存在しているものの、各闇商人は個人事業主なんだよね。」

「個人事業主だから何だっていうんだ?」

「闇商人は自分を護る戦いはしても、船団のために戦うことはしないってこと。」

「何かあったら、戦うよりも逃げ出すっていうことかよ。」

「そうそう。他人のために戦っても一銭の得にならないじゃん。」



私は魔王ではなく、世界を守る聖女なのだけどな。

戦闘については、鳳仙花が土竜に物を販売していた商品はそれなりの物であったことを考えると、相当の戦力があると思われるが、天空に月が輝く今夜については、私に傷一つ付けることは出来ないだろう。

2人が交わしている内容が、チャラ男の話しに切り替わっていた。



「チャラ男ってさぁ。本当に伝説の架空艦のなの?」

「そうだぜ。俺っちは伝説的な存在なんだぜ。」

「そうだとしたら、私達が乗っているこのボロ船が伝説の代物になるわけじゃん。空を飛ぶって聞いていたけど、全然無理そうじゃん。」

「架空艦本体は俺っちでなく、兄弟の方なわけ。 Sorry not sorry 。」

「つまり、チャラ男は出来の悪い兄弟の方だったということか。」

「厳しいご指摘を頂き、有難うございます!でも大丈夫。女の子を守るのは俺のポリシーだから、安心してくれよ。」



私が付いてきた理由は、チャラ男単独では本体となる半身を捕獲できないからという話しだ。

話し方も軽いせいもあり、本当に大丈夫なのかと不安になってくる。

2人が緊張感のない話しをしていた時である。

これまで寸分たりとも乱れなく編成されていた88隻の船団に乱れが生じた。

1隻が宙に浮かび上がり始めているのだ。

逃走を図ろうとしているようだ。

遅れて、鳳仙花とチャラ男が同時に反応してきた。



「三華月様。あの船は、私を闇商人にしたスカウトした鉢特摩船長の船です。」

「聖女様。俺っちの兄弟が逃走を図ろうとしているっす!」



それはつまり、鳳仙花をスカウトした船の中に、紅蓮の英雄が紛れこんでいるということになる。

何となくではあるが、新人狩りのスキームが見えてきた。

素直に考えれば、鳳仙花を闇商人へスカウトした鉢特摩船長こそが紅蓮の英雄なのだろう。

つまり船長は、適当に一般の者を闇商人へスカウトし、正体を隠し、その新人を襲っていたと考えられる。

いわゆるこれは、鵜飼の法則だ。

ウミウという名前の鳥の喉を縛り、獲得した魚を飲み込ませないようにし吐き出させる手法のことだ。

本来なら裁かれる対象となる行為であるが、法のあみを掻い潜る闇商人から強奪しても、法に引かることもない。

おかっぱヘアーの少女も、そのスキームに気が付いたようだ。



「もしかして、私をスカウトした船長が、紅蓮の英雄だっだのかよ!」

「俺っちも話しを聞いて、そう思ったんだよね。」

「マジか。マジで許せん!」

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