第163話 選択せよ
抜けるような青空に冷たい風が吹いていた。
段々畑のような形状になっている斜面に、古い石造りの遺跡が建ち並んでいる。
気温が低いせいか、地肌を覆っている青緑色の草は足元の高さまでしか成長していない。
この階層には人の気配がなく、過去に栄えたであろうこの地からは、ながい時をかけて自然に朽ちていく趣のある雰囲気を感じる。
私とオカッパヘアーの少女がこの地へ来た目的は、空を航行することが出来ると言われているノーチラス号を探すこと。
そして、目の前には、ふざけた内容が書かれているステータスボートが、正面に浮かび上がってきていた。
――――緊急クエスト発生――――
(内容)暴走したノーチラス号を探しだせ。
(詳細)地上世界へ行ってしまった船を紅蓮の英雄から取り返す。
(報酬)この階層の支配者になれる。
――――選択せよ――――
①緊急クエストを受ける。
②この世界の支配者を目指す。
この世界へは自身の意志でやってきたものと思うものの、この画面を見せられては、何者かに導かれた、もしくは誘導されていていたのではないかとも思える。
その何者かが誰かは分からないが、私という者は信仰心に関係がないことには、とことん後ろ向きであることを知らないらしい。
目的の物が無いと分かればこの地には用は無い。
はい。私は第③の選択をさせてもらいます。
この世界を破壊しようと決意した時である。
ハイテンションになりながらこの遺跡を走りまわっていた鳳仙花が戻り、現れていたステータス画面を見て絶叫した。
「紅蓮の英雄だと!」
おかっぱヘアーの少女が額に青筋を浮かべている。
紅蓮の英雄とは、闇商人だった鳳仙花を廃業へ追い込んだ者の名前だ。(148話エピソード)
いきり立つオカッパヘアーを見て、今更ながらに大きな風呂敷袋に何か多くの物を入れていることに気がついた。
遺跡から貴重品か何かを漁ってきたようだ。
元闇商人の習性が目覚めてしまい、お宝になりそうな遺物を物色してきたのだろう。
遺跡内にある遺物には呪いが掛けられているという都市伝説がある。
特にマスク系の物は要注意だ。
目を見開き、獣のように唸り声を上げている少女へ、風呂敷の中身について聞いてみた。
「鳳仙花。その持っている風呂敷の中身ですが、遺跡から遺物でも漁ってきたのでしょうか?」
「ああ。さすが我が同志。風呂敷の中身が気になっちゃいましたか。お目が高いです。」
顔を真っ赤にし興奮状態になっていた鳳仙花の表情が、一気に深く感心している顔付きへ変わっていく。
同志という言葉を聞いて嫌な予感がしていた。
おかっぱヘアーの少女が風呂敷を広げ始めると、金属がぶつかり合う音が聞こえてくる。
そして開いた風呂敷から、訳の分からない遺物がゴロゴロと姿を現してきた。
私にはガラクタにしか見えないのだが…。
鳳仙花が目を輝かせ機嫌良さげに、仮面を一つ手にとった。
目と口が三日月型になったホラーマスクだ。
よりにもよって、それを取るのかよ。
それ、絶対に呪いがかかっているやつだろ。
少女は迷いなくマスクを顔に装備し、切れ味の悪そうな錆びたナイフを手に持ち私 へ突き付け一喝してきた。
「三華月様。そこで、ジャンプして下さい!」
これはヤンキーが金をたかろうとする相手に、小銭を持っているか音で確認する時の命令文句だ。
自身よりも強い者には弱く、弱い者には強い群れをつくりたがる駄目な奴等の呪いが、そのマスクに掛けられているのだろうか。
素行の悪い言葉ではあるが、少女の声は心なしかウキウキしている。
どうしたものか対応に困っていると、鳳仙花は何ごともなく仮面を取ってきた。
その表情は至極満足気だ。
そして、仮面と錆びたナイフをこちらへ差し出すと、予測どおりの言葉を告げてきた。
「わが同士、三華月様。どうぞ、どうぞ。ホラーマスクを被ってみて下さい。」
「いえいえ。遠慮しておきます。鳳仙花からの好意だけ受け取っておきます。」
「マジですか。絶対に1度くらいはやってみた方がいいですよ。」
「有難うございます。本当に結構です。」
「あっ。そうか。そうですよね。1度は絶対にやってみた方がいいと三華月様に勧めてしまいましたが、リアルに経験済ですよね。私のような雑魚目線で、最凶聖女様を見てしまい申し訳ありませんでした。闇商人時代に、三華月様の暗黒武勇伝は嫌というほど、聞かされていたことを思い出しましたよ。」
リアルに経験済みというのは、私が恐喝して金を巻き上げていた過去があるとでも考えているのだろうか。
私は世界で最も神格の高い聖女なんだよ。
そして暗黒武勇伝というのは何なんだ。
何だか中二病患者みたいだな。
最凶聖女というワードにも引っかかる。
まぁ、それはいい。
問題は、鳳仙花と紅蓮の英雄についてだ。
148話のエピソードによれば、紅蓮の英雄と名乗る者が、営業活動をしている闇商人の新人ばかりを狙い、商品を強奪していたという。
鳳仙花も、その新人狩りをする紅蓮の英雄の餌食になっていたらしい。
もっとも、しばらく少女と一緒に行動していた私からすると、闇商人を廃業になった理由は、無駄遣いをし、ガラクタばかりを収集していることに原因があるのではないかと思えてしまう。
鳳仙花は紅蓮の英雄へ復讐したいとも言っていたが、どこにいるかも分からない者を捕縛することなど出来はしない。
少女は手に持っていたデスマスクと錆びたナイフを大事そうに風呂敷へ戻すと、巻き戻し再生をするように額に青筋を浮べながら、間合いを詰めて見上げてきた。
「三華月様。私は闇商人を廃業に追い込んだ紅蓮の英雄に復讐したく思います!」
「復讐ですか。」
「はい。奴は、新人の闇商人達をボコボコにして、商品を強奪する本当に屑みたいな者なんです!」
「聖女としては、不当とも思える価格で商品を売りつける闇商人もどうかと思いますが、だからといってその者達から強奪行為を行うことは許さるものではないと理解しております。」
「そうです。奴のしている行為はただの盗賊なんです!」
「念のために確認させてもらいますが、その紅蓮の英雄と言う者の所在は、把握しているのでしょうか。」
「分かりません。三華月様の『真眼』を使用すれば、見つけ出すことができるのではないですか?」
「『真眼』は真実を見ることが出来る効果を持っておりますが、どこの誰か分からない者を見つけ出すことは、残念ながら出来ません。」
「三華月様。この緊急クエストはどうすんですか。このままだと失敗してしまいますよ。」
「もう失敗は仕方ないでしょう。復讐は、そのうち私の方でさせて頂くと約束させてもらいます。」
鳳仙花が石のように固まった。
目が見開き、瞳孔が小さくなっている。
その時である。
浮き出ていたふざけたステータス画面の文章が更新されてきた。
――――緊急クエスト補足――――
紅蓮の英雄がいる所在なら把握しています。
――――選択せよ――――
① 俺にその者がいる場所まで案内してもらう。
② その者がいる所在を聞く。
③ 俺からのフォローを適宜受ける。
ここに書かれている『俺』とはふざけたステータス画面を送ってくる者のことを指しているのだろう。
何だか、嫌な予感がする。
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