第162話 緊急クエスト
星が広がり三十日月が輝く夜空が、抜けるような青空へ変わっていた。
頭上から降り注ぐ太陽に光が、赤い大地を照り付けている。
時騙しの時計の効果が切れてしまい、夜から元の時間帯へ戻ってしまっていた。
だが、雲一つない青空からは、糸のように細い雨が降り続けている。
時間軸が昼に回復しても、聖属性を付加した天空スキル『菜種梅雨』が、効果を発揮してし続けていたのだ。
細く柔らかい雨が、太陽光に焼かれた大地に落ちてくると、弾くことなく放射熱により蒸発していく。
この程度の弱い雨では、きつい太陽光が照り付ける地表熱をすぐに冷ますことは出来ない。
滝のような汗を流していたおかっぱヘアーの少女は、降ってきた雨を歓迎するように両手を広げ気持ちよさそうにしていた。
私が装備している
そして、発生源が特定できない苦痛に満ちた叫び声が、どこからともなく聞こえてきていた。
「やめろ。やめるんだ。雨を止めるんだ。我はこの世界の支配者だぞ。いい加減にしろ。お前達、目上の者へ対し、何をしているんだ。全てはお前達のためにしてやった事だ。我は敵ではない!」
この悲鳴は、絶えず上から目線の言葉を吐き続けてきていた
何とも斬新すぎる命乞いだ。
もう、私のためにしたというのは、意味不明。
樹海に迷い込み、救出不可能な状態になっているようだな。
遭難している調停者の正体はこの小さな階層そのもの。
鳳仙花からの提案を採用し、この世界全体を『菜種梅雨』で浄化していたのだ。
周囲から突撃してきていた暗黒色の死霊騎士達は、全て地面に倒れてしまい、姿が欠け始めている。
調停者と同様に、聖属性が付加された雨に浄化されていた。
浄化し続けている雨がこのまま降り続けば、この世界の死霊が消滅するのは時間の問題だろう。
おかっぱヘアーの少女が前に出てくると、視線を合わせてきた。
「三華月様。クソ雑魚が命乞いをしているようですが、どうしましょう。」
その口調は、どこか冷めた感じがする。
バトルを演じていた相手となる調停者が弱ってしまい、燃え尽き症候群にでもなってしまったのかしら。
ここには、空を航行できるというノーチラス号を求めやってきた。
その障害となった調停者を排除するため天空スキルを発動させたのであるが、私にアンデッドを狩る趣味はない。
とはいうものの、このまま放置していたとしても、ろくなことはしないだろう。
そもそもであるが、命乞いをされたとしても…。
「この天空スキルは、元々は攻撃力が無く、ただ雨の降らせるだけのもの。空を見てのとおり、雲が無い状態でも降り続けます。」
「三華月様。つまり、菜種梅雨を止めることが出来ないと言っているのですか?」
「そうです。雨足が強くなることはありませんが、このまま1週間程度は降り続けることしょう。」
「そうですか。それでは、調停者が消滅することは確定的だということなのですね。」
「おい。雨が止むことがないとはどういうことだ。我を助けることが出来たなら、望むものを与えてやるぞ!」
うむ。この段階になっても、上から目線での話し方なのは変わらないのだな。
おかっぱヘアーの少女についても呆れた様子で、首を左右に振っている。
続く雨の中、しばらくすると調停者の上から目線の命乞いは弱々しいものへ変わり、じきに聞こえなくなっていた。
周りからは奴の気配も消えている。
どうやら、消滅してしまったようだ。
その時である。
突然、目の前には謎のステータス画面が浮かんできた。
――――――――――――――――――――
囲まれた街の2階層を地上世界へ加えますか?
YES/NO?
――――――――――――――――――――
この2階層には人が存在しない。
地上世界に加えたとしても、プラスにもマイナスにもならない気がする。
1階層での経験則からすると、YESを選択した場合、最下層となる3階層へ行くことが出来るものと考えられる。
鳳仙花に見守られている中、YESのボタンを選択した。
◇
気が付くと、目の前の景色が変わっていた。
菜種梅雨による細く柔らかい雨が降ってくる中、段々畑の形状をした草原地帯に立っていた。
どうやら、第2階層は地上世界へ移管され、私と鳳仙花は最下層へ来てしまったらしい。
ところどころに朽ちた歴史的な石造りの建築物がたち並び、人の気配がない。
古い文明の痕跡が残る遺跡である。
学術的にも観光地としても価値が高そうだ。
見上げると海が見えていた。
海の向こうにある太陽からの光が届き、この地を照らしている。
一緒にいた鳳仙花については、幻想的な景色に見惚れてしまい言葉が出ない様子だ。
ここが目的の『海底都市』なのかしら。
世界の記憶アーカイブによると、この地にノーチラス号があるはず。
無意識のうちに足を進めていくと、自然な感じでおかっぱヘアーの少女は、両手を真っ直ぐ伸ばし『キーン!』と叫びながら向こうの方へ走っていった。
観光地をおもいっきり楽しんでいるようだ。
その時である。
再び謎のステータス画面が浮かび上がってきた。
――――緊急クエスト発生――――
(内容)暴走したノーチラス号を探しだせ。
(詳細)地上世界へ行ってしまった船を紅蓮の英雄から取り返す。
(報酬)この階層の支配者になれる。
ノーチラス号は暴走し、地上世界へ行っていたのか。
ここまで来たのは無駄骨だったのかよ。
報酬については、絶望的に貧相すぎだろ。
こんなガラクタの支配者に何の価値も見いだせない。
そもそもであるが、私は支配することに、限りなく消極的だ。
信仰心以外のものには興味がないのだ。
どこの誰かは存じませんが、『緊急クエスト』を表記しておけば、何でもかんでも食いつくだろうと思っているのかしら。
そんなアホみたいな釣り広告などには、誰も引っ掛かりません。
はい。付き合いきれません。
何をするためにここまで着たのやら。
私は、さっさと地上世界へ戻ることに致しましょう。
私の意志を反映するように、ステータス画面がもう1枚出現した。
――――選択せよ――――
①緊急クエストを受ける。
②この世界の支配者を目指す。
なんだ、このふざけた画面は。
私を舐めているのか。
②を選択しても、緊急クエストを受けなければならないではないか。
何者かは知らないが、ふざけた奴がいるようだ。
もちろん私は第三の選択をさせて頂きます。
はい。訳の分からないステータス画面が二度とでこないように、この世界を木っ端微塵に粉砕さいて差し上げましょう。
再度、時騙しの時計を使用しようとしたタイミングで、ハイテンションになりながら遺跡の中を走り回っていた鳳仙花が『キーン』と叫びながら戻ってきた。
頷きながら、浮かんでいたステータス画面を興味津々な様子で覗き込んでいる。
そして突然表情を一変させると、体を震わせ始めた。
目が見開き、額に青筋を浮かべている。
「紅蓮の英雄だとぉぉぉ!」
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