第161話 黙って死んで下さい

新月になる一歩手前の状態にある三十日月が、星が光る夜空に輝いている。

時騙しの時計により、瑠璃色の空が一気に深い濃紺色に変わっていた。

つい今しがたまで太陽光に焼かれていた大地からは熱が放射され続け、熱い風が吹いてくる。

死霊騎士達が跨る馬達が、硬い地表を走る音が4方から聞こえ、土煙が上がっていた。

その数は100騎以上。

既に100m程度まで近づいてきていた。

調停者と名乗る者の正体は、この世界の階層そのもの。

その力は死霊騎士を操るくらいで、驚くほどのものではない。

調停者を倒す方法は、隣にいる鳳仙花が提案してきたとおり、この階層全体をぶち壊せばいいだけのこと。

私にとって、難しいことではない。

会話を聞いていた調停者と名乗る者が焦る声が聞こえてくると、おかっぱヘアーの少女との舌戦が開始された。



「この階層ごとぶっ壊すだと。ホラを吹くのもたいがいにしておけよ。人ごとき小さな存在にそんなことが出来るはずがないだろ!」

「やれやれです。小さな存在に、一瞬で昼を夜へ変えることが出来るでしょうか。もう分かっているのでしょ。こちらの聖女様は、普通じゃないんですよ!」

「うぐぐぐぐ…」

「普通じゃないといっても、かなり普通じゃないんです。」



オカッパヘアーの少女が楽しそうだ。

確かに私は普通じゃないという言葉の枠に収まらないくらい可愛い聖女だ。

だが、鳳仙花の言葉を聞いていると、変人扱いをされているように感じる。

悪意は無いとは思うのだが…。

私に気持ちをよそに、鳳仙花と調停者の舌戦は続いていた。



「うぐぐぐぐ。」

「変なうめき声を出すんじゃなく、現実を受け止めて下さいよ。」

「うるさい。昼から夜の時間を進めたからといって、この階層を破壊できるとは限らない!」

「何のために昼から夜へ時間を進めたと思っているのですか。まぁ確かに、暑いから涼しくなりたいと思い夜にしてみましたと、非常識なことを普通にやりそうな聖女様に見えるという意見については否定できません。」

「おい。何の話しをしているんだ。我は、その聖女が非常識だとは一言も言っていないぞ!」

「そんなに聞きたいのなら教えてあげましょう。昼から夜へ時間を進めた理由は、月の加護を得て『天空スキル』を使用するためなんです!」

「人ごとき存在が、神々の戦いで使用されたという『天空スキル』を使用するだと!」



この珍紛漢紛な会話は成立しているのだろうか。

時折、意味不明な言葉を口にする鳳仙花は何故かドヤ顔をし、調停者からは怯えが感じられる。

おかっぱヘアーの少女からの言葉には、一部無茶苦茶な内容が含まれるているものの、実際に今の私は、三十日月から降ってくる加護により神域の領域へ片足分くらいは踏み込んでいた。

そう。天空スキルの使用は難しいことではない状態にあるのだ。

検索エンジンタブレットを触っていた少女がこちらに振り向き、至近距離から見上げてきた。



「三華月様。ここは『隕石堕としメテオストライク』なんかをブチかましてはいかがでしょうか?」



鳳仙花が悪代官が人を陥れようとする時にやる物凄く悪い顔をしている。

あえて調停者に聞こえるような声を出し、脅かそうとしている意図を感じる。

悪代官の最後は『ええい。これまでよ。』という捨て台詞を吐き、自滅していくのが既定路線だと知らないのかしら。

早速といった感じで、調停者が敏感に反応してきた。



「隕石堕としだと。おい、それは、神殺しと言われる最上位の究極系スキルじゃないか!」

「この検索タブレットで調べたところ、月よりも大きな隕石なんかも墜すことが出来るらしいですよ。」

「いい加減にしろよ。そんなものを堕されたら、お前達も無事には済まないぞ!」

「確かにそうですね。三華月様。奴の言うことも一理あるかと思います。ここは、おとなしめの天空スキルを使用することにしましょうか。」



鳳仙花が満足そうな表情をしている。

筋書きどおりの会話がなされた感じなのかしら。

そもそも私は隕石堕しを使用するなど言っていないのだが。

それはともかく、おとなしめの天空スキルを使う件については賛成だ。

検索エンジンを使用していたおかっぱヘアーの少女が、狙いすましていたように新たな天空スキルを提案してきた。



「三華月様。ここは聖属性を効かせた菜種梅雨なたねづゆで大地を溶かしてはいかがでしょうか。」



菜種梅雨とは、菜の花のころにつづく長雨のこと。

殺傷能力は全く無く、使い物にならないスキルだ。

だが、死霊である調停者が支配しているこの階層において、聖属性を付加エンチャントしたものだと、その効果が絶大となるものと推測される。

鳳仙花は、無駄なものを買ってしまう駄目駄目な元闇商人であるが、軍師としての才能があるのかもしれない。



「承知しました。ここは聖属性を付加エンチャントした『菜種梅雨なたねづゆ』を使用させてもらうことにしましょう。」



おかっぱヘアーの少女が軽く会釈をすると、私の正面から背後へ下がっていく。

私は運命の弓を召喚し、聖属性を付加した運命の矢をリロードする。

3mを超える白銀に輝く弓が姿を現した。

見上げると雲一つない夜空だ。

調停者から、慌てた声が聞こえてくると、鳳仙花がいつものように対応し始めた。



「おい。ちょっと待て。聖属性を効かせた『菜種梅雨』とはどういう天空スキルなんだ!」

「知りたいですか。知りたりですよね。でも教えません。お前ごときクソ雑魚に三華月様の放つスキル効果を教えてやる必要性を感じません。黙って死んで下さい。」

「なんだ、その言い草は。我を舐めるのもたいがいにしておけよ!」

「それ。負け犬が絶対に言っちゃう台詞ですよね。」

「もう絶対に許さんぞ! 死霊騎士。突撃せよ!」



調整者の怒声と同時に迫ってきていた死霊騎士100個体が突撃を開始してきた。

馬が大地を走る音で、一気に大気が揺れ始める。

それでは、私の方も運命の矢を発射させてもらいましょう。

矢の先を天空へ向け、弓をギリギリ引き絞り始めた。

体に刻み込まれている信仰心が、月の加護を得て輝いている。

黄金色の光る瞳が、天空スキルの軌道を見つけていた。

それでは、狙い撃たせてもらいます。

臨界点を迎えていた弓のエネルギーを解放させた。

―――――――――――――SHOOT


矢が走る後に、光の尾が伸びていく。

流れ星が夜空に向けて走っていくようだ。

その様子を見ていた鳳仙花が驚嘆している。

特に何が起きるわけでもない時間が流れている中、死霊騎士達の接近してきていた。

まもなく、奴等が持っている5mの槍が届く範囲に入ってくる。

その時である。



―――――――――――――雲が無い夜空から、雨がポツポツと降ってきた。



地面に落ちても弾くことなく音がしない、糸のような柔らかい雨だ。

鳳仙花を両手にて雨が落ちてくる感触を捕らえようとしている。

だが、土煙を上げながら、怒涛の勢いで突撃してきていた死霊騎士達の反応は違った。

闇のように真っ黒な甲冑へ雨が当たると、苦痛を叫び始め、次々と落馬し、馬も倒れていく。

そして、同時に調停者と名乗る者の叫び声が聞こえてきた。



「やめろ。やめてくれぇぇぇ!」

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