第160話 お手軽3分クッキング

太陽光が赤い大地を焼き、荒れ果てた地面からは陽炎がのぼり、気温は40度を軽く超えていた。

硬く固まった土の亀裂からは、雑草が僅かに生え、ところどころにサボテンが生息している。

『自己再生』を獲得し、あらゆる環境へ対し耐性をもつ私については、この灼熱の暑さに関しても適用できるが、隣にいる鳳仙花についてはそうもいかない。

徐々に疲弊し、このまま夜を迎えるころには動けなくなるだろう。

所持していた水筒は既に無くなってしまっていた。


周囲からは土煙が上がり、遠くから100頭以上の馬が走るひづめの振動が伝わってきていた。

この階層の支配者であり調停者と名乗る者が操っている死霊騎士リビングアーマの大群が、四方から押し寄せてきているのだ。

調停者は、おかっぱヘアーの少女から、『私へ命乞いをする未来が見える』と予言されると、どこからともなく怒声を響かせてきた。



「我が下等種族のお前達に命乞いをするだと。絶対にありえん。我をなめるのも大概にしておけよ!」



その声は近くから聞こえてくるようだが、その場所を特定することができない。

鳳仙花が持つ検索エンジンタブレットで調べたところ、奴の正体は人以外と推測される。

そして調停者が告げてきたとおり、迫ってくる死霊騎士達を倒しても本体にダメージを与えられないものと感じていた。

鳳仙花の体調を考えるとゆっくりもしていられない。

ここは調停者の正体を探し出し、1分1秒でも早く狙撃させてもらいましょう。

既に勝利を確信し余裕の表情を浮かべているおかっぱヘアーの少女の瞳がギラリと光り、どこかにいる調停者へ宣言した。



「自身を調停者と名乗る残念な性格をした嫌われ者のお前に、こちらの聖女様が奇跡を見せてあげましょう!」

「おい。誰が、残念な嫌われ者だ。目上の者に対し、その言葉遣いは何だ!」

「やれやれ。奇跡を見せてやる方ではなく、そっちの方の言葉に反応しちゃいましたか。本当につくづく残念な奴ですね。」

「許さん。もう絶対に許さんぞ。」

「何度も許さんと言わないで下さい。1度言われたら分かりますから。そもそも許してと言ったことないし、お前ごときクソ雑魚に許してほしいとも思っていないのですけど。」

「うおおおお!」



大きくため息をついた鳳仙花がこちらに振り向くと、アイコンタクトを送ってきた。

―――――――――時騙しの時計を使えと合図してきているのだろう。

時騙しの時計とは、一時的に時間を操作するペンギンが製作した魔具のことである。

調停者と名乗る者の正体を見つけだすべく、全てを見通すことができる力をもつ『真眼』を発動させるため、時騙しの時計を使用し、月が上がる夜まで時間を進めるのだ。

はいはい。分かっていますよ。

手に持っていた懐中時計を動かすと、時間の針が進み始めた。



真上から光を落としていた太陽が驚くほどの速度で沈んでいく。



青かった空が藍色に変わり、星が輝き始めていた。

上がった月は三十日月。

新月になる1日前の月で、とても細い三日月だ。

月からの加護は弱いものの、それでも神域に達する力を得るには充分である。

体に刻み込まれていた信仰心が光を放ち、瞳が黄金色に輝き始めていた。

―――――――――スキル『真眼』が発動した。

調停者と名乗る者が驚きの声を上げ、隣にいた鳳仙花がゲラゲラと笑い始めている。



「なんだ。これは一体、何が起こっているというのだ!」

「ニャハハハ。だからこちらの大聖女・三華月様が、奇跡を起こすと言ったじゃないですか。」

「黙れ。昼が夜に変わったからといって、何だと言うのだ!」

「次は奇跡のスキル『真眼』が発動しますよ。」

「真眼だと!」

「真眼とは全てを見通す力を持つスキルのこと。これでお前の正体が暴かれてしまうわけです。命乞いをする時間が刻一刻と近づいてきていますよ。」

「我の正体を暴くだと。お、お前達は一体何者なんだ。」

「今更ながらに、私達が何者かであるかが気になるのですか。まぁそうですね。私はお前が言うしがない下等生物で間違いないでやす。ですが、こちらの聖女様からすると、お前も私を同じ下等生物のくくり入るでやすよ。」



鳳仙花の口調が絶好調かつ、何か語尾がおかしくなっている。

はしゃぎ過ぎて壊れてしまったのだろうか。

空を見ると夜空が広がっている。

黄金色の輝く瞳が、調停者と名乗る者の正体が実態の無い『亡霊』であると教えてくれていた。

問題はその存在がどこにいるかであるが、特定の場所には現存しない。

おかっぱヘアーの少女が、ドヤ顔をしながら質問してきた。



「三華月様。奴の正体はやはり死霊アンデッドだったのでしょうか。」

「はい。亡霊で間違いありませんでした。」

「それでは、聖属性で攻撃すれば一撃じゃないですか。」

「いや。それがそうでもなくて、一撃で倒すのは厳しいかもしれません。」

「え、マジですか。一撃で倒せないって、まさかまさかの難敵なんですか。クソ雑魚である臭いがプンプンするあいつが、信じられません。」

「いえいえ。調停者がクソ雑魚であるこたには変わりありません。」

「ですよね。絶対にクソ雑魚ですよね。」

「奴の正体はこの世界といいますか、この階層そのもののようです。」

「へぇぇ。この階層そのものが、クソ雑魚の正体だったわけですか。」



近くにいるようだが、見つけることが出来ない者。

出現してくる死霊騎士を倒してもダメージを与えられない。

そして人ではない存在。

調停者と名乗る者の正体が、この階層そのものとすれば全てが整合する。

この階層そのものが調停者の正体と言えば凄く感じるが、その力が弱く、自在に世界を変えることは出来ないようだ。

どこからともかく、声が聞こえてきた。



「我の正体にたどり着くとは誉めてやろう。これで理解しただろう。人間達のような小さな雑魚に我をどうこうすることは出来ないのだ!」



その声からは、恐れが感じられる。

時間を動かし、正体を突き止められてしまったのだ。

私に対し畏怖の念を抱くのは当然なのだろう。

対して、鳳仙花からは余裕が感じられる。



「三華月様。もう面倒ですし、この階層ごとぶっ壊しちゃいませんか。」

「つまり、時騙しの時計で三十日月が上がっているうちに、手っ取り早く階層ごと破壊する訳ですか。」

「はい。生意気なクソ雑魚を、ぱぱっと殺っちゃいましょう。」


「ちょっと待て。お前達。お手軽3分クッキングをするみたいに我を殺す話しをするとはけしからん。目上である我を何だと思っているんだ!」



鳳仙花と交わしていた雑談に、調停者が割り込んできた。

威張り腐った言葉ではあるが、その口調は焦りが感じられるものであった。

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