第159話 時騙しの時計

乾いた風が吹いている。

灼熱の太陽が、赤い大地をジリジリと照り付け、ところどころの割れ目から雑草が生えてきていた。

痩せこけた硬い大地からをみると、雨が年に数回しか降らない環境であるものと分かる。

気温は40度を超え、隣にいるおかっぱヘアーの少女は暑さに疲弊していた。

人どころか、動物の気配もなく、風に死臭が流れてくる。

ここは、異世界の2階層。

やってきた目的は、空を航行するというノーチラス号を探すこと。


鳳仙花が持つ検索エンジンで調べたところ、この世界の大きさは約70㎢。

周囲を覆うように遠くに見えている壁までが、この世界の範囲なのだろう。

四方からこちらへ向かい土煙が上がっていた。

死霊騎士リビングアーマの大群が四方から押し寄せてきているのだ。

数にして100騎はゆうに超えているだろう。

馬がゆっくり走る振動が大地を揺らし、この階層の支配者である調停者と名乗る奴との戦闘が、始まろうとしていた。

現在の問題は敵の正体が不明なこと。

まず第一に、死霊使いネクロマンサーがどこかに隠れているものと考えられるが、100騎以上の死霊騎士達を操ることなど、1人の人間には不可能だ。

世界の記憶アーカイブにも記載されていないチートスキルが存在するのだろうか。

空から正体不明の声が響いてきた。



「グハハハ。我の軍勢は無限。死霊騎士達は途切れることなく、永遠に押し寄せ続けてくるぞ。お前達に勝ち目など存在しないのだ。我の偉大さを思い知るがいい!」



露骨に私達を見下している口調だ。

調停者と名乗る奴が偉大であるかは置いといて、奴は嘘を言っていないものと直感していた。

そう。押し寄せてくる軍勢をいくら破壊したとしても、ダメージを負わせることが出来ない気がする。

つまり、奴を仕留めるためには本体を見つけなければならない。

向こうに見える立派な建物に潜んでいるかと言えば、違う気がする。

姿が見えないが、近くにいる気配はするからだ。

タブレットを触っていた鳳仙花が、この階層について調べていた。



「三華月様。この大地の人口を調べてみたところ、ゼロという検索結果が出てきました。」

「つまり、この大地に人は存在しないということですか。」

「はい。あくまでも、このタブレットで調べた結果ですが。」

「その仮説が正しいとしたら、調停者とは人ではないことになりますね。」



鳳仙花が検索してくれた結果には整合性がある。

調停者は、158話で自身のことを人の上位存在であると言っていた。

つまり、奴は人でない可能性が高い。

そして、敗北することがない絶対の自信をもっていたこと、見えないが近くに存在を感じることから導きだすと、調停者の正体とは、死霊であるかもしれない。

いずれにしても、正体を見極める必要がある。

死霊騎士達が押し寄せてくる地響きがする中、空を見上げた。

月の加護が無ければ、やはりスキル『真眼』は発動してくれないか。


真眼とは、その名のとおり真実を見極めるスキル。

見えないものを見る力をもつ『千里眼』の上位存在だ。

自身の生命に危機を感じた時、もしくは月の光を受け、私の力が神域に達している時のみ、発動するスキルである。

月が上がるまで、死霊騎士達を倒し続けてもよいのだろうが、そこまで鳳仙花の体力が持たないかもしれない。

今すぐに仕留めるべきだろう。


――――――――――ここは、参賢者の一角にして、私の特級下僕と名乗っているペンギンからもらった魔具である『時騙しの時計』を使用させてもらうことに致しましょう。

時騙しの時計とは、時間の流れを操作する道具である。

私には不要であると思っていたが、こんなところで役にたつとは想定していなかった。

収納ボックスから『時騙しの時計』を持ち出すと、早速、鳳仙花がその存在に気付いてきた。



「三華月様。そのアンティークな懐中時計は何ですか。」

「これは『時騙しの時計』という名前の魔具ですよ。」

「え、時を騙すって、もしかして、それは時間操作系の魔具なのでしょうか。」

「はい。さすが元闇商人。よくご存知ですね。少しの時間だけ、時間を操作できる代物です。」

「ぎょへぇぇぇ。時間操作って、それ、伝説級以上の道具ですよ。その価値は無限大。チート過ぎるじゃないですか!」

「価値はともかく、これからこの世界を夜の時間帯に変えようかと思います。」

「時間を変えるって。私。三華月様が何をするつもりか、分かっちゃったかもしれません。月の加護を得て真眼を発動させるために時騙しの時計を使用し、俺様TUEEE気質の可哀想な調停者の正体を見極めるつもりですよね。」



鳳仙花が、正面に回り込み、目を輝かせ、至近距離から見上げてきていた。

真眼のことも知っているのか。

やはり、闇商人の情報力が侮れないな。

そして、調停者のことを俺様TUEEE気質で可哀想というのか。

的確に本質をとらえているように思える。

俺様気質の者は、自身より立場が強い者に弱いが、弱い立場の者へは異様に強くなる。

そして、未来志向が低く、権力志向が高い、win-winの関係が築けない者のこと。

調停者の場合でいうと、自身より弱い者しか相手にしてこなかったため、歪んだ性格になってしまったのだろう。

その者は、いずれ現れるであろう自身よにも強い者に処刑されてしまう結末となる。

今が、その時であるが、本人は気が付いていない。

その時、おかっぱヘアーの少女との話を黙って聞いていた調停者が、たまらずという感じで話しに割り込んできた。



「おい。下等民族の人間共。上位存在である我のことを、俺様TUEEE気質の可哀想な者だと、よくも言ってくれたな!」



その口調からは怒気が感じられる。

そもそも調停者も158話では、私達のことを蚊トンボと見下すような発言をしていたはず。

自身が言われて嫌なことを平気で口にしていたのか。

本当に残念な奴だ。

ふと見ると、おかっぱヘアーの少女の表情が、何かを企んでいるような物凄い悪人顔に変わっていることに気が付いた。



「三華月様。調停者に言い返してやりたいと思うのですが、少しだけその機会を頂戴できないでしょうか。」

「はい。構いませんよ。好きに言ってやってください。」



調停者は、処刑しても信仰心が上がらないものと思われるため、本来なら放置対象的な存在だ。

下層階へ降りる邪魔をするので、殺処分するだけのこと。

おかっぱヘアーの少女が言いたいことを口したら、時騙しの時計を使用させてもらいます。

鳳仙花が空を見上げながら、聞いているであろう調停者との問答がはじまった。



「調停者と名乗るあなたへ、私は予言します。」

「なんだ、いきなり。我へ予言だと。」

「お前は、この後、三華月様に媚びへつらい、命乞いする未来が私には見えています。」

「なんだと。上位存在の我が、媚びへつらうだと。ありえん!」

「それが、自分より立場が弱い者に横柄な者の末路というもの。つまりそれが、クソであるお前の運命です!」

「下等生物のくせに、我を愚弄するとは。ゆ、ゆるさんぞ。お前達!」

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