第158話 我のルール
高い位置に浮かぶ太陽からの光が、赤い大地を照り付けていた。
地表から熱が放射され、気温はもう40度を超えているだろうか。
隣にいる鳳仙花は滝のように汗を流しており、既に革の服の中はべっとりとしているだろう。
この階層には、ところどころに草木が生えているものの、1年を通して雨が降る量が数える程度しかないと分かる。
おかっぱヘアーの少女は、リックサックから出してきた水筒を垂直に立てながら喉へ水を流し込んでいた。
見ていると喉が鳴っている音が聞こえてくるようだ。
遠くには集落や城のような立派な建物があり、その奥にはこの地を囲むように空まで続く塀がそびえて建っている。
土煙があがり、騎馬が一騎、こちらへ接近してくる姿が見えていた。
栗毛の馬体の上へ黒錆び色の甲冑に身をまとった騎士がまたがっている。
鳳仙花がタブレットを収納し、片手に水筒を持ち、背後へ隠れながら近づいてくる騎士について驚きの声をあげてきた。
「三華月様。近づいてくるあの騎士ですが、片手にめちゃめちゃ大きな槍を持っていませんか?」
「そうですね。ここから見た感じでは、槍の長さは推定5m以上、その重量は15kgを超えているものと思います。」
「え。そんなでかい槍を楽楽と片手に持っているって、ヤバくないですか。」
「一般の者が鍛えたとしても、片手で扱えるような代物ではないでしょう。」
「ですよね。兜の中にある目が異様に光っているように見えますし、あの騎士は人では無いですよね。」
「騎士と馬からは、生命反応を感じません。おそらくあの騎馬は
「死霊騎士!」
おかっぱヘアーの少女から怯えた声が聞こえてきた。
死霊騎士。それは、自らの意志で動く鎧のこと。
地上世界を徘徊している死霊だ。
私達を歓迎するために出迎えに近づいてきているとは思えない。
こちらには鳳仙花がいることですし、必要以上に接近してくるならば、破壊するべきだろう。
――――――――――私は運命の弓をスナイパーモードで召喚します。
太陽に光が燦々と降り注ぐ中、3mを超える弓が姿を現した。
近づいてきていた黒錆び色の死霊騎士が速度を落とし始めている。
攻撃の意志はないのかしら。
その距離が100m程度のところで馬体を止めると大きな声で自己紹介をしてきた。
「我はこの階層を守護している『調停者』だ。」
聞こえてくる声は、死霊騎士からのものではなく、周りのどこからか響いてくる。
声の主は近くに潜み、こちらを見ているのかしら。
気配は感じるものの、その位置が特定できない。
自己紹介をしたきた調停者とは、紛争が起きた際に当事者の間に入って解決する者のこと。
その名前のとおりとすれば、この階層のどこかにいる好戦的な者との間に入り仲裁してくれるのだろうか。
もしかしてだけど、何事もなく下の階層へ行くことができればラッキーだ。
私の予想に反し、調停者と名乗る死霊騎士が、とんでもない言葉を口にした。
「お前は何者だ。侵略者、それとも下の階層を目指す挑戦者なのか。何にしても、ここから生きて出るには、我を倒すしか手段はないぞ。」
威張りくさった上から目線の口調で、戦いを煽ってきているように受け取れる。
何が調停者だ。
まったく、調停しないではないか。
いいかげんな名前を名乗りやがって。
勝手に期待した私が悪いと言えば、そうなのだろうが。
その時である。
背後にいた鳳仙花が、不満が入り交じった口調で死霊騎士へ文句を言い始めた。
「調停者と自己紹介しておきながら、我と戦えって、言っていることが矛盾していませんか?」
「ふっ。未熟な少女よ。言葉の一端だけを切り取って誤解をするんじゃない。」
「そうですか。それは失礼しました。それでは未熟な私から質問させて下さい。何を誤解したのか、分かるように言ってもらえませんか!」
「我の使命はこの世界を平和に導くこと。我は決して戦いを好む者ではないのだ。」
「だから、戦いを好まないのなら、何も言わず下の階層へ行かせてください。」
「駄目だ。これはこの階層を守護する『我のルール』。下に行きたいのなら、我と戦って勝つしか方法がないのだ。」
「やはり、まったく調停するつもりがないじゃないですか。いっそのこと、自己中心的な偽善者へ名前を変えた方がいいんじゃないですか。」
「なんだと。いい加減にしろよ。支配者である我に対して、舐めたことを言うんじゃない!」
調停者と名乗る者は、鳳仙花から正論を言われ、感情的になってきていた。
そして調停者が言ってきた我のルール。一般的には俺ルールと言われている言葉は、自己中心的な理由で編み出した、自分の欲求を満たすためだけに存在するルールのこと。
実際に俺ルールを実行してしまうと、友達がいなくなり敵が増えていく。
俗に言う、嫌われ者になってしまうのだ。
当然、おかっぱヘアーの少女についても納得いかない表情をしていた。
自分の思い通りにしたいモラハラ型の者への対処方法は適当に持ち上げるに限るのだが、はっきりいって面倒だ。
ここは我のルールとやらに従い、1分1秒でも早く処刑させてもらいましょう。
「戦いの件、承知しました。我のルールとやらに従い、調停者と名乗るあなたを灰にして、下の階層へ行くことに致しましょう。」
「ククククク。大きく出てきたな。お前の挑戦を受けてやろう。」
その言葉からは、自身が勝利する揺るぎない自信を感じる。
まず、100m離れた赤い大地に立ちこちらを牽制している死霊騎士を、処分させてもらいます。
ロックオンを発動し運命の矢をリロードする。
手に持っていた3mを超える弓を信仰心で強化しギリギリと引き絞っていく。
それでは、黒錆び色の死霊騎士を狙い撃たせてもらいます。
―――――――――SHOOT
ジャイロー回転をかけ破壊力を増した矢が、一撃で死霊騎士を粉々に粉砕した。
遅れて矢を追うように土煙りが上がり、赤い大地が真っ直ぐ抉り取れていた。
やはり、仕留めたという手応えがない。
どこかで死霊騎士を破壊された様子を見ていた調停者の笑い声が再び聞こえてきた。
「ククククク。無駄。無駄。無駄。無駄。人の遥か上位存在である我を倒すことなど、お前達蚊トンボごときに出来るものではない!」
笑い声とともに、全方位から地鳴りのような足音が聞こえてきた。
赤い岩地に土煙が上がっている。
遠くからとんでもない数の死霊騎士が現れ、こちらへ進行を開始してきていた。
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