第153話 私の支配下

青い空に昇っている太陽が街を照り付けていた。

3階のテラスデッキから街を見下ろすと、真っ直ぐ伸びる20m幅の大通りは、隙間なく人で埋め尽くされている。

空気が汚れ、うなり声をあげるように雑居音が街をこだましていた。

蒸し暑いこともありペランペランなTシャツを着、汚れた服装をしている者がほとんどだ。

鳳仙花がA4サイズの検索エンジン用タブレットにて、この街と周辺の情報について調べたところ、この世界の大きさは30㎢しかなく、遠くに見える断崖絶壁のような壁に囲まれている小さな世界であった。

建物の3階にある半円形状のテラスデッキから街を見下ろしていると、掃き出し窓から入ってきたマッシュヘアーのイケメンが、自信満々な様子でいきなり戦線布告をしてきた。



「この世界の最下層には『海底都市』があります。だが、この階層を守護している監察官おれを倒さない限り、先へは進めませんよ。」



余裕綽々な笑みを浮かべているその男の名前は監察官インスペクター

このフロアーを守護している者だそうだ。

白いシャツにスカーフを巻き、ピチピチのロングパンツを履いており、眼下に見える群衆と比べると明らかにいいものを身につけている。

海底都市へ行くためには、邪魔する者は力づくで排除し、進むことが出来るというルールのようだ。

私としては有難い話であるが、同じ神の加護を受ける種族の者を殺してしまうと、同族殺しに判定されるのではなかろうか。

そう。信仰心を下げてしまうような行動はすることが出来ない。

会話を聞いていた鳳仙花がタブレットにて検索を開始しており、マッシュヘアーの青年からの聞いた言葉の裏付けをとっていた。



「三華月様。そのイケメンが言ったことは本当のようです。この世界は3階層あり、その最下層には海底都市へ繋がる扉があるようです。」



隣にいた鳳仙花が、こちらに見せるようにむけてきたタブレットを見ると、塔のような形状の世界が表示され、1番上の層に矢印マークが出ている。

その矢印マークの位置が、私達がいる場所ということなのかしら。

何気に鳳仙花が役にたっている。

自信満々に宣戦布告をしてきた監察官が、この世界が許容オーバーをしている現実を話し始めてきた。



「見てのとおり、この世界は狭く人が増え過ぎて大気汚染が酷い状況になっています。責任者である俺には、この状況をなんとかしないといけないという使命があるわけなんですよ。」



マッシュヘアーの男は、テラスデッキから身を乗り出すように手摺りを両手に掴み、この世界について思い悩んでいるような表情をしている。

うん。気持ち悪いです。

自己陶酔型の者の特徴は、自身の行動が格好いいと思っているが、実際には周りから面白がられたり、気持ち悪がられているのが現実なのだよ。

そもそもこの世界のことなど私には関係がないし、決着をつけるのならさっさと終わらせたい。

監察官がこちらに振り向くと、訳の分からないことを言ってきた。



「これから始める戦いですが、聖女さんの世界の一部を賭けてもらいます。」

「地上世界の一部を賭けて戦えと言っているのでしょうか?」

「はい。結果は、俺が勝利することになるでしょう。戦果の代償として、聖女さん達が暮らしていた世界の一部を俺に譲ってもらいます。」



地上世界の一部を、この世界に譲れと言っているのか。

私にそんな権限はないし、人ごとき存在がする行為としては度を超しているだろ。

とはいうものの、先へ進みたいのも事実。

どうしたものかしらと思い悩み始めた瞬間、おかっぱヘアーの少女がこちらへ視線を合わせながら一歩前に足を進めた。

ここは私に任せろと言っているようだ。



「ここは、三華月様の眷属であり同志である私の方で、監察官あなたとお話しさせてもらいます。まず一つ。私達は海底都市へ行きたいだけなのです。そのために戦うのはいたしかたないにしても、世界を賭けろって、無茶苦茶過ぎる要求ではありませんか?」

「無茶苦茶かどうかの判断は俺がします。この世界では、俺のルールに従うのが筋ってものでしょう。」



鳳仙花の問いにマッシュヘアーの青年は意を返さない。

お互いが主張していることは正しいものかもしれないが、相反するものだ。

少女は衝動買いをしてしまう駄目な闇商人と思っていたが、何だか心強い。

監察官への対応をこのまま任せてみようかしら。

おかっぱヘアーの少女が、話しの矛先を変えて言葉を続けてきた。



「三華月様。この世界について検索エンジン用タブレットにて調べたところ、30㎢の大きさに対して人口が200万人が住んでおります。明らかに、この人口密度は異常過ぎです。その結果、環境破壊が進み資源が枯渇してきているようです。」

「聖女さん。その少女の言う通りなんです。この世界は狭すぎるのです。だから、少しばかり領地を広げる必要があるわけです。」

「監察官さんに質問です。過去にも何人かが、私達の世界からこちらへ来ているはずです。もしかしてですか、監察官あなたは彼らへ対してその都度、無理矢理に世界を賭けさせていたのでしょうか?」

「いやいや。これまで招いた者達はその権限がない者ばかりでした。そこで俺の権限で、俺の世界へ入る条件を上げさせてもらいました。」

「つまりこちらの世界へ来ることが出来る者の条件を引き上げたということですか。」

「そうです。世界を賭けて戦える資格のある者のみがここに来ることができる条件としました。」

「そして、絶対暴君の聖女様がここに現れたということですか。」



鳳仙花はwin-winの関係を目指す交渉を視野にいれつつ、情報を引き出そうとしているようだ。

そして今、どさくさ紛れに私のことを暴君だと言っていたぞ。

世界を平穏に導くことが聖女の努めではあるが、立場が変わり闇商人のような者達からすると、絶対暴君のように見えているのかもしれない。

さて、マッシュヘアーの監察官からの話しを聞くと、この世界は崩壊しかけているらしい。

同族としてこの世界のことを放っておくわけにはいかなくなってしまった。

おかっぱヘアーの少女が一歩下がり隣に並んでくると、再び私へ爆弾発言をしてきた。



「こちらの世界にものっぴきならない事情があるようですね。もうこれはあれです。折衷案として、この世界も三華月様の支配下にしちゃってみてはどうでしょうか。」



マッシュヘアーの監察官は、思いもよらない話しに、動揺しているようだ。

私の支配下って、何を言っているのかしら。

この世界も、という言葉にも引っ掛かる。

そもそも、どの部分が折衷案なのかしら。

細く微笑んでいる鳳仙花へ、首を振って見せた。



「私には支配している領地なんてありませんよ。それに支配欲もありませんし。」

「ああ、そうなんですか。そういう認識ですか。だが、闇商人達のような反社会的勢力側から見た三華月様って、魔王的存在なんですよ。」



待って下さいよ。

鳳仙花のその言い回しだと、私が魔王であることが、さも当たり前のような感じがする。

そう言えば、ペンギンや四十九からも魔王と言われていたことがあった。

私は、世界を平和に導く清純無垢な容姿をしている聖女なのだよ。



「鳳仙花。私は魔王ではなく世界を平和へ導く聖女です。とにかく、支配下の件はお断りさせてもらいます。」

「三華月様。考えてみてください。監察官あいつをサクッとぶっ倒しても、この世界の者達は路頭に迷うだけではありませんか。聖女として、同族の者達を見捨ててしまうと、信仰心に影響が出るのではありませんか。」



鳳仙花の言葉が突き刺さる。

まさしくその通りだ。

とはいうもの、支配というものは私の信仰心の役にたつことはない。

少女は一呼吸おくと、私の思考を読み取ったかのように話しを続けてきた。



「地上世界なんて三華月様の支配下にあるようなものじゃないですか。何のことはありません。それが少し増えるだけのことですよ。帝国領に加えてしまったらいいんですよ。」



訳の分からないことを言い始めてきたぞ。

鳳仙花の言うその理屈は通っているような、いないような。

私は丸め込まれているのだろうか。

話しの置いてきぼりを喰らっていたマッシュヘアーの男が、慌てた感じで話しに割り込み、鳳仙花との問答が開始された。



「おい。ちょっと待て。俺を無視して、勝手に話しを進めるんじゃない!」

「何ですか。言いたいことがあるなら伺いますけど。」

「そうか。まず言いたいのは、俺を無視するなということだ。」

「言いたいことは、それだけですか。」

「いや、だから、そうだな。そのそちらの世界に加わる件だが、悪くない話しだな。」

「そうですか。それはよかったです。」

「それで、そちらの世界に加わったとしたら、俺はこのままこの街の監察官としての地位を保証してもらえるのだろうか。」

「何、寝ぼけたことを言っているのですか。そんなの無理に決まっているじゃないですか。」

「無理だと。俺は監察官でなくなるのか!」

監察官あなたは三華月様に喧嘩を売るという大罪を犯しました。マジで、あちらの世界ではあってはならないことですよ。それに、この街を破滅寸前にまで放置してしまった無能を登用するほど、三華月様は優しくありません。イケメンのほとんどは残念な性格であるという都市伝説があるが、本当にそのままなんですね。無能のイケメンには制裁鉄拳あるのみです!」



鳳仙花がやれやれのポーズをし、監察官は顔を真っ赤にさせた。

おかっぱヘアーの少女からの言葉は、いちいちもっともだ。

地上世界の一部を奪いとったとしても、この世界の問題が解決するはずがない。

そして、この街の惨状を見る限り、マッシュヘアーの男にこの街を発展させることは出来ないだろう。

監察官が、怒りをぶちまけるように、唸り声を上げてきた。



「おい。そもそも俺が敗北することが前提になっているじゃないか!」

「当たり前じゃないですか。戦う相手の力量も分からないって、雑魚過ぎるでしょっ。」



鳳仙花の挑発に、監察官が敵意をむき出しにしてきた。

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