第154話 vs監察官

異世界の空は青く、薄い雲が風に流れていた。

太陽から落ちてくる光に熱せられた街は地熱を放射し、半袖でいても蒸し暑く感じるほどだ。

3階のテラスデッキから見える街は人が溢れかえり、都会が発する雑居音が唸りをあげていた。

オカッパヘアーの少女に煽られたマッシュヘアーのイケメンは、敵意を剥き出しにし凄まじい形相でこちらを睨んでいる。

鳳仙花が描いた筋書きどおりに、これからこのフロアーを守護しているという監察官インセプターとの戦闘が始まろうとしていた。

空気がひりついていく中、少女がこれから開始される戦いのルールについて、マッシュヘアーの男に確認をし始めた。



「監察官さん。これから行う戦いのルールについて、念のために確認の意味で擦り合わせをさせて下さい。」

「今更なんだ。」

「あなたから提案したルールに従い、こちらは私達の世界の一部を賭けさせてもらいます。監察官さんもこの世界を賭けるということで間違いありませんか?」

「俺が管理している範囲はこの階層だけだ。つまり、この世界全体を賭けることは出来ない。」

「確かにそう言っていましたね。では、監察官さんが敗北したら、この階層は三華月様の持ち物になります。それで、よろしかったでしょうか。」

「おい。俺はお前達の世界から来たS級冒険者とやら達に全戦全勝してきた男だぞ。俺を舐めるのもたいがいにしろよ!」



私が勝利することを前提に話しを進めている少女の態度に対して、イケメンの男がいきりたっていた。

昼間であっても、地上世界の加護が感じられる状況下では、半神くらいの実力がなければ私を葬り去ることは出来ないのが実際なため、鳳仙花のその態度はまぁ仕方ないと言えばそうなのだろう。

とはいうものの、地上世界から海底都市を目指しこの世界へやってきたS冒険者達を退けたという話しが本当だとしたら、その能力は死霊王並みかもしれない。

でもまぁ、私との相性もあるだろうが、苦戦するとも考えられない。

世界を賭けて戦う行為については、馬鹿馬鹿しいものではあるが、こちらの世界に暮らす同族を見捨てるわけにもいかないし、ここは鳳仙花の思惑にのってしまうのは仕方ないといったところか。

おかっぱヘアーの少女が、監察官に戦いに関するルールの確認を続けていた。



「監察官さん。勝敗はどちらかが戦闘不動になる。もしくは敗北を宣言した時でよろしかったでしょうか?」

「いいだろう。さぁ、始めるぞ。」



マッシュヘアーの男との距離は約10m。

武器のようなものは装備していないが、距離をとる様子も見られないところ、戦闘スタイルは近接型である可能性が高い。

—————————その時、前触れなくスキル『未来視』が発動した。

予備動作がないノーモションから『電撃ライトニング』が発射される未来が見えた。

雷撃は射程距離が短いが、その攻撃速度は時速3憶km以上。

光の到達時間と比較しても1/4。

電光石火の攻撃で、回避は不可能だ。

たいした威力ではないが、必殺の先制攻撃といえるだろう。

それはあくまでも不意打ちの場合に限られる。

来ると分かっていれば対応は難しくない。

私でも『雷撃』は防ぐことが出来るくらいの『結界』なら張ることが可能なのだ。



――――――――私は聖衣に形成している暗黒物質ダークマターを展開する。



暗黒物質に信仰心を刻みこみ創られていた聖衣が、一瞬で無数の小さな球体へ姿を変え、私と鳳仙花の全方位を囲むように浮き始めた。

暗黒物質にはいくつか特徴がある。

その一つが吸収だ。

無数に展開させた真っ黒な球体に、これから監察官が撃ち放ってくる『雷撃』を吸収させるのである。

実際のところ私にはスキル『自己再生』があり、『雷撃』を受けたとしてもそれほど問題ないのであるが、おかっぱヘアーの少女についてはそうもいかないため、『結界』を展開させたのだ。


――――――――次の瞬間、予備動作なしで監察官が『プラズマ放電』を開始した。

プラズマ光が、周囲に浮遊している暗黒物質と線が光れるように繋がっていく。

合わせて空気が『ジジジジ』と揺れていた。

向こうに見える、マッシュヘアーの男が目を開き驚きの表情を見せた。



「何だ。その黒い周りに浮いている無数の球体は!」

「私が着ていた聖衣の素材となる暗黒物質ダークマターを展開させ、プラズマを吸収させているだけのことです。」

「何。暗黒物質だと。そんなもの、聞いたことがないぞ。」



監察官から発射されている『雷撃』は、威力こそは弱いようだが、予備動作無しで圧倒的に速いプラズマを放電し続けていた。

近接戦においては回避不能な必殺の先制攻撃と言えるだろう。

更に途切れることなく継続的に発射し続けているところをみると、地上世界のS級冒険者達に勝利してきたという話しも頷ける。

初撃を防がれてしまい動揺しながらも、雷撃を撃ち続けてくる監察官へ、隣にいた鳳仙花が暗黒物質についての話しを得意そうに説明をし始めた。



「三華月様に代わって、暗黒物資について私から少し説明をしてあげましょう。それは、光すらも吸収する超重力下で生まれてくると言われている正体不明の物質なのです。あらゆる物質が分子単位まで圧縮破壊され、その結果とし精製されると聞いています。売買価格にしたら無限大。つまり何気にこちらの三華月様は、億万長者なんです。」

「億万長者だと。お前、何の話しをしているんだ!」

「あれ。私の超絶的に丁寧な説明が分かりませんでしたか。これまでの人生は理解力ゼロでも、イケメンだということで許されてきたのかもしれませんが、それも今日までの話しです。三華月様はイケメンに興味がない聖女なのです。」

「今、何と言った。俺が理解ゼロだと。馬鹿にするなよ。つまり、その聖女はブサメン好きということくらい分かっているわ!」

「私はそんなことを言いたいわけではありません。三華月様が、イケメン好きだろうが、ブサメン好きだろうが、そんな事どうでもいいでしょ!」

「何。どうでもいいのか。だからお前は一体、何の話をしているのだ?」

「私が言いたいのは暗黒物質の最大の特徴ですよ。見て下さい。この物質は、その形状を自由に変えられるということなのです。つまりこれは全ての着ぐるみが造形できるというまさに神の遺物なのです!」



おかっぱヘアーの少女の瞳がキラキラとしている。

生理的に言えば瞳孔が開き光に反射率が高くなる際に起きる現象だ。

どうやら暗黒物質を使用すれば、全ての着ぐるみが造形できるかもしれないことを想像し、胸をときめかせているようだ。

付け心地のいいガスマスクとか、通気性のいい着ぐるみを造形したいと考えているのかしら。


監察官は、鳳仙花との会話を諦めたようであるが、依然としてプラズマを放電し続けている。

火力の高い砲撃は出来ないが、これだけ持続的に発射させる技術と胆力は驚異的だと言っていいだろう。

強力な一撃を撃ち放つことが出来れば、死霊王に近づけるかもしれない潜在能力を感じさせる。

その時、鳳仙花がボソリと呟く声が聞こえてきた。



「やはり、三華月様は着痩せしていたわけではなかったようですね。安心しました。」



聖衣の下に着ていた暗黒物質で精製した軽装姿を見て呟いてきたのだ。

更にキラキラと瞳を輝かせながら、意味不明の言葉を重ねてきた。



「さすが、三華月様。ツルペタの同志です。」

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