第152話 可愛い女子の法則

海底都市へ繋がるという異世界へ行く扉を開くと、街の雑多な音がガツンと飛び込んできた。

正面に見えるテラスデッキから一望すると、街に圧倒的な数の人がうごめいている。

真すく伸びる20m幅の道が、人、人、人で埋め尽くされていた。

ここから見える範囲だけでも余裕で1000人以上はいるだろうか。

おしくらまんじゅうをしているように人が密集している。

道の両端には統一感のない汚れた建物が並び、その前には露店が連なっていた。

空には太陽が昇り、街を明るく照らし、湿度が高い。

私達の世界と比べると文明が進み、排ガスや水蒸気、粉塵が舞っていた。

見通しが悪く大気汚染が進んでいるように見受けられる。

蒸し暑いせいか、半袖姿の者が多く目にとまり、装備品で身を固めている冒険者らしい姿をしている者は見られない。

鳳仙花はハイテンションで、建物の2階にあるテラスデッキの手摺を両手に掴み、身を乗り出すように、やってきた異世界の街を見下ろしている。


現在立っているテラスデッキは半円形状をしており、群衆へ演説をするような位置関係にある。

背後には、私達が潜ってきた木製扉と、建物内で繋がる履出し用の引き違いサッシが嵌め込まれていた。

地上世界の神からの加護を感じる。

この街に暮らす者達の姿は、私達と何ら変わりないようであり、視覚的情報だけから推測すると、私が暮らす世界の人間と同じ遺伝子情報をもっているのだろう。

聞こえてくる言葉も理解できる。

2階のラウンジにいる私達を見ても、敵意といったものを感じない。

これまでの間、神託に従い、いくつかの異世界を転戦してきたが、私達と同じ遺伝子をもつ者はいくつも存在していた。

この世界も地上世界を去ってしまった万能の種族が、創った世界なのかもしれない。

そわそわと落ち着かない様子であたりを見渡していた鳳仙花が突然振り返り、荒々しい口調で訳の分からないことを言ってきた。



「三華月様。私のこの服装って、何だか浮いておりませんか!」



まずそこを気にするのか。

おかっぱヘアーの少女は、皮の装備品一式に、斜め掛けカバンをかけ、背中に収納ボックスを背負っていた。

収納ボックスは、水上都市にある教会から借りてきた代物で、詰め込んだ物の重さを軽減する効果がある。

鳳仙花が詰め込んだ着ぐるみを私が根こそぎ出し、水と食料を詰め直していた。

少女は、いわゆる一般的な新人冒険者がする装備をしているのだが、水上都市のお洒落カフェで購入しようとしていた迷彩柄の服装を着ていたとしたら、断然浮いた姿になっていたのではなかろうか。

何にしても、見知らぬ世界に来たにも関わらず、精神状態が安定しているようで安心しました。


さて、これからであるが。

海底都市へ行くための情報を集めなければならない。

どうしたものかしら。

過去、異世界を転戦した時の実績でいえば、地上世界と同じ神の加護を受けている異世界である場合、必ずといっていいほど神聖職が存在する。

そうだとしたら、教会のような場所へ行きこの世界について情報を取得すればいい。

向かい合わせになっていた鳳仙花が、斜め掛けカバンから出してきた検索エンジンタブレットを触り始めていることに気がついた。

闇商人を廃業した際に餞別という理由で、勝手に持ち出してきた代物だ。

少女が持っているそのダブレットをこちらに見せてきた。



「三華月様。私達がいるこの場所について調べてみました。ここは、『囲まれた街』という所のようです。」



地上世界から持ち込んだ検索エンジンタブレットはこの異世界でも使えるようで、画面には、『囲まれた街』の地図が記載されていた。

青い空を見上げると、空に浮かぶ衛星達の存在を感じる。

それは、万能の種族と言われている古代人がこちらの異世界を創ったことを示していた。

タブレットに映っている『囲まれた街』の地図を見ると、30㎢の大きさがある街に建物が密集して建てられている。

川や公園の類が見当たらない。



「鳳仙花。この『囲まれた街』の外。この世界の地図を表記してもらえないでしょうか。」

「そうですよね。街の外、この世界の情報が気になりますよね。」



私からの問いを聞いた少女が顔を曇らせた。

見せてくれていたタブレットを再び触り始めていると、苦々しい表情を浮かべ唸り声をあげている。

何か、うまくいかないことがあるようだ。

検索が終わった様子の鳳仙花がタブレットを再び見せながら説明を開始した。



「三華月様。何度調べても『囲まれた街』の外の情報が出てきません。というよりも…」

「歯切れの悪い物言いですね。何かしっくりこないようなものでもあるのでしょうか。」

「はい。そうなんです。」

「…」

「街の外の情報が拾えないのではなくて、街の外には何も無いようなんです。」



街の外には何も無いだと。

どいうことなのかしら。

遠くを見ると、街の外殻と思われる塀のような壁がそびえ立っている。

まるで、外敵からの侵攻に備えているような塀だ。

再びタブレットを触り始めていた少女が、自信が無さそうな様子で話しの続きを喋り始めてきた。



「三華月様。おそらくですが、街の外の地図が取得出来ないのは、情報に制限がかけられているわけでもなく、この世界はこの『囲まれた街』までしか存在しないのではないかと思われます。」



鳳仙花の推測が正しいとしたら、この街がこの世界の全てだというのか。

ありえない話しではない。

鳳仙花が見せているタブレットには、『囲まれた街』で暮らしていた学者達が書いたと思われる外の世界についても論文がいくつも掲載されていた。

だとしたら、海底都市は一体どこにあるのかしら。

その時である。

――――――――私達がいるテラスデッキに繋がる吐き出しガラス扉が開かれた。


振り向くと、ふんわりマッシュヘアーをした青年が入ってきた。

白いシャツにスカーフを巻き、ピチピチのロングパンツを履いている。

お洒落に気を遣っているようだが、気温も湿度も高いし、暑くないのかしら。

かなりのイケメンだ。

鳳仙花については、特に反応はない。


マッシュヘアーの男であるが、視線は私達へ向いている。

そもそもテラスデッキには他に人はいないし、私達に用があって、ここへ来たのだろう。

敵意は感じられないが、味方とも思えない。

青年は一定の間合いで足を止めると、やんわりとした口調で挨拶をしてきた。



「俺はこの階層で監察官インスペクターをしている者です。異世界からの来訪者の対応をさせてもらっております。」

「私の名は三華月。隣の者は鳳仙花と言います。」



監察官と名乗ったマッシュヘアーの青年は小さな会釈を返してきた。

言葉の内容より、外界からの来訪者へ対応される担当者なのかしら。

海底都市の情報が貰えるのなら有難い。

更に、言葉を続けてきた。



「ご存知のとおり、この世界の最下層には『海底都市』があります。ですが、この階層の監察官おれを倒さない限り、先へは進めませんよ。」



貴重な情報を頂き、有難うございます。

下へ進めば海底都市へ辿り着くことが出来るということか。

分かりやすくていいではありませんか。

それでは、あなたを倒し、下の階層へ進むことにいたしましょう。

監察官から敵意を感じない理由は、私を舐め腐っており余裕をかましているのだろう。

可愛い女子こそ最強&正義である法則を、この世界の者は知らないのかしら。

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