第151話 e-zi-mo-do
水平線から昇った朝日が世界を射抜くような白色光線を放っていた。
太陽光が反射してキラキラと輝く波からは心を落ち着かせるゆらぎ音が聞こえてくる。
まだ真っ青な色になりきっていない空には海鳥が餌を求め滑空し、澄み切ったエメラルドグリーンの海は底の砂地までクリアに見えていた。
古代人が創ったと言われている水上都市からは、数百メートルもの長さがある桟橋が全方位に伸び、世界か集まってきている多くの帆船が停泊している。
そのほとんどは、全長が10m前後の船体に1本のマストを建て、帆を張っている小型船。
まだ陽が昇ったばかりの時間帯にもかかわらず、既に出航している帆船も多く、水上都市は活気に満ちていた。
リゾート仕様の服装をした者が桟橋に溢れており、今日を楽しみたいという気持ちが都市全体から感じられる。
同じリゾート仕様の姿をしているおかっぱヘアーの少女が、既に開店している店をはしごしており、私の前をキャッキャと走りまわっていた。
サングラスにワンピース姿をし、肩から斜め掛けカバンをしている鳳仙花だ。
水上都市へ来た目的は、海底都市に眠っているとされるノーチラス号を動かすため。
急ぐ旅ではないが、水上都市を楽しむために訪れたわけではないのだけど。
直径が3kmある本土は、海に浮かんでいる都市にもかかわらず、緩やかな傾斜地になっており、赤い瓦屋根と真っ白な塗壁が建ち並んでいた。
見ているだけで気持ちが明るくなる綺麗な街並みで、歴史を感じさせる。
本土の中心へ伸びる道は緩やかな石畳みの坂になり、道の両側にはホテルや観光に特化したお店が軒を連ねていた。
道は歩くぶんには不自由ではない程度の混雑具合になっており、軽いステップを踏みながら走りまわっていた鳳仙花が、目の前に現れ至近距離から見上げてきた。
その瞳はキラキラと輝いている。
「三華月様。お腹は空いていませんか。お洒落なカフェを見つけちゃいました。あそこで朝ご飯をたべましょう。」
指さす方を見ると、遠くが一望できるオープンテラスがあった。
赤い屋根が連なる町並みが見え、さらに向こうには太陽光が反射するエメラルドグリーンの海が一望できる。
いわゆるお洒落カフェというやつだ。
うん。まったく心がときめかない。
私という者は、一般的な女子達が喜ぶものに興味を示さない女なのだ。
さて朝食の件であるが、少しくらいのお金なら持ち合わせている。
私はスキル『自己再生』の効果で食事をとる必要はないが、鳳仙花についてはそういうわけにはいかない。
何せ、ツルペタ体型だしな。
とはいうものの、栄養が行き届いたとしてもその体に凹凸ができるとも限らない。
カフェの店員さんの誘導に従い、気持ちいい潮風が流れてくるテラスデッキの席に座ると、おかっぱヘアーの少女がテーブルに運ばれてきた料理を気持ちいいくらいに口に頬張っていた。
飢えた獣のような食べっぷりだ。
少女の隣に座っていた私はというと、世界の記憶アーカイブを広げ、これから攻略する海底都市へ繋がる迷宮の情報を拾っていた。
視界に入っていた綺麗な景色が膨大な情報により埋め尽くされていく。
隣にいる鳳仙花や周りの者達には、アーカイブの情報は見えていない。
古代人が創生した迷宮には特徴がある。
地上世界にある迷宮の場合は、マスターを討伐すると新しいマスターが現れるまでは魔物も出現しなかったり、破壊行為を行っても迷宮が崩れることがない。
また、レア種の魔物以外から落ちるドロップ品は外へ持ち帰れない、などの制約みたいなものがある。
だが、海底都市へ繋がるという迷宮はその性質が根本から異なっていた。
それが、難攻不落と言われている
まずこの迷宮内へ入るためには何らかの資格が必要であり、私に関しては問題ない。
そして何より特殊なのは、海底都市へ行くためには、異世界を経由しなければ辿り着けないという事だ。
つまり、水上都市から繋がっている場所は、迷宮ではなく異世界なのだ。
その異世界自体が海底都市なのかもしれないが、現状では分からない。
私にとって重要な要素は、その異世界は地上世界の神が支配しており、アルテミス神の加護は受けられるということだ。
それは、他の者ではそうでもないかもしれないが、難攻不落と呼ばれている迷宮は、私にとってe-zi-mo-doだと意味している。
少女はテーブルに並ぶ食べ物をあらかた流し終わると、斜め掛けカバンからノートサイズの厚みが薄い板を出してきた。
古代人が仕様していた検索エンジン用タブレットだ。
現在に至っては、闇商人達だけが持つ貴重品で、取り扱っている商品や、空を周回する衛星からいろいろな情報を取得できるツールである。
鳳仙花と視線が重なるとニヤリとしてきた。
「このタブレットは、私が闇商人を廃業した時に餞別として貰ったものです。」
そのタブレットの価値は、最低でも1億G以上の価値があるはず。
餞別代わりに貰ったというが、プレゼントされた代物ではないと容易に想像がつく。
貰ったという言葉にもいろいろな意味合いがあり、鳳仙花は断りなくこっそりと貰ってきたのだろう。
機嫌よさそうにし、タブレットを覗きこんでいる少女へ念のために質問をしてみた。
「それはいわゆる、ネコババという行為をされたのですね?」
「はい。そう受け取ってもらって結構です。」
「闇商人達もタブレットの数が少なくなっていると気が付くと思います。刺客とか送られてきたら対応はできるのでしょうか。」
「はい。その時は三華月様、よろしくお願いします。まぁでも、蚊トンボごとき存在の闇商人達が、三華月様へ戦争を仕掛けてくるとは思えません。」
私が対応することが前提になっているのか。
それに、元同僚達を蚊トンボと呼ぶのもいかがなものだろう。
戦争を仕掛けてくるという表現にも引っ掛かるものがある。
タブレットを覗き込んでいる少女が、声を出さずに薄気味悪く笑っている。
凄く嫌な予感がする。
隣に座っている少女のタブレットを見ると、そこには『サバゲー専用の装備品』と書かれており、覆面マスクや迷彩柄の服が多数表示されていた。
機能よりもファッション性に特化しているようだ。
闇商人が扱う商品ということもあり、ありえないほど高額な数字が並んでいる。
薄気味悪い笑みを浮かべている鳳仙花の指が、購入ボタンを押そうとしている。
少女に思いとどまるように、思わず声をかけた。
「鳳仙花。その購入ボタンを押してはいけません。考え直してください。」
「どういうことですか。三華月様が、迷宮内の潜るために適した装備をするように言っていたじゃないですか。」
「衝動買いは失敗の元と言います。とにかく思い留まって下さい。そもそもその商品は、本当にその価値に見合った値段なのか、今一度考えてみましょう。」
「ああ。そういう話しでしたか。安心して下さい。これは迷いに迷った末に出した結果の結論です。」
「迷いに迷ったといいますが、そうは見えませんでした。参考までに伺いますが、時間にしてどれくらい迷われたのですか。」
「そうですね。2分くらいでしょうか。」
「なるほど。今後は、最低3日間は結論を出さないようにお願いします。」
「今買わないと、もう出会えないかもしれないじゃないですか。」
「過去の失敗を思い出して下さい。」
「過去の失敗って、私、何かやらかしちゃっていたでしょうか。」
「先日、ガスマスクと鰐の着ぐるみの通気性についてクレームをつけ、怒りをぶちまけていたではないですか。」
「三華月様。私にも座右の銘がありまして、それに従っているのです。」
「座右の銘ですか。」
「はい。『失敗して、そこでやめてしまうと失敗のまま終わる。だが、成功するところまで続ければそれは成功になる』のです。」
少女は喋りながら、指先が購入のボタンに触れてしまっていた。
制止を振りきったというより、本能に従った結果のような感じだ。
鳳仙花がタッチしたパネルを覗きこむと、表情を愕然としたものへ変化させている。
何かのトラブルかしら。
ボソリと呟く声が聞こえてくる。
「なんてこった。そう言えば、私は、一文無しでした。」
少女の声を聞いて、胸をなで下ろした。
闇商人が扱っている商品は高額なものばかりであり、私達が買えるはずがない。
とにかく衝動買いは禁止だ。
この後、水上都市にて安価な装備品を購入し、海底都市へ繋がるという異世界へ足を踏み入れた。
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