第150話 記憶喪失の少女について

昇り始めた太陽からの白色光線に海上の波がキラキラと輝いていた。

海上都市に住んでいる海鳥達の鳴き声が聞こえてくる。

空を舞い、各々が海を泳ぐ獲物へ目掛け滑空をしていた。

生暖かい潮風が吹いている。

エメラルドグリーンの海へ目をやると、透き通っている海中に泳いでいる魚達やサンゴ礁までが見えていた。

すれ違うヨットから大きく手を振る者達へ、おかっぱヘアーの鳳仙花がテンションを上げ、両手を目一杯に伸ばし応えている。

タグボートを引いてくれている馬型の機械人形へ視線を移すと、その向こうに目的地となる水上都市が見えてきていた。


水上都市はその名前の通り海上へ浮かんでいる。

直径は約3km。

古代技術により都市の周囲に張られている障壁にて、嵐や津波などを含む全ての天災から護られ、現在は観光地として栄えていた。

私が訪れるまではどの国にも属さない自治都市とされていた。

だが実際には、数百年もの間、海賊達の拠点となっており、世界から犯罪者達が集まる『ならず者国家』と呼ばれていた。

2年前、降りてきた神託に従い、水上都市を自治していた外道達を一掃し殲滅したのだ。

以降、帝国の筆頭貴族である三条家の直轄領となり、世界で最も治安の良い都市の一つになっていた。


数百メートルある桟橋が水上都市から何本も伸びており、世界から集まってきたヨットがずらりと停泊している。

まだ太陽が昇り始めた時間帯にも関わらず、既に街は目覚めていた。

小綺麗な姿をした多くの者の姿が桟橋に見え、賑やかな声が聞こえてくる。

リゾートを目一杯に楽しんでいるようだ。

私達は現地の者の誘導に従い、桟橋に着岸し水上都市への上陸を果たすと、機械人形が空に駆け上がっていく。

人類よりも遥か上位種である機械人形とは一旦ここで別れることにしたのだ。


一緒に上陸を果たしたおかっぱヘアーの鳳仙花は、両手を真っ直ぐ広げ、桟橋の上をハイテンションで「キーン!」と言いながら先を走っていく。

長期休暇をと思いっきり満喫しているようだ。

タグボート内では、短パンTシャツの自宅仕様のような服装をしていたが、ゾート仕様の服装に着替えていた。

サングラスをかけ、ノースリーブのワンピースにビーチサンダルを履いている。

先ほどタグボートに乗せていた衣装箱をゴソゴソと漁っていたが、そんな服が入っていたのか。

ここには水上都市にある迷宮を攻略し、海底都市へ行くために来たはず。

浮かれ過ぎてその目的を忘れてしまったのかしら。

蛇行しながら気持ち良さそうに走っていた少女が急反転し、再び『キーン』と効果音を発しながら戻ってくる。

そして向かい合わせになる形で見上げ、顔を近づけてきた。

体中からワクワクしたオーラのようなものが溢れでている。



「三華月様。早速、迷宮の攻略へ、行っちゃいましょうか!」



ここに来た目的を忘れていないようで安心しました。

だが、そのバカンスを楽しむような服装で迷宮内へ行くつもりなのだろうか。

そもそも鳳仙花の戦闘力ってどれほどもものなのだろう。

前職が闇商人だったことを考えると、『鑑定眼』とか『アイテムBOX』とか持っているのかしら。

戦闘は難しいかもしれないが、補助的な役割が期待できる。

とりあえずといった感じで、少女に質問してみた。



「鳳仙花。難攻不落と呼ばれている迷宮を攻略するにあたり、一つ質問させて下さい。」

「はい。何なりと聞いて下さい。」

「あなたの冒険者クラスを、教えてもらえないでしょうか。」

「私の冒険者クラスですか。もちろん、最低クラスのF級です。見たまんまですよ。」



澄んだ気持ちよい笑顔で答えてきた。

本人からの申告どおり、見たまんまで間違いない。

新人狩りを行う紅蓮の英雄のカモられ、闇商人を首になったその経緯を考えると、もしかして定型ルートに乗っているのかしら。

そう。あれだ。『役立たずと蔑まれ闇商人を首になりましたが、実はゴミスキルが最強でした。戻ってこいと言われても、もう遅い。』という流れなのだろうか。



「鳳仙花はクラスFなのですか。」

「そうです。もしかして、私に何かを期待しています?」

「はい。分かりますか。」

「三華月様。残念ながら、私はゴミスキルさへも持っておりません。」

「そうですか。」

「そりゃあ、私も『ゴミスキルが実は最強でした。これから無双して底辺から這い上がります。』とか言ってみたいですよ。でも、そのゴミスキルさえも持っていない私は、底辺以下な存在なんです。そもそも最弱から最強になるなんて、おとぎ話のありえない物語なんですよ。」



最弱から最強になる規定のルートにのるためには、ゴミスキルを所持していなければ、前提が崩れてしまう。

だとしらたら、別の定型ルートに乗ってもらわなければならないことになる。

定番となるが、チートスキルを獲得するためには、交通事故にあって死んでもらうしかないのか。

幸い、出てくる女神に悪態をつきそうな素質を感じる。

おかっぱヘアーの少女が大きくため息をつきながら、とんでもない言葉を口にした。



「そやぁね。私も、三華月様のように天然勘違い系ヒロインになってみたいですよ。」



勘違い系とは、行動や発言が意図せず周りの者達から好感を持たれることを指す。

それはいいとして、『天然』というのは一体どういうことなのかしら。

会話の受け答えが少しズレている人、危なっかしい行動が多く抜けている人に対して使われることが多いのだが。

鳳仙花は、私との間合いを離してくると、大きくため息をつきながら更に自虐ネタを続けてきた。



「私も『邪眼の力を舐めるなよ。』なんて言ってみたいですよ。現実はそう甘くはないんです。」



おかっぱヘアーの少女は、やれやれのポーズをしている。

結論としては、鳳仙花は戦力外ということか。

そこは仕方がないとして、直近の問題はその服装だ。

サングラスとワンピースにビーチサンダルは、リゾート仕様だ。

難攻不落の迷宮を攻略しようとするならば、それなりの装備は整えるべきだろ。



「鳳仙花へ最後にもう一つ、伺いたいことがあります。まさかとは思いますが、そのワンピース姿で迷宮内へ潜るつもりですか?」

「はい。もちろんです。私はこの服装で迷宮の攻略をするつもりです。これは難攻不落の迷宮を攻略する時にあるあるの定番じゃないですか!」



正面で自虐ネタを披露していた少女が、サングラスを外し、視線を合わせなから、一歩間合いを詰めてきた。

何故か凄い圧を送ってくる。

ノースリーブのワンピース姿で迷宮攻略をしている者など見たことがない。

これがあるあるの定番って、何を言っているのかしら。

鳳仙花が少し呆れた様子で私のパーソナルエリアから離脱すると、くるりと体を回転させ再びやれやれのポーズをしてきた。

仕方がない。教えてやるぜ。という感じを表現しているようだ。



「三華月様。海底都市へ通じている迷宮は、難攻不落であるというところがポイントなんです。」



難攻不落。

それは誰もその迷宮を攻略した者がいないということ。

リゾートを楽しむような姿と、難攻不落の迷宮。何がどう繋がっているのかしら。

謎過ぎる。

おかっぱヘアーの少女が凄いドヤ顔をしながら、その服装を選んだ理由について話しを続けてきた。



「三華月様。難攻不落の迷宮を攻略する際に欠かせないJOBこそが、『記憶を失くした少女』なのです!」



JOBが記憶喪失の少女だと。

何を言っているのか、全く理解できない。

鳳仙花を見るとノリノリな様子だ。

ここは話しを合わせながら、情報を引き出すところなのだろうか。

おかっぱの少女が瞳に力を入れながら再度、視線を合わしてきた。



「いつの間にかパーティに加わってきた記憶喪失の少女は、当初は戦力外なんです。足手まといのような存在だったわけですが、迷宮の攻略をしていくにつれ、徐々に隠されていた能力が覚醒していくのです。」



これまでの様子と違い、言葉から力を感じる。

その何か訳ありの少女は、今の鳳仙花の服装と似ているような。

まさかとは思うが、おかっぱヘアーの少女は記憶喪失で、ここには何かに導かれてやってきたと言っているのかしら。

少女が低くよくとおる声で淡々とした感じで話しを続けてきた。



「もう分かっていると思いますが、記憶を失くした少女こそが、難攻不落の迷宮を攻略する鍵なのです。」



ここまで聞いて分かったことがある。

鳳仙花が難攻不落の迷宮を攻略するための鍵だったということ。

だが、ここまで話しを聞いても、ノースリーブのワンピース姿である意味がどうしても理解できない。

何となくみたいな感じで、話しの確認をしてみた。



「ここまで話しを聞いて察するに、鳳仙花は記憶喪失だった。ということなのですね?」

「いえ。違いますよ。私は記憶喪失ではありませんよ。」

「…。」

「ああでも。このワンピースは記憶喪失の少女が着ている定番の服装なんですよ。」

「なるほど。つまり鳳仙花は、その少女のコスプレをしているわけですね。」

「コスプレですか。まぁ、そうですね。はい。そう受け取ってもらって構いません。」

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