第149話 水上都市へ

水平線の向こうに見える空の色が、濃いい紺色から青色に変わり始めている。

夜から朝へ変わろうとしている時間帯の海は、微かな風が吹き静かに波が揺れていた。

88隻の船団が連なる闇商人の世界から地上世界へ戻り、既に4時間が経過している。

タグボートを馬型の機械人形が引き、大海を横断していた。

進む先に特殊なフィールドを発生させ、陸地を進む際に聞こえてくる規則正しい蹄の音が響いている。

おかっぱヘアーの女の子が毛布をかぶり寝息をかいていた。

ハンモック効果のある波の揺れが、いい感じに眠気を誘っているようだ。


目的地は海面に浮かぶ水上都市。

誰も到達したことがない『海底都市』へ繋がっている迷宮がある都市だ。

この都市は、何百年もの間、海賊達の拠点として世界で最も治安の悪い地域とされていた。

今から2年前、私が世界を転戦し、水上都市へ訪れた際、ならず者達を一掃した。

以降は帝国貴族である三条家の管轄領になっている。

現在は治安のよい法規都市となり、世界から多くの者が集まり繁栄していた。

近くまで来ていたので食料の補充も兼ねて立ち寄ろうとしている次第だ。


海を見ながら鳳仙花の今後について考えていた。

闇商人を廃業し、一文無しとなってしまった少女を保護したものの、いつまでも旅に同行させるわけにもいかない。

そうかといって放りだすことも出来ない。

どこかに預けるとしたら、定番となるのが教会だ。

だが肝心の鳳仙花の方が断ってきたのだ。

それも、ちょい上から目線な感じで。

以下が、その時の言葉である。



『ただ働きなんて、まっぴらごめんです。なんで慈善活動なんかをしないといけないんですか。そもそも今は、働きたく無いんです。闇商人を廃業に追い込んだ紅蓮の英雄への復讐を断念し、抜け殻状態になっておりまして、働くというモチベーションが全くありません。今の私には長期休暇が必要なんです。』



長期休暇をとることに異論はない。

実際に精神的に疲れた場合、休む必要がある。

問題は、無一文に陥っているにもかかわらず、焦っている様子がない点だ。

面倒くさいことにならなければよいのだが。

その時である。

おかっぱヘアーの少女の処遇について、閃いてしまった。

廃墟にいたイケメン親父の神父のことを思い出したのだ。

鳳仙花と同世代となる四十九と月姫が一目惚れした親父のことだ。

同じ仕事場に好きな異性がいると、モチベーションが倍ほど上昇するという検証データがある。

有能であるかは不明だが、おかっぱヘアーの少女には闇商人で培ったノウハウもあり、イケメン神父の助けになるだろう。

鳳仙花とイケメン親父はWin-Winの関係になるのではなかろうか。


目的地は足を踏み入れたら抜け出せないと言われる樹海に囲まれた草原地帯に建っている教会だ。

だが、ここからではかなりの距離がある。

現在、タグボートを引っ張ってくれている機械人形は、人類の上位種であり、私以外の者が触れることは出来ない。

鳳仙花を機械人形に乗せることが出来れば、数時間で目的地にまで到達するのだろうが、さすがにそれは無理か。

あのバスの運転手にも会いたくないし。

次元列車の相手をするのも面倒くさい。

普通に考えると、馬車を購入することになるのかしら。

だが当面の問題は、まずは食料を確保することだ。

進む先に明かりが見えてきていた。

最初の目的地となる帝国海域に浮かぶ『水上都市』だ。


ちょうどそのタイミングで、寝息をかいていた鳳仙花が目を覚ましてきた。

被せていた毛布をとり、目をこすっている。

真っ白なTシャツに短パンを着ている姿は、ほとんど凹凸がない。

私が言うのもどうかと思うが、芸術的なツルペタ体型で、おかっぱヘアーでなければ少年と勘違いされるかもしれない。

少女が海上に見える灯りに気づき、身を乗り出してきた。



「おっ。何か見えますね。三華月様。もしかしてあれは、水上都市じゃないですか!」



その瞳は輝き、声が上ずっている。

一気にテンションを上げてきた。

働く意慾は全く無いと言っていたが、好奇心は衰えていないらしい。

観光地に到着し、気持ちが上がる時に似た雰囲気だ。

鳳仙花が目をキラキラさせながら、思いもよらない言葉を言ってきた。



「三華月様。水上都市にある都市伝説をご存知ですか!」



ほぉーう。都市伝説か。

最近聞いたものでは、面接官に家業を聞かれ『かきくけこ』と答えてしまったという伝説があったかしら。

ここにも、私の知らない何かがあるとでもいうのか。

おかっぱヘアーの少女は私へ質問をしてきたにも関わらず、答えを待つでもなく喋り続けてきた。



「世界の記憶アーカイブの所有者である三華月様でしたら、当然、海底都市の伝説について知っていると思います。そこには海中や空中を航行できる架空艦ノーチラスという超古代技術で製造された船が眠っているというじゃないですか。」



質問しておきながら、答えを聞くつもりは初めからなかったようだ。

鳳仙花は私がアーカイブの所有者であることを知っているのか。

更に架空艦のことまで把握しているとは、さすが元闇商人といったところか。

ああ。これは。きっと、海底都市を攻略したいと言ってくるのだろう。



「三華月様。迷宮を攻略して海底都市へ行っちゃいませんか!」



教科書とおりの回答だ。

鳳仙花が一瞬で間を詰めてきて、両手をガシッと掴んできた。

顔が近い。

少女の瞳に¥マークが浮かんでいる。

現金な奴だ。

でもまぁ。もしその話しが本当だとしたら、イケメン親父がいる教会まで手取り早く行くことが出来るかもしれない。

迷宮の攻略は、有り無しのどちらかと言えば有りだろう。

S級冒険者パーティでも攻略に失敗したと聞いている。



「そうですね。実際に攻略するかは別にして、水上都市で迷宮について調べてみましょうか。」

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