第147話 私の同志

揺れる波に落ちてくる星の光がキラキラと反射している。

波の音だけが聞こえ、冷たい潮風に髪がなびいていた。

360°全方位に水平線が続いており、見える範囲には島のようなものは存在しない。

私がまたがっている馬型の機械人形は、決まったリズムを刻みながら海面を歩いていた。

機械人形は、自身が歩くためのフィールドを海面に生み出しながら、陸地と何ら変わりない歩調で進んでいる。

目的地は、闇商人が拠点としている船団。

とある闇商人の招きに応じ、その世界へ向かっているところだ。


そして、水平線の先にようやく、深夜の海を進んでいく88隻の船団の姿が見えてきた。

1隻の全長は300m。

帆船のサイズにしては超大型に部類する。

大きな帆を張り、風から推進力を得て、等間隔を保ちながら海上を走っている。

あれこそが、いろんな世界を行き来している闇商人達の拠点だ。

奴等の世界と地上世界は繋がっているものの、実際は別世界であり、闇商人の証を持つ者以外は往来できないと言われている。


海面を常歩で進んでいる機械人形が、闇商人の世界へ何事もない感じで侵入を開始した。

機械人形にまたがっている私も必然的に異世界へ入っていく。

世界の境界線を越えてみても違和感のようなものは一切ない。

月の加護も継続的に受けており、地上世界と何ら変わりない状態だ。

闇商人達も地上世界の聖女が侵入してきたことを把握しており、早速といった感じでドローンを10機程度飛ばしてきた。

視認できる範囲では、船団に装備されている主砲は動いていない。

勝てる見込みのない戦いを仕掛けてくるつもりはないということか。

もちろん私の方にも戦闘の意思はない。

闇商人とはいえ、同族だ。

重罪とされる同族殺しをすることなど出来るはずがない。


ドローン達は、些細な動作を見逃すまいと海上を歩く機械人形の周りを忙しく飛んでいた。

300m級の船が並ぶ船団から異常なほどの緊張感が伝わってくる。

私を招いた闇商人が誰かというと、土竜が多額の借金をさせていた貸主。

返済を滞らせ、その利子により借金が雪だるまのように増えていた土竜の連帯保証人に私はなってしまっていたのだ。

連帯保証人になったという負い目もあり、闇商人からの招きに応じ、ここまでやってきたわけであるが、何の用件があるのかしら。

私は藍倫と違って、お金に興味がないし、むやみな戦闘行為もしない。

私を呼ぶ理由を考えてみても、まったく思い浮かばない。

聖女が、闇商人の手伝いをすることなど無いように思えるのだが。


船団の甲板の高さは海面から約15m。

船と船の隙間を縫うように機械人形が何ごともない感じで進入していくと、船団の住人達が身を乗り出しならこちらを覗き込んでいる。

鬼可愛い聖女に目が釘付けになっているようだ。

清らかで純粋そうに見える聖女に、エロイ視線を送るんじゃない。

どこの世界に行っても、男という生き物はスケベの塊なのだな。

たまに私が視線を上へ移すと、甲板から覗きこんでいた闇商人達が慌てた様子で引っ込んでいく。

やれやれ、ここは可愛い女子に免疫が無い童貞小僧達の集まりなのかよ。


縫うように船の間を進んでいくと、最後尾を走る船が見えてきた。

甲板から海面へ降りる階段形状のタラップに救命用ダグボートが繋ぎ止められ、そこに小柄な者が乗っている。

全身を鰐の着ぐるみで包み込み、顔全体をガスマスクで隠していた。

その服装より、ふざけた性格をしている者であると予感させる。

以前、ペンギンは『類は友を呼ぶということわざがあるとおり、ふざけた存在にはふざけた者が寄ってくるのでしょう』と言っていた。

私は全然ふざけていないのに、どうしてこうなってしまうのかしら。

鰐の着ぐるみが大きく手を振りながら私を呼ぶ声が聞こえてくる。



「ここです。私が三華月様を呼んだ者です。」



張りのある少女の声だ。

機械人形が迷いなく足を進めていく。

鰐の着ぐるみを着ている少女の横へ飛び降りると、その衝撃でタグボートが揺れる。

ガスマスクで顔を隠して鰐の着ぐるみをきている少女については、バランスを崩しパタリと倒れ仰向けになってしまった。

亀がひっくり返ったように慌ただしく動いている。

倒れてしまうと、自身では起き上がれないのか。

鰐の着ぐるみをきている少女を起こしながら、自己紹介を開始した。



「土竜さんの連帯保証人になりました三華月です。私に用があると聞き、伺いにあがりました。」

鳳仙花ほうせんかと言います。私のことは鳳仙花と呼び捨てにして下さい。」

「承知しました。それではあなたのことを鳳仙花と呼ばせてもらいます。ところで、そのガスマスクについて気になるのですが、鳳仙花あなたにとって、この海域に何か有毒な空気でも流れていたりするのですか。」

「やはり三華月様も気になっちゃいましたか。このガスマスクって、滅茶苦茶格好いいですよね。オークションで見かけて一目惚れしたんですよ。このセンスを分かってくれる同志がいてくれたことに感謝します。」



そのガスマスクが格好いいのか。

美的センスは人それぞれだし、私がとやかくいうことではないものの、それが格好いいとは言っていない。

それに同志ではないし。

ぎりぎりのラインで会話は成立しているようには思うのだが、ほとんどの話しの内容がねじ曲がって伝わっている。

こういう時の対処方法は分かっている。

四十九に鍛えられたからな。

ツッコミ待ちの案件は放置して、必要最低限な会話に努めるべきところだ。

機嫌良さそうに装備しているガスマスクのズレを直している少女へ、私を呼んだ要件について聞くことにした。



「早速ですが、私を呼んだ要件について伺います。」

「ああ。その話しですか。」



はしゃいでいた少女の様子の声が急速に暗くなっていく。

ワチャワチャとしていた空気感もどんよりとしたものへ変わっていた。

とても重い話しでもしてきそうな雰囲気がする。

今更ながらに思うことだが、聖女に頼むことって、治癒というのが定番だろう。

なんせ私はブッチギリで世界最高位にいる聖女だからな。

だが、他人を回復治癒が出来ない。

武闘派で暗殺系聖女なのだ。

暗い顔をしている鳳仙花へ、回復系の用件は無理であることを告げることにした。



「鳳仙花へ先に告知をしておきます。私は武闘系の聖女でして、回復・治癒は出来ません。」

「はい。もちろん三華月様が、回復・治癒が出来ない聖女であることは承知しております。」

「私のことをよく知っているのですか。」

「はい。闇商人は情報というものをなによりも大事にしていますから。」

「情報ですか。私についてのものが少し気になります。」

「よろしければお伝えしましょうか。」

「教えて下さい。」

「三華月様は信仰心意外に興味がなく、闇商人からすると近づいてはいけない危ない存在です。いわゆる危険人物に認定されています。」

「いやいや。誤解ですよ。私はそんなに危ない存在ではありません。」

「三華月様。もっと自分を評価して下さい。肉食系女子に例えるなら、怪獣、いや竜王的存在で間違いありません。」



肉食系女子とは、恋愛にまっすぐで自分から好きな男性にはとことんアプローチすることができる女性のこと。

言っていることは分からなくはないが、その表現方法は間違えているだろ。

何にしても、闇商人達が私を恐れていると分かりました。

甲板から私を見ていた奴等は、鬼可愛い容姿に釘付けになっていたわけではなかったということか。



「闇商人達が私を警戒していることはよく分かりました。だとしたら闇商人の一人である鳳仙花は私を呼んで大丈夫だったのですか?」

「はい。大丈夫です。私は闇商人を廃業しましたので、いまは一般人なんです。社会のゴミである闇商人と一緒にしないで下さいよ。何よりも三華月様とは同志じゃないですか。」

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