第146話 旅は道連れ世は情け

空には星が広がり、綺麗な月が暗黒色の海へ光を落していた。

見ていると、心にこびりついている無駄なものが削ぎ落ちていくような感覚になる。

波に揺れる甲板には潮風が流れ、髪が微かになびいていた。

静寂な時間が流れる海賊船とは対象的に、周囲は嵐のように荒れ狂っている。


体長1000mある巨体が白い龍が暴れまわり、周囲の海域が地獄絵図の様相になっているものの、『格上強制停止』の効果により、私への攻撃に判定される全て現象が無効になっているためだ。

海賊船が浮かぶ空間だけが切り取られたかのよう、ここだけが別世界みたいになっていた。


魔界の少女は、口角を吊り上げて物凄く悪い表情をしている。

中二病である海龍を魔界へ連れていくことに難色を示すような発言をしながらも、その言葉とは裏腹に、何かこの状況を楽しんでいるようだ。

そして、出番を待っていた月姫へ参戦を促してきた。



「月姫。魔王様からの命令、実行。」

「魔王じゃなくて、三華月様からの命令だよね。」

「月姫。それ、暗黙の了解。言う必要、無い。」

「了解だよ。私がグレイプニイルの鎖であの海竜を縛り魔界へ引き摺りむよ。」

「肯定。中二病の龍、亀甲縛り、実行。」

「亀甲縛りかぁ。それって確か、締め付けられると凄く痛い拘束のやり方だったかな。」

「否定。亀甲縛り、一定のマニアからの需要、有。」

「マニアって何よ。」

「月姫、女王役。あれ、奴隷役。」

「それってSMプレイじゃないの。何で私が女王役をしないといけないのよ。」

「心配無用。あの中二病、M気質。」



四十九がまた訳の分からない話しを始め、月姫がその世界へ引き摺りこまれている。

安定の平常運転だ。

とはいうものの、四十九の観察眼は侮れない。

魔界の少女がそう言うのなら、海龍がM気質なのかもしれない。

亀甲縛りをしてしまうと奴のご褒美になってしまうのでなかろうか。

まぁそんなどうでもいい話など真剣に考える必要ないか。

影を限界まで解き放ち苦しい状態であるはずの四十九が、悪知恵が働かせた時にする笑みを浮かべながらこちらの視線を合わせてきた。



「三華月様。月姫用、ボンテージ衣装、要求。」



SMプレイをするならば、亀甲縛りを行う者が女王役になるのは必然だ。

眼鏡女子の学級委員長タイプである月姫には、ボンテージ姿が似合うだろう。

カースト1位の不良生徒が、実は裏で学級委員長の眼鏡女子に調教されていたという構図はよくある話しだ。

とはいうものの、私は自動現金引出機のような存在であるペンギンと違い、欲しいものを何でも取り出すような真似は出来ない。

ふざけた言葉を連発する四十九の思惑に乗らないように慎重に言葉選びをしようとしていると、月姫がボンテージ衣装を着ることを微妙な言い回しをしながら拒否してきた。



「四十九ちゃん。やめてよ。私、ボンテージの衣装なんて、着る勇気はないよ。」



月姫からの今の言葉は、見逃すことが出来ない。

ボンテージ衣装を着てみたいなと思うけれど、そんなの恥ずかしくて無理だと言っているように受け取れる。

着てみたいとは思っているのかしら。

眼鏡少女の深層心理に少なからず興味はあるが、今は海龍への対応が優先される。

私は神託に従うことが最優先事項であり、何を置いても七武列島の食料問題を解決しなければならない。

何故か、私がボンテージ衣装を取り出してくるという期待をしているふしが見受けられる2人の少女へ、目の前で感情のまま暴まわっている海龍の拘束を促した。



「コスプレ衣装の話しはそれくらいにして下さい。そろそろあいつを亀甲縛りにしてもらえないでしょうか。」

「承知。月姫。三華月様、期待に応えろ。」

「私に出来る限りのことをやらせてもらいます。」



月姫の眼鏡がキラリと光ると、甲板の上で参戦を待ちわびていたグレイブニールの鎖が海面を覆っている影へ向かい一斉に飛び出していく。

眼鏡女子を見ると、獲物に狙いを定めた猛獣のように舌なめずりをしていた。

完全に狩る側の立場にいる者の表情だ。

それにしてもグレイプニイルの鎖を器用に扱うものだ。

器用さでは私をも遥かに凌いでいる。

大海を覆う闇の上を暴れまわっていた海龍を、グレイプニイルが捕らえ始めていく。



「なんだ、この鎖は。引きちぎれないぞ!」



海龍のその声からは怒りでも驚きでもなく、恐怖が感じられる。

得体の知れないものに、不安という感情が本能へじわりと浸み込むような感覚に陥っているのだろう。

その鎖は神話に登場する神獣を拘束したと言われる伝説のアイテム。

四十九の『影』により大海から受ける加護の力が弱まっている今のあなたでは、月姫の鎖から逃れることは出来ないでしょう。

暴れまわる体長1kmある白い蛇に鎖が巻き付いていくと、次第にギリギリと縛りあげていく。

月姫の口角が吊り上がり、インテリアヤクザのような表情になっていた。

更に絞り上げていくと海龍の体に鎖がめり込み始めていく。



「うおぉぉぉ。貴様達、我にこんなことをしてただで済むと思っているのか!」



聞こえてくる言葉とは裏腹に、先程まで感情のままに暴れていた巨体が沈黙していく。

全身に鎖がめり込み、苦悶の表情を浮かべ始めている。

四十九が展開されている漆黒に影に、鎖で亀甲縛りにされた白い蛇が土座衛門のように浮いていた。

何だか、紐で縛られたハムみたいな姿だな。

同じ様子を見て四十九が凄く悪い顔をしながら毒を吐いてきた。



「中二病の龍。心配ない。その痛み、快感にかわる。そして、お前、月姫の、奴隷に昇格。」

「もうやめてよ。あんな奴隷、いらないわよ。」

「お前達。我をなんだと思っている。たいがいにしておけよ。」

「お前、これから、魔界、連行。その鎖に巻かれた姿のまま、地上、放置。」

「それ知っているよ。放置プレイってやつでしょ。」

「我を魔界につれて、放置プレイだと。神になる我のことをなんだと思っているのだ!」



海竜の未来は、紐で縛られたハムのような状態のまま、魔界のどこかに放置されてしまうのか。

今更ながらではあるが、2人の少女は危険人物に認定しておくべきだな。

月姫からは余裕が感じられ、四十九は笑っている。

神託に従い、七武列島の食料問題を解決するためにここまで来たが、ようやく終わりを迎えようとしていた。

いつもと変わりない様子の少女達へ、終わらせるように勧告した。



「四十九。月姫。これから召喚を解除し、あなた達を魔界に帰します。」

「おおお。人妻好き、メタルスライム、残念。」

「三華月様。もう出番はなくなりましたが、召喚されることを凄く楽しみにしていたメタルスライムを、呼んであげられないでしょうか。」



なぜそこでメタルスライムの話しが復活するのだ。

四十九からは、私を遊んでよろうというような意思を感じる。

私は嫌がっていることを察知していのかしら。

うむ。これ以上の会話は不毛だ。

2人の少女からのお願いに対し返事をすることなく、正面に浮かんでいたステータスボードへ手を伸ばし、召喚を解除するボタンを押した。

―――――――魔界の少女と眼鏡少女の足元に魔法陣が浮かび上がり光を放ち始めていく。



「強制退去命令発令、ゲロゲロ。」

「三華月様。また全力でお力になりますので、いつでも召喚してください。」



四十九は意味不明な踊りをしている。

月姫は頭を下げ、綺麗なお辞儀をしてきていた。

観光旅行を楽しみました、みたいな空気感が流れている。

2人の体が光輝く魔法陣へ沈み始めていく。

そして、グレイプニルの鎖に縛られている海龍の巨体がジリジリと大きくそのサイズまで広がった魔法陣へ引き摺り込まれていた。

その海龍が私を見つめながら絶叫していた。



「うぉぉぉ、引き摺りこまれる。やめろ。やめてくれ。謝るのでやめて下さい。僕を魔界へ連れていかないで下さい。」

「旅は道連れ。ゲロゲロ。」

「ゲロゲロって何よ。そこは、世は情けと言うところだよ。」



海龍が自身を呼ぶ一人称が、我から僕へ変わっていることが気になるところだが、確かめるほどのものではないだろう。

今更ながらに思うのだが、ゲロゲロと付けるのはマイブームなのかしら。

月姫については、まぁあれで平常運転なのだろう。

光の魔法陣へ消えていく姿が、船が沈没する姿に似ているなと思いつつその様子を静かに見守っていた。



「魔界へ行くのは嫌だ!助けてくれ。聖女さん。心を入れ替えるので、助けてくれ。どうか助けて下さい。お願いします。」

「私は情にほだされるような慈悲深い聖女ではありません。魔界への片道切符となりますが、どうぞあちらの世界を楽しんできてください。」



海竜の巨体を飲み込み、小さくなり始めている光の魔法陣から聞こえてくる断末魔が小さくなっていく。

大海を覆い隠してした漆黒の『影』は消え、嵐のように暴れていた海が静かになり始めている。

―――――――神託が完了し信仰心が上がったお告げがやってきた。

足元の甲板にへたり込み一連の様子を見ていた土竜が起き上がってくると、神妙な表情を浮かべていた。



「さすが、三華月様。お見それしました。」

「私は何もしておりません。」

「いえいえ。一つ聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか。」

「はい。伺いましょう。」

「月の女神様の眷属である私の先輩達が、魔界から召喚されて海龍を討伐してしまう姿を拝見しておりました。それで思ったのですが、同じ眷属である私も、あの先輩達のように強くなることが出来るのでしょうか。」

「土竜さんが将来どうなるかなんて、分かりません。ですが、あの先輩達は見習うべき目標ではないものと思いますよ。」






無事に神託を遂行することができ、信仰心が上昇した。

七武列島近海に魚が戻り始めてきている。

後で確認したことであるが、摩凛が持っていたS級スキル『テイム』は消えていた。

イルカ擬き達の国をつくるという摩凛の野望も阻止できた。

少年神官は教会に戻ることなく、土竜と伐折羅提督と冒険の旅に出た。



―――――――次からは新章です。

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