第144話 お前の行動、失笑、ゲラゲラ
空に輝く白銀の月から降りる光が、漆黒の海に反射していた。
荒れていた波は収まりつつあり、静寂な空間に戻りつつある。
海賊船の甲板には、魔界から召喚されてきた2人の少女の姿があった。
1人は真っ白な肌をした魔界の少女だ。
もう1人は、触手のようにグレイブニールの鎖を体から伸ばしている眼鏡少女である。
海賊船と対峙するように、白い蛇の姿をした生き物が海面から姿を現し、こちらを見下ろしていた。
自身の存在を無視され、激怒している海龍だ。
その全長は推定1000m。
大海からの恩恵により、『格上強制停止』の加護がかけられていた。
奴から発せられる圧力により、空気がピリつき、少年神官と伐折羅提督は気を失い、甲板の上で仰向けになっている。
土竜については、なんとか意識を保ちながらも動向を見守っていた。
四十九と月姫は海龍の存在に気がつくと、抑揚のない声で挑発を開始した。
「お前、神ではない。ただの中二病。将来、思い出すと、恥ずかしくなる。ゲロゲロ。」
「四十九ちゃん。本当のことを言ったら、失礼な事もあるんだよ。」
「月姫。中二病、あの蛇に説明、してやれ。」
「私が中二病の説明をしないといけないのかぁ。それは、普通の者が自分は特別な存在だって思っていること。でもそれを口に出すことはしないものなんです。」
「大人に成長時、黒歴史を思い出すと、ゲロゲロ。」
「そこは、ゲロゲロではなく、黒歴史を思い出すと耐えられないくらい恥ずかしくなると言うところだよ。」
2人の少女が交わしている会話は、怖い者知らずというか、海龍を完全になめきっているものだ。
四十九が語尾に付けているゲロゲロという単語については、意味不明であり、相手の気持ちを逆撫でさせている。
人をディスることにかけては天才的な才能の持ち主と言っていい。
月姫については、四十九にうまく乗せられており、魔界の少女のフォローをしながら追い打ちによる追加ダメージを確実に与えているのだ。
2人の会話は、海老とアボガドのような相乗効果を生み出していた。
白い蛇の姿をした龍の反応は、これ以上ないくらい顔を真っ赤にさせている。
一番言われたくないことを指摘されてしまったのだろう。
海龍は激怒した様子で唸り声を出しながら大きく口を広げ始めた。
私達が乗っている海賊船へめがけ、ドラゴンの必殺の一撃となる『咆哮』を撃とうとしている。
それは、海賊船が跡形も無く消えてしまうほどの威力だ。
――――――――だが、その攻撃は私達に決して届くことはない。
『格上強制停止』の加護が働いているからだ。
私が海龍を攻撃出来ないように、海龍にも同じ効果が作用する。
案の定、海龍は大きく口を開いたものの、静止してしまっていた。
白い蛇の姿をした龍は、咆哮が撃てない理由を理解していないようで、戸惑っている様子だ。
自身にかけられている加護の効果により、攻撃出来ないことを分かっていないらしい。
生態系の頂点にいる存在なのに、間抜けな奴だ。
お馬鹿な龍へ、自身のその行動がいかに間抜けに見えているか教えてあげましょう。
「海龍さん。咆哮が撃てない理由について、もし分からないようなら、私から教えて差し上げましょうか?」
「聖女。お前が何かをしたのか。何かをしたのなら解除しろ。これは我の命令だ!」
「いえいえ。私は何もしておりません。」
「なんだ、その態度は!我に口答えをするんじゃない!」
「まぁいいでしょう。咆哮を撃てない理由を教えて差し上げます。それは、あなたにかけられている加護によるもののせいです。」
「我にかけられている加護だと。どういうことだ。分かるように説明しろ!」
「え。本当にまだ分かっていないのですか?」
「お前、いい加減にしろよ。言われたことに答えろ。」
「もう少し分かりやすく説明させてもらいましょう。あなたから私への攻撃は、あなたがもっているその加護の効果により中止されたのです。」
「何だと。我の加護の効果により、咆哮が撃てないということか!」
一瞬で状況を飲み込んだ四十九が、口角を吊り上げていた。
無表情を装いながら、その瞳はキラリと輝いている。
上級種族であるはずの龍が、四十九にディスられ、玩具になる未来が容易に想定できる。
魔界の少女が無表情に抑揚のない口調で、月姫へ話しかけ始めた。
「月姫。白い龍、大きく深呼吸。」
「四十九ちゃん。三華月様の話しを聞いていなかったの。あれは深呼吸じゃないんだよ。」
「なに。違うのか!」
「あれは、私達に咆哮を撃とうとしたみたい。」
「自身、掛けられている加護、失念、していた?」
「そうそう。その加護の効果により、攻撃が阻害されてしまったみたい。」
「自分の加護、忘れていた?」
「忘れていたわけではないみたい。その効果があまり理解できていなかったようだよ。」
「驚愕。超間抜け。ゲラゲラ。」
ほぼ想定していたとおりの会話だ。
無表情に笑っていることを表現している姿が、相手からすると小馬鹿にしているように思え、更に腹立たしく感じるだろう。
精神が成熟しきれていない俺様キャラの中二病患者は、四十九の言動は平静を保つことができないはず。
白い龍は、既に魔界の少女の術中にはまっている。
四十九の思惑どおり、激怒していた海龍が怒りをぶちまけてきた。
「人間ごとき存在が、神になる我を笑うとはどういうことだ!お前のその行為は万死に値する!お前達は我の加護のおかげで、命拾いしたんだぞ!」
海龍からの音圧に海賊船は揺れるものの、危険な水域には達することはない。
それも『格上強制停止』の加護により、音圧が抑えられているからだ。
洞察力に優れ、無駄に頭の回転がいい四十九は、海龍の精神状態をコントロールしており、更に精神的攻撃をたたみ掛けてきた。
「お前の行動、失笑、ゲラゲラ。でも、その加護、感謝。機嫌、直せ。」
「四十九ちゃん。機嫌を直してもらいたいなら、中二病を馬鹿にした言葉について謝らないと駄目だよ。」
「おおお、そうか。中二病、発言、反省。謝謝。機嫌、直せ。」
四十九が、月姫を規定のレールに乗せながら、確実に精神的ダメージを上乗せさせていく。
第三者的立場から物事を見ると、魔界の少女の狡猾さがよく分かる。
案の定といったかんじで、海龍は感情を爆発させながら1000m級の巨体を暴れさせ始めた。
そんなことをしても無駄だと分かっているが、自身をコントロール出来ないようだ。
暗黒色の海が荒しのように波が立ち荒れ狂い始めている。
私達が乗船している海賊船については、『格上強制停止』の加護により平穏無事だ。
魔界の少女には、慌てた様子がない。
そして、用意していた言葉をボソリと呟いた。
「こちら、超巨大戦力、魔王、保有。お前の行動、無駄な抵抗。ゲラゲラ。」
魔王とは聖女である私のことを指しているのだろう。
もう少し適切な表現をしてもらえないかしら。
茶化すのもいいが、そろそろ私の信仰心を上げるために海龍を処刑してもらいたい。
私の思考を読み取ったのか、四十九がこちらに親指を突き立ててきた。
「三華月様。あの中二病患者、抹殺、承知。」
何故、私の思っていたことが分かったのかしら。
四十九が獲得しているスキルについては把握している。
その中に思考を読み取るスキルはない。
相手の立場になって物事を考え、その者を思いやる気持ちが強いほど、相手の気持ちや考えが分かるというが、そういうことなのだろうか。
まぁ深く考える必要はないか。
四十九が月姫へ気合の籠った号令をかける声が聞こえてきた。
「月姫。魔王の敵。駆除、執行。」
「魔王って、誰のことを言っているの。」
「月姫。とぼけるな。」
「私を巻き込まないで。でも、海龍の討伐は了解だよ。」
月姫は、四十九の言葉を訂正しないのか。
2人の少女から闘気のようなものが発せられ始めた。
錯乱状態になり怒鳴り散らしていた海龍は2人の少女から放たれる迫力を感じ取り、急速に冷静を取り戻していく。
戦闘力の高さをまのあたりにして、驚愕している感じだ。
月の加護を得ている2人の少女と、大海から加護を受けている海龍の力関係は拮抗している。
まず先に海龍が動いた。
甲板の上から見下ろしていた巨体を海に沈めようとしてきたのだ。
加護を受けている大海へ潜行し、有利な状況を作り出そうとしているのだろう。
フィールド属性を考慮すると、四十九達は不利。
だが次の瞬間、予期していなかったことが起きた。
海中へ潜行しようとしていた海龍の巨体が、海に拒否されたのだ。
正確にいうと、このフィールドは海でなくなってしまっていた。
――――――――――――――海のフィールドが、暗黒色の『影のフィールド』に変わっていたのだ。
魔界の少女の体から発せられている影が、いつの間にかこの海域全体を支配している。
四十九はダラダラと無意味に訳の分からない話しをしていたのではなく、大海に影を浸食させるための時間稼ぎをしていた。
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