第143話 熊に出会ってしまったら

細切れになった雲が夜空に浮かぶ中、白銀に輝く月が煌煌と輝いていた。

荒れていた海は落ち着き始めている。

全長が30mほどの海賊船の向かいには、対峙するように白い蛇の頭部が海から突き出しており、こちらを見下ろしている。

その生き物こそが生態系の頂点にたち龍であり、自身は海の王となり、神になる存在だと言う。

海面から見える範囲から察するに、海龍の全長は1000m程度あるものと推測できる。

甲板では、その存在が発する圧力により少年神官と伐折羅提督は仰向けになり気を失い、何とか意識を保っている土竜は動向を見守っていた。


神託に従い七武列島の食料問題を解決するためにここまでやってきた。

その原因をつくっている張本人こそか、対峙している海龍だ。

奴の存在を恐れ、この海域に生息している生き物が姿を消してしまったのだ。

そう。私は海龍を処刑しなければならないのだが、奴には『格上強制停止』の加護がかけられており、戦闘ができない状態に陥っていた。

海龍については、絶対に処分されない自信があり、クソ舐めた態度をとってきている。

格上と判断されている私に、上から目線の言葉遣いをしているのだ。

とはいうものの、既に海龍の攻略についての突破口のようなものが目の前に表示されていた。

私の前には『召喚リスト』と表記されている見たことがないパネル画面が浮かんでいたのだ。



―――――召喚リスト―――――

・四十九 :可

・月姫  :可

・メタルスライム:可

・ペンギン:可

□ OKボタン

―――――――――――――――



私は聖女であり、召喚士ではない。

それでも何故このようなパネルが出てきたかと言えば、月の加護を受けるこの状況がそうさせているのだと推測されるが、そこは私にとって重要ではない。

そんな理由なんて全く興味がないし、どうでもいいことだ。

リスト表を見ていくと、四十九と月姫の2人は現在魔界に行っているはず。

魔界の少女は汎用性が高い影使いとの適用率が高い。

眼鏡女子に関しては、私でも使いこなすことができない神の鎖を自在に操っていた。

死霊王を凌ぐことをできる才能をもっている2人だ。

魔界に送りだした際の実力から客観的にその戦闘力をみても、現時点で海龍を凌ぐことはないのだろうが、可能性を感じるのも事実。

この2人については、召喚をするの一択だろ。

四十九と月姫のところにカーソルを合わせ選択し、最後にOKボタンをクリックしてみた。

海賊船の甲板に魔法陣が展開され、神秘的な光を放ち始めている。

そして、その魔法陣から浮かび上がってくるように、何かが現れようとしてきた。

魔界の少女と眼鏡女子だ。


四十九は仰向けの姿になり、召喚されたことに気が付いていない様子で寝息をたてている。

どういうことだ。客観的にみて、安眠中なのだろうか。

真っ白な肌とコントラストが明確で、可愛らしい少女だ。

髪が伸び首か隠れるくらいの外ハネになり、ゴスロリ風のジャンパースカート着ている。

厚底のレザーシューズを履いているようだが、とても寝巻きとは思えない服装だ。

やはり、ろくでもないことを考えているのではなかろうか。


月姫は背筋を伸ばしお辞儀をしながら現れた。

真っ直ぐな黒髪が肩に届きそうなラインまで伸び、白いブラウスに濃紺のブレザーと膝下までのスカートをはいている。

眼鏡をしたその容姿は、まさにクラス委員長だ。

下げていた頭を上げた月姫が、真面目な挨拶をしてきた。



「ご無沙汰しております。私なんかが三華月様のお役にたてるかは分かりませんが、呼ばれたからには全身全霊を尽くして頑張りたいと思います。」



月姫の眼鏡がキラリを光った。

言葉とは裏腹にやる気満々のようだ。

既に眼鏡女子の体からはグレイブニールの鎖が出てきており、生き物のようにウネウネと動いている。

74話ではA級相当の魔物であるレア種のサーペントを簡単に捕縛していたが、更に使いこなしているように見うけられる。

そして眼鏡女子は、一緒に召喚され寝ているふりをしている魔界の少女へ声をかけた。



「四十九ちゃん。三華月様から召喚されるメッセージが流れてきてハイテンションになっていたけど、どうして寝ているふりをしているの。」



私が行う召喚システムは、その対象に事前に告知みたいなものが流れる仕組みなのか。

確かに事前に告知がないと、召喚される方からしても迷惑だ。

四十九の方であるが、やはりと言うか、ハイテンションになっていたということは何か目的があって寝ているふりをしているものと予想できる。

嫌な予感がする。

ここは放置するのがベターな選択だろう。

その時、四十九がパチリと目を開けた。



「月姫。熊に遭遇時、死んだふり、常識。」



四十九がこちらに視線をおくりながら仰向けの姿勢をキープしたまま、意味ありげにニヤリとしている。

寝ているふりではなく、死んだふりをしていたのか。

この場合、私がその熊に該当するのだろう。

これは四十九が張った罠であるとこれまでの経験上わかる。

そう。この言葉に反応してしまったら、蜘蛛が張り巡らせる罠に引っ掛かりにいくようなもの。

四十九の相手をするほど、私にとってろくでもない流れとなるからだ。

ここは必要最低限な対応をして、極力スルーするように努めるべきところだろう。

だが私の意図に反して、月姫が慌てた様子で四十九の思惑どおりの反応してしまった。



「ちょっと、四十九ちゃん。失礼なことを言っては駄目だよ。」

「月姫の言葉、肯定。熊に失礼だった。深く、反省。」



なるほど。その言葉が言いたくて死んだふりをしていたのか。

安定の態度だな。

やはりと言うか、いいよう遊ばれている感が半端ない。

仰向けになっていた四十九が目をぱっちりと開いたまま何事もなかったように背伸びをしながら立ち上がり、頭を下げて挨拶をしてきた。



「三華月様の眷属、四十九。召喚に応じ、参上。」



四十九はやはり私の眷属だったのか。

そう言えば44話にて私の加護を刻み、そのままにしていた。

月姫については眷属にした記憶はないが、細かいことはどうでもいい。

まずは神託を達成することが重要であり、強烈な圧力を発している海龍を処刑しなければならないこと。

その動向を見ていた海龍が、自身の存在を無視されたことに腹をたて怒号を飛ばしてきた。



「おい聖女。人間ごときの分際で、いずれ神になる我を無視するとはどうことだ!」



海龍から発せたれた音圧に髪がなびき船体が揺れる。

頭を下げていた四十九と月姫が、そこでようやく海龍の存在に気が付いたようだ。

魔界へ送りだした際は、足元でようやく意識を保っている土竜同様、海龍から圧力に耐えられるほどの実力は持ち合わせていなかった。

この短時間で急激に戦闘力を上げたとも思えない。

そう。2人からは月の加護が感じられている。

天空から落ちてくる月の光が、2人の能力を飛躍的に引き上げているようだ。



「神に成りたい、だと。お前、中二病。黒歴史。恥ずかしい。ゲロゲロ。」

「三華月様。あの可哀想な生物を四十九ちゃんと一緒に処刑したらいいのでしょうか。」



黒歴史に、可哀想か。

思っている言葉が相手を傷つけるものだったならば、口にしないのがマナーというもの。

とはいうものの、上から目線で常時話しかけてくる奴には気を遣う必要もないだろう。

四十九が最後に言った『ゲロゲロ』については、ちょっと意味は分からない。

魔界の少女の全身から『影』が漏れ始めていた。

月姫から出てきていた鎖が甲板を這うように伸び始めていたる。

四十九and月姫vs海龍が開始された。

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