第115話 近くに見えても手が届かない存在
荒れ狂う海の中、物干し竿により動力炉を破壊され、航行不能となった軍船内に閉じ込められている緋色を含む漂流者達を救い出すため、軍船内部へ侵入していた。
コップの底が抜け無くなってしまった状態のように、全長100m程度ある内の20%に相当するエンジン室内の床が跡形もなく消滅してしまい、中央に浮いていた動力炉である時騙しの砂時計が、海中へ落下していった。
ペンギンとの約束をたがえてしまった事を誤魔化すために破壊工作をし続けていたのであるが、まさか軍船の動力源である砂時計が海へ落ちてしまうとは。
裏が表にひっくり返る法則について今更ながらに冷静になって考えてみると、なかなかそうなることはないのが現実だ。
うむ。もうこれは、誤魔化しきれないほどの状態になってしまった。
旗艦ポラリスの底には海中内の物体を音波によって探知するソナーが装備されており、ペンギンは大きな物が軍船から海中へ落ちたことを既に把握しているだろう。
破壊工作を誤魔化すためにした行為が、逆に破壊した事実を知らせてしまうものになるとは、なんて私はお馬鹿なのでしょうか。
やれば出来る女であると何気なく言ってしまった言葉に、これほど苦しめられるとは思わなかった。
言葉の重みというものを、身をもって体現したぜ。
口は災いの元と言うし、今後は軽口を叩くのはもうやめておこう。
でもまぁ前向きに考えてみると、失敗を1度もしたことがないという者など存在しないし、人は失敗を学習することでその失敗を活かして成功に近づく生き物だ。
そう考えると失敗をすること自体は決して恥ずかしいことではないと言える。
失敗を誤魔化そうとした行為についても、ベストを尽くした点においてはナイスファイティグスピリッツだったしな。
そもそも、いまの私にかせられているミッションは軍船内を調査することであり、それはつまり敵戦力が存在していたら排除・殲滅・処刑することだ。
そう意味でいえば、私は完璧にそのミッションを遂行している。
「やらかしてしまった出来事を、肯定的にとらえ考えてみると、少し心が軽くなっていく。もうここまでやってしまうと、今更、軍船を壊してはいけないという縛りも必要ないしな。」
何気なく独り言を呟いていたタイミングで、装甲に空いている穴から、ポラリスを操舵していたはずのペンギンが飛び込んできた。
荒波に揺らされてエンジン室内の壁にあがっていく海水を、滑るようにペンギンが泳いでいく。
何だかカクテルシェイカー内でシェイクされているように見えるのだけど、何をそんなにはしゃいでいるのしら。
「ペンギンさん。あなたがここに来てしまったら、ポラリスを操舵する者がいなくなるのではないですか。まさかとは思いますが、既にポラリスが沈んでしまったとでも言うのでしょうか。」
「沈んでいないので安心して下さい。ポラリスの操舵を専用で行う私の分身を創り出しましたので、その者にコントロールを任せて、ここへやって来ました。」
「え、ペンギンさんの兄弟みたいな個体が、この世界に生まれてきたということですか。その性格もそのまま反映されているのかという疑問もありますが、その件ついてはスルーしておきます。つまり話しを要約すると、ペンギンさんは私の加勢に駆け付けてくれたわけですね。」
「御意。三華月様の家臣として身を心配し、急いで馳せ参じました。」
なぬ。ペンギンは、私が軍船を破壊した行為を責めるのではなく、私を心配していると言っているのか。
信じられないことだが、私を心配しているとは、もしやこれは裏が表にひっくり返ってしまったのかしら。
失敗を誤魔化そうと、その過程が上手くいっていなくても、自分の信じる道を貫き立ち止まる事なく徹底的に破壊行為をした結果、うまくいかなかったことに落ち込んでしまっていた。
私の破壊工作が無かった事になっているまでにはいかなかったにしろ、致し方ない事情があり結果的に軍船を破壊してしまった事になっているのではなかろうか。
そう、致し方ない事情であったことになっている。
真実を少しばかり捻じ曲げる事に成功したのかもしれない。
前言撤回して、軽口を叩かせて頂きます。
私はやれば超可愛い出来る聖女でした。
さて、こんな所で油を売っても仕方ないですし、奥へ進み軍船内の調査を再開しましょう。
ペンギンを従える形になり、壁を歩きながら奥の通路を進んでいくと、遺体を納める『棺』が置いてあるのを発見した。
この展開からすると、その棺にはろくでもない物が入っているものと想像がつく。
そもそもこの船は、イムセティは主神ホルスの復活をさせるべく画策して緋色が召喚したものであることを考えると、棺の中にはホルスの遺体が入っているのが自然の流れなのだろう。
これはスルーするところだ。
見なかったことにしておこう。
その棺の中に入っている正体について、周りを泳ぎながら後ろを付いてきているペンギンが話を始めてきた。
「その棺は、我々の目にはすぐそこにあるように見えていますが、実際は遥か遠く、手の届かない場所にあるようです。」
「これに手が届かないのですか。全くそうは見えませんが、本当に触れることが出来ないのでしょうか。」
「そうです。その棺は、触れようとしても決して手が届くことはないでしょう。」
近くにあるように見えるが決して手が届かないものと言われると、試してみたくなるものだ。
本当に手が、届くことはないのかしら。
――――――――――手を伸ばしてみると、普通にその棺へ触れてしまった。
これは、どう言う事でしょうか。
ペンギンが決して届かないはずだと言っていたそれに、触れてしまったのだが、大丈夫なのかしら。
気持ち良さげに泳ぎながらその様子を見ていたペンギンが、顔色を変えて悲鳴を上げた。
「ひやややややややや!」
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