第114話 裏から表にひっくり返る法則について
目の前には3mを超える巨大な砂時計が浮いた状態で静止していた。
ガラスが破壊され、入っていた砂は溢れ落ちている。
私が侵入したエンジン室の大きさは、全長100m程度ある軍船の20%程度の割合を占めていた。
物干し竿にて空いた装甲の穴からは、海水が流れ込んでくるものの、溜まることなくスムーズに排水されている。
推進力を失い、荒れ狂う海に逆らう事が出来なくなってしまった船内は、立つことが難しいくらい揺れ続けていたが、私は信仰心で体幹力を高めスキル『壁歩』の効果により壁へ立っていた。
敵意がこもった何かが奥の通路から近づいてくる。
その足音は人の質量よりも遥かに軽く、そして多い。
――――――――――蟻程度の小さな個体が大群となって行進してきているようだ。
その大群が侵入者への備えということか。
蟻サイズの大群は弓で撃ち抜くような対象でないことより、奴等は私にとって難敵であるかもしれない。
さてどうしたものかしら。
弓以外の別の手立てで対処しなければならないことを考えると、はい、ここは流れ込んでくる海水を増やし、奴等を海へ押し流して差し上げましょう。
運命の弓を召喚し、運命の矢をリロードします。
無限の浮力を生み出している緋色のスキル『フロート』の効果があれば、少しくらい軍船に穴が空いたとしても問題ないだろう。
矢先を浮いている砂時計の真下へ向け、3m以上ある弓を引き絞っていく。
弦が大きな弧を描きながらしなっていった。
それでは、床を撃ち抜いて差し上げます。
――――――――SHOOT
ジャイロー回転で貫通力を高めた矢がダマスカス鋼で構成されている装甲を、いとも簡単に貫通した。
外からの物理攻撃は受け流す設計とされていたが、内側からの破壊行為については、当然なのだろうが、まぁそうでもなかったようだ。
目の前では、開いた穴から海水が勢いよく入り始めているものの、まだ排水をする勢いの方が上回っている。
手間ではありますが仕方がない。
少しくらいなら破壊行為をしても沈まないと分かったことですし、続けて装甲を撃ち抜いて差し上げましょう。
その時、ペンギンと交わしたあの会話を思い出してしまった。
ちょっと待て。
誰が何を破壊するだと。
――――――――――113話で、ペンギンから軍船を破壊する行為はしないようにと強い口調で言われた際、私はやれば出来る女であると、訳の分からない返事をしてしまっていた。
あの時は駄目な子みたいな言い方をされてしまい、何気なく言い返しただけ。
だが、目の前には直径10cm弱の穴が開いている。
誰がどう見ても、これは破壊していたようにしか見えないではないか。
この状況をペンギンに知られては、まずい気がする。
薄い気持ちで『やれば出来る女である』と宣言してしまったが、このままだとただの駄目な可愛い聖女になってしまうのではなかろうか。
なんてこった。
いやいや。私はやれば出来る可愛い聖女だ。
必ず誤魔化すことが出来るはず!
空けてしまった穴が不自然に見えないようにすれば問題ない。
そう。不自然でなければいいのだ。
私は閃いてしまった。
最初から床が無かったことに偽装工作をすればいいだけのこと。
結局のところ迫ってきている大群を海水で押し流すためには、軍船の装甲に穴を開けていかなければならない。
加えて偽装工作をすれば、まさに一石二鳥ではないか。
こういう時は腹をくくり、覚悟を決めることが大事だ。
はい。やってやるぜ!
早速、運命の矢を連続でリロードして連射を開始します。
連続で現れた矢をエンジン室の床に向けて弓を引き絞った。
—————————RAPID_FIRE
連射されていく矢が軍船の装甲を次々と貫通させていく。
エンジン室がモグラ叩きゲームの会場のような姿に変わっていった。
偽装工作の途中経過ではあるが、明らかに失敗しているように見える。
一旦、手を止めて深く深呼吸をし、起きている現実と先の未来について考えてみた。
偽装工作を施し更に状況を悪化させてしまうと、思考を停止してしまう者がほとんどであるが、私は徹底的にやり続ける事が出来る女だ。
天才と馬鹿は紙一重と言うことわざがあるとおり、駄目な事でもやり続け、ある一線を越えると、評価が裏返るという現象が起きる。
結局のところ結果が出なくても、ぶれる事やくやり続ける行為が大事なのだ。
それでは連射を再開させてもらいます。
運命の矢を連続で撃ち続けていくと、思い描いていたとおり、床が無くなっていき、装甲から入る海水の量は排水される量を大きく上回っていく。
そして、奥から進軍し姿を現した蟻サイズの魔物達が、入ってくる海水に押し流されている姿がそこにあった。
上手くいったと言いたいところだが、今の目的は『私はやれば出来る女である』と宣言してしまった言葉を回収する方が優先事項になっている。
押し寄せてきていた魔物達のことは、もはや眼中にない。
そう。破壊行為を偽装工作しなければならないと焦っていたのだ。
もう後戻りは出来ない。
このまま完走し続けるしか選択肢はない状況だ。
『RAPID FIRE』を休む事無く撃ち続け、エンジン室の床が既に70%程度が消滅した頃である。
――――――部屋の中央に浮いていた『時空騙しの砂時計』が突然落ちてしまった。
おいおいおい。聞いてないぞ。
砂時計は、緋色の『フロート』効果の影響を受けていないのかよ!
砂時計が海水に沈み始めていく。
とてつもなく嫌な予感がする。
これはもしや、裏が表にひっくり返る事なく、ただひたすらに底へ落ち続けていく駄目な方のパターンに陥っていたのかしら。
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