第106話 世界を総べる調和者とは
暖かい海面へ細い雨が落ち、白い霧が上がり始めていた。
太陽の光は厚い雲に遮られ、あたりは夜のように暗い。
浮島は波に揺られ続けており、廃材の継ぎ接ぎ部から慢性的に擬音が聞こえてくる。
目の前にいる小柄で目立たない容姿をした青年が雄叫びを上げていた。
その男の名は緋色。
スキル『フロート』の効果でこの浮島を造った男だ。
瞳には力が宿っており、顔は自身に満ち溢れたものに戻っている。
そして、私が繰り出した一撃にて絶滅したイムセティの姿は消えていた。
二人は取引を行い、緋色は自信を取り戻す何かをイムセティから得てしまったのだろうか。
努力無しに他人から貰ったものは本物の自信になる事はない。
努力や苦痛を積み重ねて獲得しなければ、その自信は簡単に崩れてしまうものだからだ。
薄っぺらな自信を取り戻してしまった緋色は私へ視線を重ねてくると、笑顔を浮かべ、こちらへ片手を差し出してきた。
「聖女さん。俺は新たな力を手に入れました。これから地上世界へ帰還して、世界を総べる調和者になろうと思います。どうか、この俺を支えてもらえませんか。」
世界の調和者って何ですか。
俺の力になってほしいって、結局のところ私をハーレム嬢の1人に加えてたいだけとしか聞こえてこない。
このクズには制裁鉄拳が必要そうだ。
このまま生かしても、ろくでもないことをしそうでない。
絶滅したイムセティから獲得した何かがあるのなら、『SKILL_VIRUS』でその全てを破壊するべきところだ。
緋色へ距離を詰めようとしたところ、静止を促すようにペンギンが首を左右に振りながらふくらはぎを叩いてきて、口パクをしてきた。
≪三華月様。緋色は三流神に『俺と取引がしたいのか』と言っておりました。おそらく彼の心臓には契約の鎖が巻かれているのではないかと予想します。≫
≪なるほど。確かに契約の鎖があの男の心臓に巻かれている確率が高いかもしれないか。≫
≪はい。そうだとすると、契約の鎖を消滅させる前にイムセティから貰った力を破壊すると、契約不履で緋色が死亡してしまいます。≫
≪まずは
≪まずは緋色の誘いに乗るふりをしながら、その取引について出来るだけ情報を引き出してください。≫
ペンギンの判断は冷静なのだろうが、緋色の誘いとは、私を嫁にスカウトしてきた行為のこと。
私は嫁になることを検討するふりをしなければならないのかよ。
凄く嫌だけど仕方がない。
これも同族殺しを回避するため。
とりあえず、イムセティと行ったという取引の内容について聞き出すことにしましょう。
「魅力的なお誘いをして頂き有難うございます。」
「聖女さん。お、俺の嫁になることを前向きに検討してもらえると言っているのですか!」
緋色の目が血走っている。
私の言葉が前向きなものと受け取られたようだ。
魅力的な誘いという言葉が誤解を招いてしまったのかもしれない。
ここは、やんわりと否定したいところではあるが、ペンギンがギロリと睨んできていた。
あれは、感情を捨てて話しを合わせろと訴えているのだろう。
はいはい。さようでございますか。
まぁこれも信仰心のため。
話しを進めさせてもらいますよ。
「緋色さん。返事をする前に質問があります。」
「俺に質問ですか。もちろんです。何でも聞いてください。」
「先ほど『俺と取引がしたいのか』と言っている声が聞こえてきました。誰と契約行為をされたのか、教えて貰えないでしょうか。」
「はい。俺はこの鍵で『ラーの軍船』というものを呼ぶ力を手に入れました。聖女さん。俺に期待して下さい。」
緋色は笑顔で、手を広げて握りしめていた『金色の鍵』をこちらに見せてきた。
ラーの軍船とは、異界の太陽神が天空や冥界を航行していた際に利用していた太陽の船のことを指す代物だ。
その軍船とやらを呼び出して、地上世界へ戻るつもりなのだろうか。
足元にいるペンギンへ視線を移すと、緋色に聞かれないように口パクにてラーの軍船についての見解を話し始めてきた。
≪ラーの軍船とは天空神が神々の戦いに使用していた船のことです。だが、実際は天空神の力が無ければ動かすことが出来ないはず。そんなガラクタなど、呼ばれたとしても何ら問題無しであると推測します。≫
ペンギンの言う通り、何ら問題無しだったら良いのだが。
私の最優先事項は、緋色を含めた漂流者達の命を救うこと。
金色の鍵を破壊したいところであるが、ペンギンの読み通り、奴の心臓には『契約の鎖』が巻かれているだろう。
金色の鍵を破壊してしまうと、契約不履行により、緋色が死んでしまう可能性が高い。
目の前に立つ月並みな容姿をした男を見つめていると、何か勘違いしたようで、突然、とんでもない言葉を口にしてきた。
「聖女さん。俺をそんなに見つめないで下さい。勘違いしてしまうじゃないですか。いや。勘違いじゃないかもしれないですよね。」
≪勘違いだろ。≫
「俺の嫁になってくれたら、絶対、大切にします。今すぐに返事はしなくてもいいので、真剣に考えて下さい。俺は聖女さんの為に、一所懸命に頑張ります。」
緋色が両手を広げて喜びを爆発させている。
心理学では、7秒以上の視線の交差は愛情の表れだといわれる。
つまり、私が間際らしいことをしてしまったことになるのどろうか。
とはいうものの、嫁になってほしいと言われ、とても気分が悪い。
足元にいるペンギンを見ると、何かアイコンタクトを送ってきている。
緋色に対し、相槌でもうっておけと言っているのだろうか。
はいはい。
信仰心が下がるわけでもないので、それくらいでしたら、やらせてもらいますよ。
「緋色さん。嫁の話しは考えさせて下さい。」
「はい。じっくり考えて下さい。でも、これだけは分かって下さい。俺は本気なんです。」
真剣な眼差しで、無意味に圧を送ってきている。
本気とは、私を嫁にしたいという言葉を指しているのだろうか。
きっと、この男は自分好みの容姿をした女性へ手当たり次第に声をかけていくのだろうな。
緋色のように軽い者は、気に入らなければすぐにポイ捨てすると容易に想像がつく。
物語が進行するにつれ、ハーレム嬢が増えていき、古参のハーレム嬢が空気のような扱いになる現象と同じである。
それはいいとして、問題は緋色の扱いについてだ。
判断するにしても、ペンギンからの言葉のとおり情報がほしい。
「緋色さん。もう一度確認しますが、先ほど『俺と取引したいのか?』という言葉が聞こえてきましたが、誰と話していたのか教えてもらえないでしょうか。」
「死にかけていた鳥の姿をしたイムセティという奴です。」
「それで、そのイムセティという者から何を言われたのですか?」
「『力が欲しいか。欲しいのならくれてやる。ラーの軍船を使えば、外洋にいる海王生物の群れを突破し、地上世界に戻れるぞ。』と俺に言ってきたんですよ。」
ペンギンは、天空神ホルスの力が無ければラーの軍船はガラクタだと言っていた。
だが、緋色の『フロート』の効果を利用すれば、とりあえず動かすことが出来るということか。
あいつの目的は、もちろん天空神の復活。
そして私の目的は、緋色を含めた漂流者達が死ぬことなく地上世界へ帰すこと。
そう。天空神が復活しようとも、漂流者達全員が無事に地上世界へ帰すことが出来れば、それでいい。
ラーの軍船がどの程度のものかは分からないが、利用できるならそれで問題ないだろう。
――――――――――気が付くと緋色は雨が降る空へ両手を広げて、金色の鍵をかざしていた。
何も考えなしに『ラーの軍船』とやらを呼んでしまったのか!
嫌な予感がする。
突然、浮島が大きく揺れ始めた。
揺れていると言うより動いている。
身の危険を感じ、条件反射的に足元にいたペンギンを両手で抱きかかえて、緋色から距離をとるため、後方へ跳躍した。
細い雨が降る中、周りを見渡すと、浮島が生き物のように動き、継ぎ接ぎしているガラクタが擦れる擬音が聞こえてくる。
抱きかかえているペンギンが、一旦状況の確認をするべきだと訴えてきた。
「三華月様。いったんポラリスへ退避し、状況を確認してから対策をたてましょう。」
「ですが、この浮島には気を失ったままの漂流者達が残っています。」
「漂流者達を助けるにしても、現状況下では対策のたてようがありません。」
「承知しました。ペンギンさんからの提案の通り、いったんポラリスへ移動する事にし、情報を集め、整理することにしましょう。」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます