第102話 目には目を歯には歯を

色むらのない暗く灰色のモコモコした雲が、低い位置に広がり、空全体を覆い隠していた。

降り続けている雨足はポツリポツリとしたものであるが、既ににずぶ濡れとなっていた聖衣が水分を吸い重くなってきている。

緋色のスキル『フロート』の効果により造られている浮島のいたるところから、地上世界に戻るための準備をしている漂流者達の活気のある声や笑い声が聞こえ、生きようとするエネルギーのようなものが伝わってくる。

私はというと、石材で造られた彫刻のような人の姿をしたイムセティという神と対峙しており、浮島の中でここだけが別世界のような重苦しい空気が流れていた。

そのイムセティは私へこうべを垂れているのであるが、緋色を旗艦ポラリスへ強制連行しようとする私の行動を阻んできている。

姿を現した時に比べてあきらかに戦意を剥き出しにしてきていたため、イムセティの排除を宣言した。



「イムセティ。私の邪魔をしたら、あなたを排除させて頂きます。」

「三華月様。緋色はここに残りたいと希望しています。力づくで連れていく行為には賛同しかねます。」

「あなたには意見を求めておりません。なので、全ての言葉は却下させてもらいます。」



イムセティの空気感が明らかに変わっていく。

無機質な石材で造られていたような顔が、獣のような姿へ変わっていき、背中からは真っ白な翼が生え始めている。

床に片膝をついていたイムセティが立ち上がってくると、後ろを振り向き少し離れた位置にいた緋色と深真樹を確認しながら、私へ応戦すると返事をしてきた。



「三華月様。我にはホルス様を復活させるための使命がありまして、その使命を果たすためには、緋色が持っている『フロート』の力が必要なのです。あの者を連れていかれる訳にはいきません。」

「私の方にも彼をこのラグナロク領域に置いていけない事情があります。ホルス神を復活させるための方法は、別でお探し下さい。」



異界の主神であるホルスは、このラグナロク領域に幽閉でもされているのかしら。

どうでもいい事だし、関わりたくもない。

そして『フロート』には『SKILL_VIRUS』を撃ち込んでしまい崩壊が開始されており、緋色をラグナロク領域に置き去りにしてしまうと、浮島はいずれ沈んでしまい、それは同族殺しの重罪につながるものとなるため、こちらとしてもここで退くわけにはいかない。

たとえ相手が神であろうとも、邪魔をするならば排除させてもらう。

イムセティはため息をつくと、石の素材で出来ている顔を鬱陶しそうにしながら雨が降り続く空を見上げ、落ち着き払った低いトーンの声で物騒な事を言ってきた。



「天空が雲により閉じられているこの状況では、我は加護の力を得ることが出来ず、本来の力を発揮することはできませんが、それでもこの浮島の者達くらいなら、一瞬で殺す事が出来るのですよ。」

「それは、緋色を連れてラグナロク領域から出て行こうとしたら、この浮島にいる漂流者達の全員を殺すと、私に対して脅しをかけているって事なのでしょうか。」



イムセティは私の問いに対して、ぎこちない動きで頷いた。

1人の命を犠牲にする代わりに大勢を助けてやると提案されたら、判断に戸惑う者もいるだろうが、私の場合は一切の迷いが無い。

その1人である緋色を犠牲にし、その引き換えに大勢の者を救ったとしても、その行為は同族殺しをしてしまったことに変わりないからだ。

そして何より、私には命を駆けて緋色を含めた全員の命を助ける覚悟があり、それを必ずやり遂げられる。



「人の命の重さは数で決まるものではありません。つまり、あなたからの提案は到底受け入れられるものではないということです。」

「クックック。神の前では、人の命など虫ケラではありませんか。虫ケラの命に重さなど無いでしょう。何でしたら今すぐ、ここにいる虫ケラ達を一瞬で抹殺してやりましょうか。」



石の素材で出来ているようなイムセティの表情がグシャリと崩れ、品の無い笑い声を上げている。

イムセティとは生きる世界が違うので価値観が違うのは仕方がないだろうが、そういう事でしたら、こちも相応の対応をさせてもらいましょう。



「イムセティ。あなたは『目には目を歯には歯を』ということわざをご存知でしょうか。」

「同等の報復を行うという例えですね。つまり漂流者達を殺したら、我に対して同等の報復をすると言われているのでしょうか。」

「そうです。この浮島にいる者の誰かを殺したならば、その代わりに、あなたが仕えているという天空神ホルスが復活できないようにしてさしあげましょう。」


「何だと!!」



余裕の表情を浮かべていたイムセティが鬼の表情に変化し始めると、空気が張り詰め殺伐なものへ変わり始めていき、気温がグンと下がり、その殺気に耐えられなくなった浮島にいる漂流者達が次々と気絶をして倒れていく。

もう人の姿には見えなくなっているイムセティが怒声を響かせてきた。



「今、主神ホルス様と、虫ケラの命が同等だと言ったか!」



天空からの加護が受けていないとはいえ、結構なプレッシャーだ。

相当の力を失っているとはいえ、さすが神であるといった感じかしら。

それでもここで仕留めさせてもらいます。

間合いをとるために後方にジャンプしながら、召喚していた運命の弓へ矢のリロードを開始した。

イムセティは純白の翼をゆっくりと羽ばたかせながら、空へ昇り始め出ていく。

神というよりガーゴイルの姿に見える。

イムセティは私を睨みつけながら、大きな翼を優雅に動かし空へ上がっていくと、勝利宣言をしてきた。



「足場の無い海域で、我に戦いを挑むとは愚かですね。空を飛ぶ我に勝てるはずがありませんよ。」



同等の力関係ならそうかもしれないが、力を失った下級の神など私の敵ではない。

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