第98話 聖女のコスプレイヤー

ラグナロク領域に侵入して3時間が経過していた。

旗艦ポラリスでは、元気に飛び回っている魔導の精霊達が色とりどりな光を放っているものの、まだ地上世界でいう深夜ということもあり、全方位に闇が続いている。

熱く湿った潮風がべっとりとまとわりつくようだ。

深刻な食料問題不足に陥っているという七武列島へ帝国旗艦ポラリスにて物資を運んでいる途中、航海士として招聘していたペンギンが次元の狭間に入ってしまった為、最も危険な場所とされるラグナロク領域へ侵入してしまっていた。

この世界は、神々の戦いに勝利した地上世界の神が支配しているにも関わらず、空を覆っている厚い雲が、月からの加護を阻んでいる。

ポラリスの船底に設置されているソナーが捕らえていた浮島が、かすかに見えてきた。



「三華月様。現在ポラリスは、前方に見える浮島へ向かい5ノットの速度で航行中ですが、このまま接岸をしてしまうと浮島が崩壊する可能性があるため、この辺りで碇を下ろしたいと思います。」



浮島の全長は500mくらいあるだろうか。

継ぎ接ぎをしたいかだの上に鉄板が敷かれ、その上にガラクタで形作った小さな家のような建物がたくさん置かれている。

ところどころには鉄グズの山も見える。

かなりの量のガラクタが集められており、ペンギンが95話の終わりで指摘したとおり、いかだの浮力で支えきれる重量ではないようだ。

浮島には人の姿が多く見えており、歓声のような声が聞こえてきている。

ポラリスに向けて助けを求め、手を振ってきているようだ。

かるく100以上の人の姿が見え、ボロボロの服装をしている。

初見であるが、彼等彼女達は地上世界からの遭難者のようだ。



「三華月様。浮島にいる者達は、ラグナロク領域に迷いこんでしまった遭難者達とみて間違いないかと思います。」

「聖女として救いを求められたら無視することはできません。全員をポラリスに乗せて地上世界へ帰還しましょう。」



それからもう一つ。

ペンギンはと言っているが、私達は迷い込んだのでは無く、あなたが新航路を見つけてしまい、自らの意志で無謀にも飛び込んでしまったはずだ。

だがそのおかげで、浮島に遭難していた多くの者を助けることが出来るわけでもある。

浮島へ近づいてくと、十字架のデザインが刻まれた聖衣を身に付けた清らかかつ可憐な聖女の姿を視認した者達が、更に大きな歓声を上げ始めた。



「あれを見ろ。聖女様が乗っているぞ!」

「聖女様が助けにきてくれたぞ!」

「こんなところに聖女様が来てくれるなんて、信じられない。」

「うぉぉぉぉぉぉ!」



さすが鬼可愛い聖女はどこの世界でも人気だ。

それに私は、神格が世界第一位の聖女だからな。

彼等・彼女達の目には、純粋無垢で汚れを知らない容姿をした聖女の背後から、後光が落ちてきているように見えているだろう。

そんな私に対して、抱きかかえていたペンギンが深刻そうな顔付きで口を開いてきた。



「三華月様。これはまずい事態に陥っているのかもしれませんよ。」

「まずい事態とは、どういう事なのでしょうか。」

「彼等彼女達は、三華月様が慈愛に満ちた聖女と思っているようです。」

「実際に私は、慈愛に満ちた聖女の姿をしているではないですか。世界最高の鑑定眼を持ってしても、私の残虐無比な性格を読み取る事は出来るはずがないので安心してください。」



あのアンデッド王の『千里眼』をもってしても、私の体に刻み込まれた信仰心の武装を突破して、ステータスを読み取ることは出来ない。

これほど聖女らしい姿をした女の子はどこを探してもいないでしょうし。

抱きかかえていたペンギンを甲板に降ろすと、やれやれのポーズをしながら歩き出し、大きくため息をついた。



「三華月様。漂流者が聖女様に期待する事は、S級相当の魔物やドラゴン級のクラーケンを退治する事ではありません。」

「確かにそうですね。ここから浮島にいる漂流者達を見た感じ、傷つき、病気にかかっている者が多く見受けられますし、聖女に期待することは、回復とか治癒になってくるのでしょう。」

「三華月様は、聖女のように回復・治癒を施す事が出来ないですよね。」

「はい。出来ません。」

「キラキラした瞳で治癒を求められたら、それは三華月様にとって地獄以外の何ものでもないのではないですか。」

「確かに、その光景を想像しただけでも恐ろしいです。早速、私が回復治癒の出来ない聖女である事実を、誤魔化す手立てについて考えなければなりませんね。」

「誤魔化したら駄目でしょ。」

「駄目ですか。」

「駄目です。」

「それはそうと、喋っていて気がついたのですが、もしかしてペンギンさんも私と一緒に浮島へ上陸をするつもりなのでしょうか。」

「もちろんそのつもりです。三華月様を野放しにしておいたら、信仰心の為に良からぬ事を思案するかもしれないじゃないですか。」

「私を見張る為に同行されるのですか。ですが、ペンギンさんが上陸すると魔物と間違えられるかもしれませんよ。そもそもペンギンは古代種の生物を模写した動物であり、現在世界には存在しない生物ですし、それにペンギンさんの目付きがその辺りにいるセクハラをして楽しむ親父みたいではないですか。」



私の指摘にペンギンの目が『クワッ』と見開いた。

興奮状態に陥り体をプルプルと震わし始め、額に血管が浮き出ている。

これはお約束のブチ切れるパターンだな。

そのペンギンが、予測どおり悪態をついてきた。



「僕は三華月様と違って愛されキャラなのですよ。どこかの凶悪聖女と一緒にしないで頂きたい!」

「鬼可愛い聖女の私より愛されキャラとは聞き捨てならない事を言ってくれるではないですか。」



見開いていたペンギンの目がニヤリと変わり、どっからともかく現れた自分専用の椅子へ優雅に腰かけた。

どこか、私を見下している感じがする。

これは勝利を確信した余裕の表情だ。



「派手な十字架が刻まれた聖衣を着ている三華月様が、実は聖女っぽい姿をしているだけのコスプレイヤーであると浮島の者達が知ってしまったら、どれほど落胆するか想像してみて下さい。」

「なるほど。それでは、私とペンギンさんのどちらが愛されキャラであるか勝負する必要がありそうですね。」



私は聖女のコスプレイヤーではなくて、本物の聖女である。

とはいうものの、痛いところを突かれてしまった感じがした。

このままだと、私の敗北は濃厚である。

だが私には逆転の一手が残っている。

はい。おっさんのような目付きをしているペンギンとは、ここで決着をつけさせてもらいましょう。

甲板から9m下にある海面に浮かぶタグボードまで、急勾配の鉄骨階段で降りる事にした。

階段降りる足元を魔道の灯りを司る精霊が照らしてくれている。

『私の加護』を提供する代わりに、精霊達に旅の同行をしてもらっているのだ。

ペンギンを両手で抱きかかえ、タラップを降り始めた。

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