第99話 vsペンギンその1

暗黒色の海からは湿った風が吹いていた。

夜空が厚い雲に覆われて月の加護を遮っている。

遠い昔に神々が戦いを繰り広げ、最も危険な場所とされているラグナロク領域に侵入し、全長500m程度あるガラクタだらけの浮島を発見した。

碇を下ろした帝国旗艦ポラリスからペンギンを抱きかかえ、タグボートにて接近していくと、深夜にも関わらず、鬼可愛い聖女を見た100人以上はいる漂流者達から、歓喜の大合唱が聞こえてくる。

そんな中、聖女の中の聖女の姿をした私と、セクハラをして楽しむ親父のような目つきをしているペンギンの、どちらが愛されキャラであるのか、決着をつける話しになっていた。

その戦いであるが、ペンギンから指摘されたとおり、現状況では私が圧倒的に不利だと考えられる。

聖衣に刻まれている十字架のデザインを見て聖女と認識した漂流者達は、私に治癒行為を期待しているものだと推測できるが、超武闘派の聖女である私には、他人に対して治癒を施す事が出来ない。

期待値が大きさに比例して、それが裏切られた場合のダメージは大きくなるという法則に従うと、私が治癒・回復が出来ないと知った漂流者達の落胆値は、計り知れないものであると容易に推測できる。

そう。このままだと、私は愛されキャラではなくなり、鬼可愛いだけの駄目な聖女と認識されてしまうだろう。

はい。ここは策を練り、逆転の一手を打たせてもらいます。


ペンギンを抱きかかえながらタグボートへ乗り込み、ガラクタで造られた浮島へ近づいていくと、浮島全体から鬼可愛い聖女を歓迎する声が更に大きく聞こえてくる。

これは、見た目で判断されると損をする悪い例だな。

ペンギンがこの状況を見て、追い討ちをかけるような一言を言ってきた。



「三華月様の聖女っぽい容姿が災いして、一段と聖女に対する期待感が増しているようです。一刻も早く治癒が出来ない事を告白して、紛らわしい服を着て聖女と誤解させてしまった事を謝罪することをお勧めさせてもらいます。」

「私は、どこかのイケメン騎手団長とか、イケメンの腹黒王子に気に入られるような聖女では無いと認めさせて頂きますが、難局を個の力で突破してきた正真正銘の聖女です。今回もいつもどおり、溺愛したがるイケメンのクソ共に頼る事なく、この難局を乗り切ってみせます。」


「何だか話しが噛み合っていないようですが、ここは三華月様のお手並みを拝見させてもらいます。それはそうと、深夜にも関わらず浮島には火が焚かれていないのは良く無いと思いませんか。人は真っ暗な環境にながくいると不安な気持ちとなり強いストレスを抱えてしまいます。三華月様に付いてきている下級下僕の『魔道の精霊』達にて浮島へ明かりを灯されてはいかがでしょう。」

「確かにそうですね。承知しました。ペンギンさんの提案のとおり、魔道の精霊さん達に浮島全体を明るくしてもらいましょう。」



精霊達は私が守るべき対象であって、下級下僕ではないのだが、そこはまぁどうでもいいところだろう。

私の周囲を浮遊していた『魔道の精霊』達の姿が消えていくと、真っ暗だった浮島にゆらゆらと明かりが灯り始めていく。

漂流者達の表情が更に明るくなり、驚くほどにテンションを上げていく様子が分かる。

期待値が高まるほど、裏切られてしまった場合の喪失感が高くなる法則が働くとしたならば、つまりこの状況は、治癒・回復が出来ない聖女と知った時のダメージが跳ね上がってしまったということになる。

うむ。この流れは良くない展開になってしまっているのではなかろうか。

抱えているペンギンが悪そうな表情でニヤリとしている事に気がついた。



「チッ、私を罠に嵌めやがりましたね。」

「三華月様のお手並みを拝見させて頂きますとは言いましたが、私がただ指をくわえて見ているだけと思っていたのですか。三華月様もまだまだですね。」



油断していました。

私が策に嵌められてしまうとは。

さすがは参賢者といったところかしら。

大歓声に迎えられる中、タグボードから桟橋に接岸すると、その辺りにいるような青年が笑顔を浮かべながら手を差し出してきた。



「俺はここのリーダーをやらしてもらっています緋色ひいろと言います。俺は美しい聖女様を歓迎します。」



緋色と名乗った青年は、年齢は16~18歳で背も私より低い。

イケメンでは無く、鍛え抜かれているような体つきでもない。

表情は自信に満ちており、リーダーとしての風格があるように見えるが、駄目な者に共通している俺様気質が感じられる。

浮島には年配者も数多く見受けられるが、この駄目そうな青年に驚くほどのリーダーシップがあるのだろうか。



「私は聖女の三華月です。ここにいる皆様は、遭難して漂流されてきたのでしょうか。」

「そうです。ここにいる者全員が、巨大な海王生物に船を壊されてしまい、流されてきた皆を俺が造ったこの浮島に救助したのです。三華月さんも俺を頼って下さい。」



こいつは頼っては駄目な男で間違いない。

緋色の言葉から推測すると、巨大な海王生物とはドラゴン級の魔物であるクラーケンの事で、ここにいる者は地上世界からラグナロク領域に迷いこんでしまったようだ。

それはそうと緋色の背後に控えている、それなりに可愛い女の子の3人は、他の者と違い少し小綺麗にしていた。

遭難した先で小綺麗な格好をしていて、リーダーの緋色の背後に付いてくるって、もしかしてだけどその3人の女子達はハーレム嬢なのかしら。

私の視線の先を追いかけた緋色が少し恥ずかしそうな顔をし、彼女達の紹介を始めてきた。



「後ろの3人は俺の嫁です。後ほど、詳しく紹介させてもらいます。三華月さんをこちらに引き上げますので、さぁ俺の手を握ってください。」



女は自信に満ちている男に惹かれる傾向があるが、紹介された3人の嫁達は緋色には惚れていない。

男がハーレムを形成するために必要なものは女の愛情ではなく、経済力もしくは権力であるからだ。

嫁と呼ばれた3人の女子達は、緋色の経済力に頼らなければならない状況に陥っており、逆に言うとこの過酷な環境で無ければ緋色の嫁になどなっていないものと推測できる。

私を浮島に引っ張りあげようと手を差し出している緋色が、気持ち悪くて仕方がない。

どうしたものかと悩んでいると、緋色が片足をタグボードに入れて、グイっと手を伸ばして強制的に私の手を握ってきた。

条件反射をするように、拒否反応を示していた私のマインドが『SKILL_VIRUS』を発動させてしまった。


『SKILL_VIRUS』とは、対象者にVIRUSを打ち込み、特定のスキルを破壊する遅効性のスキルであり、延べ7日ほどで、対象を完全破壊する。

更にいうと、治癒系スキルでは解除不可能である。


理由なく一般の者への攻撃行為は信仰心の減に繋がるが、緋色へ『SKILL VIRUS』を打ち込んでしまった行為については、問題なしと判定されたようだ。

生きた心地がしないくらい、ゾッとしてしまいましたよ。

ところで、私は一体、緋色が持っている何のスキルを破壊したのかしら。

『SKILL_VIRUS』の効果は遅行性なので、緋色からすると破壊されたスキルが徐々に使い勝手が悪くなると感じてくるのだろうが、信仰心に影響が無かったようだし、そんな事はどうでもいいか。

さて、ペンギンとの愛されキャラ対決について、逆転に繋がる神の一手を打つことしましょう。


まず、ペンギンが提案してきたとおり、治癒行為が出来ない聖女である事実を、漂流者の皆様へ誠意をもって告知させて頂きます。

背筋を伸ばしながら両手をお腹のあたりで結び、気まずそうな表情をして目を閉じて、約30度程度の位置までゆっくり頭を下げて静止した。

何を勘違いしたのか、緋色が慌てて声を掛けてきた。



「三華月さん。頭を上げてください。僕はあなたを歓迎するって言ったじゃないですか。お礼なんていりませんよ。」



こいつは無視してもいい存在だな。

頭を下げている相手は緋色あなた個人にではなく、私に治癒行為を期待している浮島にいる皆さんなのだ。

頭を下げ続けたまま静止している私の姿に、違和感を覚えた浮島の者達から熱烈な歓迎ムードが消えていき、戸惑いの声が聞こえ始めてきた。

うむ。いい感じに動揺が広がっている。

下げていた頭を上げると正面に立つ緋色を軽く横へ退け、背筋を伸ばし、深く息を吸い込んだ。

そして、遠くにまで聞こえるように張りのある声で、私が治癒の出来ない聖女であると告知を開始した。



「私は聖女ですが、皆様の回復と治癒をするスキルを持っておりません。」



私の告白に浮島全体が一瞬静まりかえると、戸惑いの声が漏れ始めてくる。

その声って、期待して損をしたという喪失感ですよね。

予測していたとおり、皆の顔が強張っていく。

重苦しくなっていく空気を読めない者が一人いた。

緋色である。

横に退けていた緋色が、私の肩を掴み、気合の籠った声を響かせた。



「俺が三華月さんを守ります。安心してください!」



誰かに守ってほしいような事など言っていないと思うのだが、なぜそういう言葉が返ってくるのかしら。

そもそも守ってもらいたくないし、触らないでほしい。

緋色こいつはやはり無視でいいだろう。

おかしな空気になってしまったが、絶望感が漂うこの雰囲気になるのを待っていた。

このタイミングで一歩前に出て胸を張り、漂流者達が最も言って欲しい言葉を高らかに宣言させてもらいます。



「私は聖女として皆様をこの領域から地上世界に連れて帰る事をお約束させて頂きましょう。」



緋色との挨拶で、浮島の者は地上世界から流されてきて帰る事が出来ない漂流者であるとの情報を拾いあげていた。

その漂流者達が最も強く望む事は、ラグナロク領域から脱出して元の地上世界に戻る事だろう。

一旦不安な気持ちにさせて、一番ほしい言葉を言ったのだ。

はい、これが吊り橋効果です。

真っすぐ透き通るような声が響くと静寂の時間が訪れた後、一気に皆がざわつき始めた。

想定外すぎる言葉を聞いて、私の言葉の意味を頭では理解したが、少し感情が追い付いてくるにはタイムラグがある。

誰かから「本当に?」とすがるような声が漏れてきた。

今、浮島の皆さまには、私が聖女の中の聖女に見えていることだろう。

そして、足元にいたペンギンを両手で抱きかかえ、耳元で勝利宣言をした。



「ペンギンさん。浮島の皆さまには、鬼可愛い私が、いま希望の光を灯す聖女に見えていることでしょう。98話では、私のことを聖女のコスプレイヤーであるとディスってくれていましたが、もう私に土下座をして泣きながら謝るしかないのではありませんか。」

「やれやれです。38話でやったうつ伏せでしたら、いつでも行ってあげますよ。」



やはり、38話のあれは土下座ではなく、うつ伏せだったのか…

余裕の表情を浮かべているようであるペンギンが「さてと」と呟きニヤリとしていた。



「三華月様。次は僕のターンです。」

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