第97話 あなたはパーティーの首候補
空は厚い雲に覆われ深夜という時間帯もあり、甲板の上を飛び回っている魔導の精霊が照らす光の範囲外は、延々の闇が続いている。
風はとまり4本のマストに上がっている帆はしぼんでいた。
湿った空気が重く感じ、何もしなくても汗が噴き出してくる気候だ。
最古のAIにして参賢者の1角であるペンギンの操舵により、全長300mある帝国旗艦ポラリスは、最も危険な領域と記されているラグナロク領域に迷い込み、潮に流されていた。
早速、ここの住民であるクラーケン達から襲撃をされてしまったのだが、ぎりぎりのタイミングで『月の加護』を受ける事に成功し、神域に達する力を得た私に身の危険を感じたクラーケン達は後退をしていった。
とはいうものの、月の加護が無い時間帯では無双する事は出来ないだろう。
ポラリスは、底なし沼にはまっていくようにラグナロク領域の深くまで侵入している。
魔導の灯りにより煌々と照らされている甲板より、足元にいるペンギンと一緒に進んでいく先に広がる漆黒の闇を見ていた。
そのペンギンであるが、何かを思いついた様子で、キメ顔をつくりながらどうでもいい提案をしてきた。
「三華月様。我々のパーティー名について考えてみたのですが、『無敵艦隊』なんてピッタリではありませんか。」
「はい、ピッタリだと思いますよ。」
我々のパーティーとは、私とペンギンの2人を指しているのだろうが、現状でのペンギンは確実に戦力外だ。
つまり
そんなどうでもいいパーティー名を考えるよりも、この領域から脱出する手立てを考えてほしいものだ。
今更ながら、96話でペンギンはクラーケンの接近を把握していたことを思い出した。
どうやって真っ暗な海の中の様子を知る事が出来たのかしら。
厚い雲に覆われて夜空より光が落ちていない状況では、私でもスキル『真眼』が発動しない限り、深海から近づいてきていたクラーケンを捕捉する事はできない。
「ペンギンさん。伺いたいことがあるのですが、聞いてもいいですか。」
「もちろんです。彼女の有無といったようなプライベートな質問はNGとさせてもらいますが、何なりと聞いて下さい。」
判断材料が少ないこの状況下において、くだらない事を言い、私からの反応を見て楽しんでいるように見える。
何とも、はた迷惑で呑気なAIだ。
ペンギンの意味不明な言葉はスルーして、質問をさせてもらうことにしましょう。
「聞きたいこととは、ペンギンさんはクラーケン達の動きを細かく捕捉していたようですが、何らかの手段により海中の状況を把握することが出来ているのでしょうか。」
「ふっ。そこに気付いてしまうとは、さすが三華月様です。」
ペンギンが、『聞いてくれて有難うございます。』みたいな感じのドヤ顔をつくっている。
聞いてしまって失敗した気持ちになってきた。
ペンギンが短い翼で斜め上の方向を刺し示すと、そこに旗艦ポラリスの立体フォログラム映像が浮かび上がってきた。
船体のフォログラムが回転していき、船底が見える角度になっていく。
そして、船底に取り付けされている円柱型の突起物に矢印マークが浮かんできた。
「三華月様。矢印が指している部分を見て下さい。」
「そう言えば、世界の記憶アーカイブに海底や魚群の位置を計測出来るソナーという古代機器があると記載されておりましたが、もしかして、その矢印部分にその機器が実装されているのでしょうか。」
「さすが真眼の所有者にして世界の記憶『アーカイブ』を管理している三華月様です。これは、アクティブソナーとパッシブソナーの両方の機能を持っておりまして、もっと詳しく説明させてもらいますと・・・・・」
ペンギンのツボに嵌ってしまったようだ。
気持ち良さそうにソナーの情報について、講釈を延々と独演している。
興味が無い話しではあるが、気持ち良さそうに説明をしているし、ここは聞いているふりをして『ふむふむ。』と頷いておきましょう。
ネットサーフィンをするように話しを聞き流していると、ペンギンが喋り続けている話しの中から興味深い情報を拾った。
「ペンギンさん。今しがた、ポラリスが深海エリアを抜けたと言っておりましたが、それは危険なゾーンを抜けたということなのでしょうか。」
「そう受け取ってもらって結構です。正確に言いますと、ポラリスは深海エリアを抜けて水深約50mのプレート地帯を航行しております。このエリアにはクラーケンのようなドラゴン級の魔物は出てこないものと思われます。」
月が上がっている時間帯は厚い雲に覆われていたとしても、雲を突き破ればクラーケンへの対応は可能であるが、昼間の時間帯はそうもいかない。
安全地帯である底浅の海域にて、ラグナロク領域から脱出する情報を集め、ここから出る方法をゆっくり検討できる時間があるというわけか。
「ペンギンさん。それではこの安全な海域にて、ラグナロク領域から脱出可能なルートを見つけ出して下さい。よろしくお願いします。」
「三華月様の特級下僕であるこのペンギンに期待を寄せて頂き有難うございます。」
私の特級下僕って、いつのまに成ったのかしら。
勝手にパーティーも組まれてしまったし、まだ他にも何か出てきそうな気がする。
私の信仰心に影響がないし、ここは受け流させてもらいましょう。
それに気持ち良さそうにしているペンギンの気持ちを折る必要もありませんしね。
「ペンギンさんには期待しています。」
「はっ。正確は天候と潮のデータを至急揃えたいと思います。だが、三華月様。今はそんな事よりも気になることがあります。」
そのフレーズ、聞いた事があるぞ。
96話でクラーケンの群れが押し寄せてきた時に言った同じくだりじゃないか。
だが、先ほどの時のものに比べると余裕を感じるようにも見える。
嫌な予感しかしないが、聞き返すしかない。
「今はそんな事よりもって、一体どうしたのですか。」
「ポラリスが進んでいる方向の1km先に、浮島があるようです。」
なんだ、浮島かよ。
浮島があるくらいのことで、歯切れの悪い言い方をしないで下さいよ。
その浮島に何が待っているのか分かりませんが、クラーケンの大群に襲われる以上の危険なんてないだろ。
神妙そうな表情をしているペンギンが話しを続けてきた。
「三華月様。直径500mの円状になった浮島から、結構な人の気配があるようです。」
「結構な人の気配ですか。私達と同様に迷いこんだ者達なら救助する必要があるでしょうし、ここの住人ならばこの海域の情報を得られる可能性がありますね。」
「はい。そのとおりまのですが、私が疑問に思っているのは、補足した浮島の質量と浮力を計測したところ、その島が海に浮くはずがないのです。これって気持ち悪くないですか。」
気持ち悪いと言えばそうなのだろうが、それって重要なことでもないような気がする。
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