第96話 ラグナロク領域へ
大佐部隊を突破し、S王国首都にあるカフェテラスにて優雅にお茶をしていた。
青空に線のような薄い雲が走り、穏やかな日差しが暖かく感じる。
真っ白な石が敷き詰められた高台のテラスからは、S王国の首都がよく見えていた。
不規則に建てられている赤い屋根の建物が遠くにまで広がっており、その向こうにコバルトブルーの海が太陽の光に反射してキラキラと輝いている。
退屈だ。
よい天気に綺麗な街並みを見ながらカフェでお茶を飲んで、何が一体楽しいのかしら。
私は、カフェで茶をし、優雅な気持ちとやらになれない女なのだ。
店内にいる者達からの視線が私達に集中している。
その理由は、可憐でうら若き乙女の聖女よりも、向いに座り全身を黒マントで隠した存在が異彩であったため。
そう。
その骸骨は、テーブルに置いてあるカップに手を伸ばし、優雅にお茶をすすっていた。
「三華月様。後のことは藍倫様に任せておけば大丈夫です。」
死霊王が言う『藍倫様に任せておけば大丈夫』とは、『スイカップ杯』から『Sカップ杯』の名称変更をするように、現在進行形で藍倫がS王国に折衝しており、任せておけば上手くやるという意味である。
藍倫は、先日辺境都市へ機械兵の討伐を行った際の順位は帝国第5位の聖女であったが、現在は地上世界において第4位、帝国第2位の地位にまで上り詰めていた。
15歳の若さでは異例中の異例といえる抜擢である。
その政治的な影響力は、総体的に信仰心が低いS王国においても相当なものであるそうだ。
「三華月様へもう一つ報告があります。その藍倫様は、『大事な競馬場を潰そうとするとは、マジで本当になんて迷惑な人なんだ。』と苦々しい表情をしながら、唸っておりました。」
私が駄目な者みたいだと聞こえてくる。
まぁ、否定は出来ないけど。
次元列車が佐藤翔に接触した際、大きな衝突が起きようとしていたが、これについても藍倫の尽力により大事になることはなかった。
もしかして藍倫の英雄伝説がもう始まっているのかしら。
「ところで、三華月様はこれからどうされるつもりなのですか。」
「はい。帝国からの依頼で、七武列島へ物資を運ぶクエストを受注させてもらいました。」
「現在、七武列島では、産業の柱である漁獲業が1000年に1度の不漁に見舞われ、食料や医療物資が不足していると聞きました。だからと言って、何故、三華月様が物資を運ばれるのでしょうか。」
「先日、S王国から七武列島へ向け、食料物資を送ったのですが、近海に出没している伐折羅海賊団という奴等に襲われてしまったそうです。」
「そうですか。そこで鬼聖女様に出番がまわってきたしだいでしたか。つまり、商業船を襲っていたその海賊団が、今度は三華月様の餌食となるわけですよね。」
何だかその表現は、食物連鎖をしているみたいだな。
◇
空の分厚い雲が月の光を遮っている。
全長300m程度ある帝国旗艦ポラリスは漆黒の波に揺らされていた。
甲板に立っていると湿った潮風が頬にあたる。
蒸し暑い夜で、まもなく雨が降ってきそうだ。
辺りは静まりかえり、今までに感じた事がない嫌な空気が流れていた。
S王国の港を出て12時間が経過している。
帝国旗艦ポラリスの甲板には魔導の精霊達が飛びまわっており、昼間のように明るいのだが、360度見渡す限り、漆黒で何も見えない。
風が完全に止まっており、帆が張られていない船は潮に流されている。
乗船している帝国軍旗艦は、全長300m、幅30m、総重量20000tの規模を誇り、現在4本の帆をたたんでいた。
帝国旗艦ポラリスに乗船している者は私と、航海士兼操舵士として招聘した最古のAIにして参賢者の一角であるペンギンの2名だけ。
そのペンギンが私の足元から同じように甲板から海を眺めながら、現在ポラリスが航行している海域について説明を始めてきた。
「現在、旗艦ポラリスは世界で最も危険と言われている『ラグナロク海域』を航行しております。」
地図に記載されていないその『ラグナロク領域』とは、世界の記憶アーカイブに神々が戦った領域として記されている最も危険とされている場所。
ペンギンが、目的地である七武列島までの新ルートを探していたら、たまたま次元の狭間を見つけてしまい、良かれと思って入ってしまった先が『ラグナロク領域』だったのだ。
「三華月様。私も航行するまではここがあの『ラグナロク領域』とは知らなかったのですが、これは歴史を揺るがす大発見かもしれませんよ。」
歴史を揺るがす発見なんぞには興味はない。
ペンギンの行動は、私からすると安全である海賊が出没する航行ルートを回避して、危険ルートであるラグナロク領域に入ってしまったということでしかない。
迷宮特有の危ない空気、いやそれ以上の危険な空気感が漂ってくる。
「ペンギンさんの功績は素晴らしいものであると理解・認識しました。ですが、今回は安全な海賊が出現するルートを航行し、七武列島を目指してもらえないでしょうか。」
「つまり、この領域からすぐに脱出しろと言われているのですね。」
「はい。よろしくお願いします。」
「残念ながら、風がとまった現状では、ラグナロク領域からの脱出できません。」
「つまり風を吹くのを待たなければならないということですか。」
「そうです。三華月様。今はそんな事よりも…」
「今はそんな事よりも、どうしたのですか。」
「三華月様は、クラーケンという生き物をご存知ですか。」
「クラーケンですか。それって、伝説の魔物だったかしら。」
「三華月様。現在我々は絶体絶命な状態になっております。」
「いきなり絶対絶命って、どういうことですか。分かるように説明して下さい。」
「旗艦ポラリスは、複数のクラーケンに囲まれておりまして、絶体絶命な状態なのです。」
「クラーケン達に囲まれているのですか?」
「三華月様、なんとかして下さい。こんなボロ船なんて、クラーケンから一撃をくらってしまうと、簡単に粉砕されてしまいます。」
クラーケンといったらドラゴン級だ。
54話でブラックドラゴンを仕留めた『物干し竿』も1本しかないし、複数個体を迎撃するには月の加護を受けられないと無理である。
見上げると、厚い雲に覆われて真っ黒な雲しか見えない。
ペンギンが、ふくらはぎにしがみつきながら私の名を連呼し始めている。
迷っている時間はない。
やるしか選択肢はないようだ。
運命の弓をスナイパーモードで召喚し、運命の矢をリロードします。
「三華月様。早くクラーケ達を撃ち抜いて下さい!」
今、撃ち抜かなければならないのはクラーケンではない。
曇天の雲に照準をつけ、矢を引き絞り始めた。
連射する必要はない。
いま欲しいのは、貫通力の高い一撃。
3m以上ある弦がギリギリと音をたててしなっていく。
月の位置はあそこかしら。
ふくらはぎにべったりと唾液を擦り付けているペンギンから「クラーケンが船底に接触する!」と叫ぶ声が聞こえてくる。
信仰心で強化した体で目一杯引き絞った弓が限界点に達した。
突き抜けろ!
――――――――――SHOOT
音速を超えて走しる矢が、綺麗な糸を引くように大気を走り始めていく。
音を置き去りにした矢が分厚い雲に吸い込まれると、矢にかけていたジャイロー回転が分厚い暗雲を巻き散らし、小さな筒状の穴が開いた。
――――――――――そして、スポットライトを照らすように、白く輝く月の光が私に落ちてくる。
体に刻み込んだ信仰心が光を放ち始め、私の存在そのものが神域に達した。
ドラゴン級が一万個体以上いたとしても、今の私なら相手にはならないだろう。
「ギリギリで生き残る事ができました。」
スキル『真眼』が発動し、見えなかった漆黒の海の中に潜んでいる魔物達の全てを把握した。
理由は不明であるが、クラーケンから私に対する敵意を感じる。
分厚い雲が再び月の光を閉ざす前に、ことを終わらせる事にしましょう。
深海に潜む個体まで全て、0秒でクラーケンを殲滅させてもらいます。
時間の壁を突き破ろうとした時である。
神気を帯びた私に気付いたクラーケン達が後退を開始していた。
やれやれです。
今回だけは見逃してあげましょう。
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