第95話 ｖｓ大佐
森林から漂ってくる香りが、くつろぎを感じさせる。
近くで水が流れている音が聞こえてきていた。
この季節の都市内は日中の気温が軽く３０度を超えていくが、陽射しを遮っている森の中は過ごしやすい環境が保たれている。
Ｓ王国で開催されるＳカップ杯の会場を破壊するため、木々を縫うように伸びていくレールの上をゆっくりと走っていた次元列車の前に、Ｓ王国の軍人達が横一列に並び、進む先を塞いでいた。
次元列車を見たＳ王国の軍人達の立場になって物事を考えてみると、得体の知れない物体が首都に近づいていく様子を見て、警戒してしまったのだろう。
先に進むためには、その警戒を解かなければならない。
男という生き物は、清らかで可憐な聖女の姿を見たら、安心し警戒を解いてしまうお馬鹿な習性を持っている。
結局のところ、男とは可愛い女の子に甘いものなのだ。
時速２０ｋｍの速度で走っていた次元列車を停車させ、扉を開き下車すると、線路に敷かれているバラストを踏んだ感触が伝わってくる。
５０過ぎの体格のいい親父が、横一列で並んでいる軍人達の一歩前に立っていた。
軍服のデザインが他の者と少し違うことより、この親父が体長格の者なのだろう。
派手な十字架が刻まれた聖衣を着ている聖女を見た、体長格の親父が私をギロリと睨みつけながらこちらへ足を進めてきた。
メラビアンの法則によると、第一印象は視覚情報が５５％。聴覚情報が３８％。言語情報が７％だそうだ。
それはつまり、視覚的要素が完璧な私が完璧な挨拶さへすれば、第一印象はパーフェクトだということだ。
それでは、匠な仕事をさせてもらいます。
立ち止まって、背筋を伸ばし、活舌よく挨拶を開始した。
「聖女の三華月です。用事がありＳ王国へ急いでおります。そこを通して頂けないでしょうか。」
「俺はＳ王国軍の大佐部隊で隊を率いている隊長だ。」
大佐は微妙な表情を浮かべながら、私の動きを注意するように帽子のつばを指で挟み軽く会釈をしてきた。
私を見る目が鋭いのは、あまりの可愛さに目が釘付けになっているのかしら。
Ｓ王国でも私くらい鬼可愛い女子にはお目にかかれないだろうし、むさ苦しい環境の職場にいたら、自然にエロイ目になってしまうものだろう。
聖女の中の聖女のような女子が適当にそれらしい事を並べていれば、なんでも簡単に乗り切れるのが世界の常識だ。
はい。軽くここを乗り切ります。
「皆様、お疲れ様です。この森で何かあったのでしょうか。」
「何かがあっただと。先ほど突然、もう何百年以上も可動していなかったＳ王国を外敵から守る古代兵器が突然動き出し、こちらの方角に向かって砲撃を開始しただろ。見ていなかったのか。我々はその調査のためにここまで来たのだ。」
アンデッド王が私を砲撃してきた件だな。
はい。私はその砲撃で撃墜されて、死にかけてしまいましたよ。
軍人達は、その目撃情報を集めているのか。
もちろん知らない事にして、さっさと先に行かせてもらうことにしよう。
「その砲撃によって、何かが撃ち落とされたのでしょうか。全く気が付きませんでした。私は先を急ぎますので、もう行ってもよろしいでしょうか。」
「更に、この森からアンデッドの大群が現れたとの目撃情報が多数入っている。」
あら。私の問いがスルーされてしまった。
この大佐と名乗る親父、言いたい事だけ言ってきて、こちらの言葉はいっさい聞くつもりがないのかしら。
アンデッドの大群が現れた件については、もう成仏してしまっているので、いくら探しても見つかるはずがない。
「アンデッドの大群なんていませんでしたよ。何かの間違いではないでしょうか。」
「小娘、お前、もしかして、ネクロマンサーではないのか？」
大佐が耳を疑うような事を言ってきた。
死霊系スキルを使用するネクロマンサーは、私と対局にあるＪＯＢだぞ。
私が聖女であることが分かっていないのか。
私はとてつもなく聖女らしい容姿のはずだし、加えてこの聖衣に刻まれたド派手な十字架が見えないのかよ。
何だか、機嫌が悪そうにしている大佐には、優しく接する気分になれなくなってきた。
大佐との会話であるが一向に話しが進展しないこの状況を考えると、道を空けてくれるまで時間がかかりそうだ。
辛抱強く話しをしていくつもりだったのだが、次元列車だけでも強行突破させる手段も選択肢の一つに入れておくべきかもしれないな。
「私はネクロマンサーではありません。先を急いでおりますので、もう通ってもよろしいでしょうか。」
「小娘。お前がネクロマンサーである疑惑はまだ晴れていないぞ。我々にはＳ王国を守る使命がある。怪しい小娘を通すわけにはいかない！」
実際は、私を通さないというその判断は至極真っ当な判断だろう。
だが、私のどこにネクロマンサーだと疑う要素があるのだろうか。
大佐とは会話が噛み合わない。
問答無用で次元列車には先に行ってもらいましょう。
完全に支配下に置き掌握している次元列車の進行ルートを確定させます。
開いていた窓に防弾シャッターが降りていくと、次元列車が稼働を開始した。
次元列車は、自身の意思を無視して列車を動かしてきたことに抗議をしてきた。
「僕に悪戯をするのはやめて下さい。僕の信念は安全第一です。乗客を危険にさらす事など出来ないのです。」
「悪戯という間違った表現は使用しないでもらえませんか。それに
次元列車が動き始めると、大佐の「空けてやれ」の指示に、軍人達が塞いでいた進路を空け始め、空いた間をゆっくり走っていき、クレームを叫び続けている次元列車の声が少しずつ小さくなっていく。
ほぉう。
軍事達は、次元列車の進路を邪魔することなくスルーしたのか。
それはつまり大佐が怪しいと思っている存在は、鬼可愛い聖女だということになる。
その大佐が何故かぶち切れていた。
「小娘。やはりお前はネクロマンサーだな。国家反逆罪で地下牢にぶちこんでやる！」
どういう了見で私がネクロマンサーと判断されてしまったのかしら。
それに国家反逆罪とは、国家又は君主に対する忠誠義務違反の罪であり、Ｓ王国の国民に対して適用されるはず。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
同族殺しにならないように加減をしながら、大佐には制裁鉄拳を軽く見舞ってあげましょう。
気が付くと、いきり立ちながら間合いを詰めようとしていた大佐が、部下の軍人達に羽交締めにされていた。
「大佐、駄目です。」
「聖女・三華月様を知らないのですか？」
「あの聖女様は武神ですよ。帝国の武神ですよ！」
「馬鹿か。あんな小娘が武神のはずないだろ！」
この後、部下達の拘束を振り払った大佐は、私の鉄拳制裁を喰らって気絶してしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます