第90話 無自覚英雄譚

見上げると、空をおおい隠すように伸びている新緑の隙間から青空が覗き、鳥が気持ち良さそうに飛んでいる姿が見えていた。

これから始まるかもしれない戦闘に備え、森の中を一人で歩いていると、ひんやりと澄んだ空気が流れ、足元に広がる草やコケを踏むと柔らかい感触がする。

私を撃ち落とした機関砲は鳥に反応していないということは、空を飛ぶものを無差別に攻撃しているわけではないという事なのだろう。

私への砲撃は人為的なものであり、砲撃してきた者はS王国へ来る事が分かっていた者に絞られる。

それが誰であるかは、現在私の全方位を埋め尽くしているスケルトン達の姿を見れば、アンデッド王で間違いない。

藍倫に佐藤翔を捕縛されないようにするためにここまで来たのであるが、藍倫の護衛を命令したそのアンデッド王にやられてしまうとは思ってもいなかった。

森全体から動物と虫の声が消え、風で草が揺れる音が少し不気味な感じに聞こえてくる。

スケルトン軍団の中から全身をマントで覆い隠した何者かが前に出てきて、深くお辞儀をしてきた。



「三華月様。ご無沙汰しております。機関砲からの砲撃に被弾したのも関わらず、ダメージがゼロなのは、さすがでございます。」



アンデット王の声である。

世界を滅ぼす力を待っているのだろうが、所詮は私に勝てるほどのものではない。

のこのこと私の前に出てきたということは、あなたのTHE ENDが確定した。

とはいうものの、何か違和感がある。

そう、この感覚を知っている。

この感覚は、アンデッド王へ刺客として送りこみ、返り討ちにあってしまった魔獣・黒ちゃんが持っていた固有スキル『影武者』特有のものだ。



「あなたは、もしかしてアンデッド王の『影武者』なのでしょうか。」

「そうです。」



私の問いに黒マントの影武者はそっけなく答えてきた。

正面にいる黒マントはアンデッド王の影武者であり、本体は別の所にいるという事か。

考えてみると、藍倫を護る使命を与えたアンデッド王が、のこのこと私の目の前に出てくるはずもないか。

それはそうと、アンデッド王が魔獣・黒ちゃんの固有スキルを使用しているのは何故なのかしら。

抱えていた疑問を察したかのようなタイミングで、その答えについて影武者が話し始めてきた。



「何故、創造主が襲いかかってきた魔獣の固有スキルを使用しているのかご説明させてもらいます。ご存知のとおり想像主は『千里眼』の持ち主なのですが、それは右目に実装されているスキルでして、もう一方の左目が『複写眼』なのです。」



複写眼とは、その名のとおり模写して自分のものにするスキルである。

つまりアンデッド王は、魔獣・黒猫の固有スキル『影武者』を獲得していたということか。

88話で帝都からアンデッド王を『ロックオン』して、時を止めて狙撃したにも関わらず、何故仕留められなかったのか不思議だったのだが、私が仕留めた者は影武者だったというわけか。

やれやれ。またやっかいなスキルも獲得されてしまったな。

影武者が、アンデッド王の代理みたいな感じで質問をしてきた。



「三華月様に一つ質問させて頂きたいのですが、よろしいでしょうか。」

「はい。何なりと聞いて下さい。」

「有難うございます。三華月様は創造主を仕留めようとしているようですが、その理由について教えてもらえないでしょうか。」

「狙撃しようとした理由は、佐藤翔の安全を確保するためです。つまり、佐藤翔へ近づく危険な存在を排除しようとした次第なわけですよ。」



アンデッド王は危険な存在ではあるが、地上世界へ悪影響を与えるような行動はしていない。

実際には佐藤翔に危害を加えることはないのだろう。

私の返事に対して反論をしてくるものと予測していたが、思ってもいない返事をしてきた。



「佐藤翔とは、一体誰ですか?」



佐藤翔を知らないだと!

待て、待て、待て。

次元列車からの予測では、チートスキルを使いS王国の経済を廃滅寸前に追い込んだ佐藤翔を何とかするために、帝国が応援としてよこしたのが聖女・藍倫と言っていた。

確かに次元列車は予測の範囲と言っていたのではあるが、AIが予想を外すものとは思ってもいなかった。

それにアンデッド王が噓をついているとは思えない。



「私があなたを攻撃した理由とか、佐藤翔が何者なのか、そんなことはどうでもいいではないですか。」

「…。」

「私から影武者さんに質問させて下さい。それでは藍倫がS王国に来た目的は何なのでしょうか。」

「藍倫様がS王国で大きなレースがあると言うので、その護衛のために創造主も付いてきたそうです。」



ギャンブルをするためにわざわざS王国まで来たって、藍倫らしい納得の行動だ。

これはあの流れになっているかもしれないな。

テンプレ通りの流れならば、藍倫はギャンブルで一文無しとなり路頭に迷ってしまうが、私に次ぐ戦力を保有している有能過ぎる聖女の元へ誰も解決できなかった事件が迷いこんできて、ギャンブル好きの聖女が無自覚に世界を救う物語に発展してしまうパターンだな。

凄く嫌な予感がしてきた。

とにかく、藍倫が良かれと思ってやる事がほぼ私の望まない形になっているその事実が重要だ。

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