第91話 ふざけた名前であるスイカップ杯について

アンデッド達に埋め尽くされている森からは動物や虫の声が消え、風に揺れる枝葉の音がザワザワと森全体を共鳴していた。

枝の隙間から青空が見えているものの、足元に広がる苔や草に陽の光が届かないため、草は生い茂っていない。

ひんやりとした空気の中に、独特の死の香りが漂っており、見える範囲でも100個体以上のアンデッド達に包囲されていた。

次元列車からの情報では、佐藤翔の暴走を止めるためにS王国からの要請に応じて帝国が藍倫を派遣させたと聞いていたが、正面に立っているアンデッド王の影武者からの話しによると、藍倫はギャンブルをするためにS王国にやって来たらしい。


佐藤翔を保護されるという心配は無くなったものの、私のためにならない行動ばかりをする藍倫が、無自覚英雄譚を始めようとしている疑惑が生まれてしまった。

まだ疑惑の段階ではあるが、藍倫の行動を早期に阻止しておく方が安全だろう。

どん底な状態から始まるのが英雄譚の定番ルートのようで、藍倫は金を全てレースに注ぎ込んだ結果、一文無しとなってしまうというレールにのっているものと予測できる。

今は藍倫がギャンブルに有り金の全てを注ぎ込まないようにしなければならない。

とりあえず、正面に立っている影武者から、藍倫についても情報を引き出すことにした。



「影武者さん。藍倫がS王国に来た目的であるレースについての情報を教えて貰えませんか。」

「競馬です。明日、大陸3大レースと言われている『スイカップ杯』が開催されるそうですが、そのレースへ有り金全てを注ぎ込むと息巻いていたと聞いています。」

「スイカップ杯だと!何ですか、その『おっぱい星人達』の欲望をそのまま名前にした低俗すぎる名称は!」

「おっぱい星人って、どういう事でしょうか。スイカップ杯の名前の由来は、S王国の『S』と、スイカの名産地であるからと聞いております。」



駄目だ。

影武者は全然分かってないな。

スイカの名産地だからスイカップ杯に命名したなんて信じられるわけ無いだろ。

スイカップとはスイカ並みに大きい胸の事を指す以外の意味なんて無いのだよ。

由々しき事態の陥っていると認識しました。



「うむ。スイカップ杯から、Aカップ杯に名称変更させるべきでしょうね。」

「え?」



私の言葉に表情が読めないはずの骸骨舘が、何故か動揺し始めている。

おっぱい星人とは、服を着ている女の胸のサイズを言い当てようとする駄目な生き物であると知らないのかしら。

ついでに国名も、S王国からA王国へ名称変更させた方が良いだろう。

影武者がうーんと唸りながら「三華月様、少しよろしいでしょうか」と一言入れ、苦々しい口調で話しを続け始めた。



「三華月様。『ねたみはその身の仇』ということわざをご存知でしょうか。他人を嫉妬することは、巡り巡って結局は自分の身にはね返ってくるものであるという意味です。巨乳を敵視する貧乳女は見でいられないと言いますか…」



『バキ!』



音速のブーメランフックが、死角となる軌道を描き影武者の頭部を撃ち抜いた。

フードで隠れている頭蓋骨を破壊した感触がある。

アンデッドで無ければ間違いなく死んでいる一撃だろう。

気が付くと、私の周囲を埋め尽くしているアンデッド達がゆっくり後退を始めていた。

何だか私の方が凶悪犯人みたいな扱いになっていませんか。

影武者がフードがめくれ、丸見えになった頭蓋骨を手で押さえながら立ち上がってきた。



「我々は痛みを感じないのですが、恐怖は覚えるのです。」

「『口は災いの元』ということわざの意味をご存知ですか?」

「不用意な発言が災いを招くという意味ですね。以後は気をつけます。」

「そう言えば先日、『意外です。三華月様って料理がつくれるのですか。』とお馬鹿な強斥候が失礼な事を言ってきましたので制裁鉄拳をした出来事を思いだしました。」

「なんて失礼なやつなのでしょうか。三華月様が料理をされないと誤解して、それを口にするなんて。」

「影武者さんの言う通りです。ちなみにですが、私は料理なんて出来ませんよ。」

「…。なるほど。」



その物凄くぎこちない言い回しは何でしょう。

影武者の顔は骸骨なので表情を読む事が出来ないが、焦っている感じがする。

そもそも骸骨なのにどこから発声をしているのかしら。

でもまぁ、アンデッドなんぞに興味はないし、そんな事はどうでもいい。

それてしまった話しを元に戻させて頂きます。



「影武者さん達の目的は、私からアンデッド王を守る事でしたね。」

「そうです。僕達はその使命を与えられて創造主に造られました。」

「既に私は、影武者さん達の創造主であるアンデッド王に対して、攻撃を加える動機は無くなりました。つまり影武者さん達が与えられた使命は達成済みと言えます。皆様、お疲れ様でした。」

「…。」



S王国に来た目的である佐藤翔の確保は後回しにし、一旦は藍倫の無自覚英雄伝への対応を優先させる事にしたが、現在の第一優先事項は、ふざけた名前であるスイカップ杯の開催を叩き潰す事へ変更した。

これは神格を上げ、神の領域に近づきつつある私が人としてやり残していたものなのではないかという気がする。



「影武者さん達は、創造主から与えられた使命を失ったらどうなるのでしょう。」

「やはり成仏するかと思います。」

「それなら成仏する前に私の協力をして下さい。」

「僕達が三華月様に協力をするのですか。」



影武者が一歩後退し、距離を空けた。

私を取り囲んでいたアンデッド軍団達もザワザワ騒ぎ出している。

動揺が伝わってくるが、何故私に協力することに対して100%前向きになれないのかしら。

そもそもあなた達に選択権など存在しないのだよ。



「三華月様。具体的に僕達は何をお手伝いすれば良いのでしょうか。」

「そうですね。S王国首都内で『スイカップ杯の名称変更を訴える』抗議デモでもやってもらいましょうか。」

「私達がS王国内に入るのでしょうか。」

「はい。私の助力をお願いします。」



ザワザワしていたアンデッド軍団が静まり返った。

何かが起きる予兆がする。

そして、アンデッドの一個体が力なく倒れると、塵になり始めた。

これは成仏しているのでしょうか。

続いて他のアンデッド達も次々に成仏し始めていく。

神聖系な攻撃でも喰らっているのかしら。

影武者が私の疑問に対するフォローみたいなお別れを告げてきた。



「三華月様。使命が無くなったぼく達に新しい役目を与えてくれて有難うございます。ですが僕達アンデッドが街中に入ると、その街が大混乱するのではないかと思います。迷惑をかけたくないので、僕達はここで成仏する事にしました。」



影武者が別れの言葉を掛けてきた頃には、全てのアンデッド達が成仏を開始しており、そして最後の一体となった影武者が塵になっていく。

最近出会った者達の中では1番まともな者達だったのかもしれないな。

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