第88話 ここから狙い撃ちます

帝都の港街にある倉庫を利用してつくられた宿舎のフロントロビーの窓ガラスを見ると雨が落ち始めてきていた。

吹き抜けのロビーは昼間にもかかわらず暗く、壁にあるブラケットライトが石張りの床や、広い間隔で配置されているソファセットを明るく照らしてくれている。

S王国から温泉づくりにやってきた者に合うためやってきた高級ホテル内にて、黒河膳というタプタプした体型の男と会話ん重ねていた。


佐藤翔の親友であった黒河膳は、温泉づくりをするために預かったお金を詐欺ですってしまっており、私が繰り出した蹴りで顎を砕かれて気絶してしまい、宿舎のフロントロビーは騒然となっている。

それにしても気持ち良さそうな顔をしているというか、何だかただ寝ているようだ。

黒河膳のように異世界から転生してきた者が詐欺にあう事例は結構確認されており、そのほとんどは『俺は絶対成り上がる』と気張るのであるが、実際はすぐに心が折れてしまうのが現実なのだ。

元いた世界でメンタルが弱かった者が、こちらの世界で急に打たれ強くなるわけがない。

ギルド会館で喧嘩待ちする者も多いようだが、素行の悪そうな者達を見つけて絡まれようとする行為は禁止だし、詐欺師達に仕返ししようとしてもまた餌食になるだけなのだ。

先の先を見据えてリスク管理をしながら行動している知能犯達に、今まで思考を停止して生きてきた者が勝てる見込みなんてないだろう。

黒河膳についてであるが、私に神託を降ろしてくれる存在に成長する可能性を感じないため、この世界から退場して頂く事にしましょう。

黒川膳を冷めた目で見下ろしているボーディガード役をしていた獣人ちゃんへ、今しがた書いたばかりの手紙を渡した。



「帝都の教会へ行って頂き、そこに現れる次元列車という乗り物へ、この手紙をお渡し願えないでしょうか。」



獣人ちゃんへ渡した手紙には、こちらの宿屋で気絶し、スキル『鑑定眼』を破壊した黒川膳を元の世界へ送り届けるようにと書いていた。

帝都を東西に横断する大通りの1本裏路地にある宿屋から出ると、行き交う人が傘を開き始めており、正面玄関に立っていた宿屋の従業員が、笑顔で「こちらの傘をお使いください」と差しだしてくれたので、お礼を言いその傘を受け取った。

この世界の者は聖女には世話になっている者が多く親切なのだ。

傘をさして外へ出ると地面から銀色の鎖がニョロリと顔を出して私を待っていることに気が付いた。

魔獣・黒ちゃんの心臓に巻き付けていた『隷属の鎖』が、私の元へ戻ってきたのだ。

黒ちゃんはS級相当の魔獣であったのだが、格が違うアンデット王に、なすすべもなく敗北することは予測通りだ。

だが、接触してくれたおかげで予定どおり遠距離から狙撃するために『千里眼』を獲得しているアンデット王へ『ロックオン』を刻むことができたようだ。

骸骨を狩る趣味はないが、これも成り行きだ。

――――――――――ここからアンデッド王を狙い撃たせてもらいます。


雨がポツリポツリと降り始めている中、傘をさし帝都を東西に横断する大通りへ足を進めて周囲を見渡すと、大通りを馬車が駆け抜けていく。

傘をさしながら歩道を歩く人々がいろいろなスピードで私をチラ見しながら歩いていた。

湿った匂いがし、都会独特の騒音が聞こえてくる。

ただでさえ目立つ鬼可愛い聖女が、こんな街中で矢をブッ放してしまったら驚かれてしまうので、周囲に気が付かれない速さで、アンデッド王を狙撃させていただきます。

脳内処理速度のリミッターを外すと、横を走り抜けようとしている馬車が少しずつ停止へ向かいスローになっていく。

世界から騒音が消え、雨が静止し、まわりの人達の瞳から生気が消えて無機質な存在になっていた。



私は運命の弓をスナイパーモードで召喚して、運命の矢をリロードする。



身体がやたらと重く感じる。

というか動く事が出来ない。

時が止まった空間で、空気が壁になっているのだ。

やれやれです。

信仰心により限界まで武装強化を開始する。

全身に刻まれた信仰心が輝き始めると身体に自由が戻り始めていく。

時間の壁を突き破った瞬間である。

黒河膳に横一閃を放った際は一連の作業を無意識で一瞬に行った。

今更ながらに考えると、あの時は黒河膳に相当追い込まれた精神状態になっていたのかもしれない。

持っている傘から手を離し、姿を現わした全長3m以上ある弓を握った。

頬にあたる静止した雨が少し冷たい。



リロードした運命の矢に聖属性をエンチャントし、スキル転移を発動する。



正面に『転移の魔法陣』が浮かび上がってきた。

アンデッド王。あなたを狙い撃とうとする私の姿がスキル『千里眼』で見えていますか。

S王国にいるあなたとの距離は約500km離れていますが、『転移』された矢は0秒であなたに到達する。

つまり回避不可能なのだよ。

ロックオンは正常に働いている。

それでは、これでGOODBYE_FOREVERですね。

聖属性をエンチャントした運命の矢を限界まで引き絞っていった。

雨が静止した世界の中でナイフのように硬化しており、私の体を切り刻んでいく。

死ぬほどの怪我ではないのでこれくらいは問題ないだろう。

ギリギリ引き絞っていた弓のエネルギーが臨界点に達した。

それでは、アンデット王を狙い撃ちます。

――――――――――SHOOT


手応えが無い。

撃ち放った矢が、転移してロックオンしたはずのアンデッド王をゼロ秒で撃ち抜いているはずなのだが、一体何が起きているのかしら。

おいおいおい。GOODBYE_FOREVERとか言ってしまっていた自身が恥ずかしく感じてしまうじゃないか。

時が静止した時間の中での出来事だから、誰にも見られていないよな。


気が付くと消えていた音が戻り始めていく。

緊張が解かれ、脳内処理速度が戻り始めているようだ。

私を見つめていた人達の瞳に、活力が戻り始めていた。

運命の弓の召喚を解き、宙に浮いて状態で静止していた傘を手に持つと、既に動き始めている馬車がスピードを上げていき駆け抜けていく。

傘にあたる雨の感触が戻り、傷ついていた体が再生していた。


アンデッド王の狙撃に失敗してしまったということは、それはこのままだと聖女・愛倫に佐藤翔を確保され、更生されてしまうと言う事だ。

S王国までは直線距離で約500kmを音速の速さで移動しても約25分かかるのか。

やれやれです。

創意工夫のない手段となるが、三条家の本家で待たしている馬型の機械人形にて、これからS王国へ向かう事にしましょう。

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