第86話 グレートでない胸が高鳴る
雲の位置が低い。
太陽の陽射しが半分以上は遮られているが、外は十分に明るく魔導の灯りを照らすほどではない。
帝都の街を南北に真っ直ぐ伸びている大通りには、たくさんの店が軒を連ね、多くの人や荷台が不規則に行き交い、子猫がじゃれあうよう子供達が自由に動き回っていた。
ポツリポツリと降り始めた雨はそれほどではなく、傘をさしている者は僅かである。
帝都で最も大きな教会が近いせいもあり、たくさんの神官達の姿があり、皆、私を見かけると深く頭を下げてきていた。
帝都の歓楽街に向かい歩いていた。
目的地は、この帝都で温泉をつくるために、S王国からやってきた者が宿泊しているというホテル。
その者の名は黒河膳。
異世界から召喚者である可能性が高く、何らかのスキルを所持しているものと思われる。
その男へとある貴族が融資をする情報を教会で得ていたのであるが、失敗すると分かっている事業へ投資する者などこの帝国にはいない。
黒河膳が催眠系のスキルを使用し、貴族から不正に金を引き出そうといる可能性がある。
神託が降りる案件に発展するかもしれない。
うむ。
グレートではない胸が高鳴ってきましたよ。
どうでもいい事だが、召喚者は温泉をつくりたがる者が多いのは、異世界には温泉の神様がいて温泉教という宗教でも存在しているのかしら。
黒河膳は、帝国でも有数の広さがある敷地を有する格式高いホテルに滞在していた。
元々は工場として使用されていた建物をリフォームし造られたもので、その延床面積は相当な大きさが確保されている。
玄関に入ると吹き抜けとなっているロビーは綺麗に装飾され、職員達の身だしなみを見ても高級なホテルだと分かる。
フロントの者へ黒河膳に会いにきたことを告げ、等間隔に置かれた3人掛けソファーに座っていると、ホテルスタッフに連れられて、でっぷり体型の男が獣人の女の子を従え、姿を現してきた。
ロン毛にバンダナをし、ラフな服を着ている。
その男こそが、黒河膳であると直感した。
ソファーから立ち上がり、姿勢よく笑顔でお辞儀する私を見た男は、ロビー内に響く声で叫んできた。
「美少女聖女が、ついに来たぁぁぁ!」
初見であるが、修羅場をくぐり抜けてきたオーラが感じられない。
私をみる顔はだらしなくふやけ、触り心地のよさそうなたるんだ腹がタプタプ揺れている。
服装を含め、全てが緩い。
融資を受けるために貴族を騙すような雰囲気が微塵もない。
危険度はスライム以下ではないかしら。
傍らで私を威圧している獣人の女の子はボディーガード役かしら。
黒河膳が、獣人の女の子に注意を促している。
「聖女殿は高潔でお優しい人だ。拙者に危害を加えるような人ではない。警戒を解きなさい」
人を見た目で判断してくれて有難うございます。
私の最大の取り柄は第一印象だからな。
ボディーガードの獣人ちゃんも可愛い女の子だし、黒河膳は見た目だけで人を判断する性格なのかしら。
警戒心もないようだし、容易に情報を引き出すことが可能だろう。
黒川膳。ちょろい奴だな。
ソファーに座り適当に挨拶をしながら話しを聞いていくと、帝都には一緒に召喚されてきた親友である佐藤翔の特命を受けて、温泉を造りにきたそうだ。
帝国へ来た目的が、内乱や画策の類でないというのは残念だ。
私を品定めしているようなエロイ目付きをした黒河膳が前のめりになっている体勢をキープしながら、質問をしてきた。
「聖女殿。拙者へ会いにきてくれた要件を伺いましょう。」
「有難うございます。」
「出来るだけのことをさせてもらう所存です。」
「ははは。実は私も温泉づくりに興味がありまして、話しを伺いにきた次第です。」
もちろん温泉づくりなんぞには興味のかけらもない。
私は容姿だけは清廉潔白で高潔だが、目的のためなら平気で嘘を吐く狡猾な女なのだ。
私の適当な嘘に黒河膳が歓喜の声を上げて顔を近づけてきた。
何故か手も握られているのだけど、その手が汗ばんでプヨプヨしている。
「聖女殿。拙者のパーティーに入ってござらぬか!」
目が血走っている。
男の隣に座っている獣人ちゃんは、黒河膳を嫌な者を見るような目で眺めていた。
もちろんパーティー加入の話しはお断りします。
返事は先延ばしにして、確認したい内容を確認させてもらいましょう
「先に温泉事業について伺いたいのですがよろしいでしょうか。」
「はい、拙者で答えられる事なら何でも聞いてくだされ。」
「有難うございます。温泉を造るにあたり帝国貴族に融資してもらえるという話しを聞きましたが、それは信用できる貴族なのでしょうか。」
「ご安心ください。現在、帝国で最も名家と言われる三条家当主である華月殿と直接話しをしているでござるよ。」
私の名前をかたる者と、融資の話しをしていたのか…
これは、黒河膳は詐欺にあっている被害者側とみて間違いなさそうだ。
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