第85話 温泉をつくりたがる召喚者達
次元列車内から窓の外を見上げると、遠くにいた雲が太陽を覆いはじめている。
湿った風が強く吹き草原地帯の揺れる草の音が騒がしく、そろそろ降ってきそうな気配だ。
氷雪地帯にあるプラットフォームに停車していた次元列車は、海洋を抜け、草原地帯で羊の群れに囲まれて立ち往生をしていたが、今は時速20kmの速度でF美がいる帝国へ向けて走っている。
F美は、可愛がっていたモフモフの黒ちゃんが、とんでもない殺人鬼だったことを知り、ショックを受けているだろう。
「次元列車さん。できるだけ早く、帝都にいるF美へ接触をしたいのですが、この列車に実装されているという特急仕様にて、走行してもらえないでしょうか。」
次元列車のスペックを掌握する過程の中で、特急仕様というものが実装されている事実を知ったのだ。
以前『僕は路面電車をベースに改良された駄目な奴なのです』みたいな自虐を言っていたと思うのだが、話しが矛盾していませんか。
私って、おちょくられていたのかしら。
次元列車が、その特急仕様についての説明をしてきた。
「特急仕様に切り替えれば、時速300km程度の速さで走行することが可能となりますが、特急を利用する場合は乗車前に『特急券』を購入する必要があります。三華月様は、その特急券をお持ちになられているのでしょうか。」
特急券なんて持っていません。
速く走るこたが出来るのに、訳の分からない理由を並べてくる次元列車へ、苛ついてきた。
つべこべ言わないでその特急モードで走行してくださいよと思いつつ、その特急券について『アーカイブ』で調べてみると、対処方法を見つけてしまった。
「特急券は持っていない状態で乗車しても、車掌から購入出来るというルールがあると分かりました。この列車内には車掌がいないので私が車掌の代役をやらせてもらう事にしましょう。」
「…。」
何故か次元列車が黙りこんでしまったのだが、どうしたのだろう。
もしかして車掌用の制服を着ないといけないって事ですか。
やれやれです。
私の車掌姿が見たいのかしら。
AIにも制服フェチがいるようだな。
これは鬼可愛い女の子ならではの宿命みたいなものだ。
次元列車が突然、低く尖った声で質問をしてきた。
「三華月様。車掌の仕事を舐めていますよね。」
「舐めているとは、どういうことですか。車掌をするなら、やはり専用の制服を着ないと駄目でしょうか。」
「車掌の制服って。三華月様は一体何の話しをしているのですか。」
「もちろん私が車掌の姿にコスプレする話しです。」
「だから、何で三華月様がコスプレをする話しをしているのでしょうか。僕は車掌の仕事は大変であると言いたいのです。」
私が鬼可愛い聖女である話しはどこに行ってしまったのかしら。
それから、どうして次元列車はキレているのでしょうか。
何だか嫌な予感がするな。
その次元列車が、車掌あるあるみたいな話しをしてきた。
「ダイヤが乱れた際に、車掌が乗車していた者からのクレーム対応に嫌気がさして、制服を脱ぎ捨てて電車から飛び降りてしまった話しをご存知ですか。」
「もちろん知りません。そもそもこの世界では電車という乗り物はあなた以外に存在しないではないですか。」
「僕が言いたいのは、それくらい車掌という仕事は大変だってことなのですよ!」
なんだかよく分からないあるある話しを聞かされているのだが、私が車掌服を着る必要がないということか。
これ以上、話しをするのも面倒なので、特急券は購入していないが、勝手に特級仕様に切り替えて走行してもらいます。
次元列車の承諾なしに操作を開始していると、また訳の分からないことを言ってきた。
「僕に悪戯をするのは、やめてください!」
AIからの言葉を無視して、平均時速300kmで次元列車が走り始めると、30分ほどで帝国首都へ到着した。
空には雲が広がり、空気が湿っていた。
まもなくこちらにも雨が降ってくるだろう。
帝都内に入ると、障害物を避けながら時速20kmで走る次元列車へ子供達が勝手に乗り込んできており、車内がぎゅうぎゅう詰めになりつつある。
次元列車から、再びわけの分からないあるある話しが聞こえてきた。
「乗車率が160%を超えてしまうと、車内で身動きが出来なくなるのですが、知らない人と向い合ったままの状態になってしまったら、すごく気まずくなってしまうので注意して下さい。」
今の状態の乗車率がどれくらいか分からないが、気まずいという心配より、子供達が暴れまわって怪我をしないのかが不安だ。
それから、こちらに注意を促すくらいなら、乗車率が上がらないように調整してほしいものだ。
なんやかんやで次元列車は、無事にF美がいる教会へ到着した。
帝国の教会は、教国に次いで大きな建物で、中央通りに面した帝国最大の広場に中に建っている。
最大2000人が収容できる礼拝堂があり、シンメトリーな美しいレンガ造りの建物だ。
列車から下車し、神官の案内でF美が生活している部屋の前に立ち、扉へノックをした。
「F美さん、入りますよ。」
F美は、可愛いがっていたモフモフの黒ちゃんが、知らないところで女子供を殺しまくっていたという真実を知ってしまい、ショックでベッドにうつ伏せの状態になりながら泣いていた。
出来るだけ柔らかい声で、これからについての話しを開始した。
「ご無沙汰しております。異世界を航行することが出来る次元列車という乗り物を連れてきましたので、F美さんを元の世界へお返しさせて頂きます。
F美さんがモフモフと言って可愛がっていた黒ちゃんが殺してしまった者は、全員私が復活させますので安心して下さい。」
私の呼びかけにF美は、悪夢から目を覚ましたようにガバッとベッドから起き上がった。
泣き続けていた目が腫れている。
「三華月さんは死んだ人を復活させる事が出来るのでしょうか。」
「はい、私は最も神格が高い聖女ですから。実際に黒ちゃんも復活させたのは御存知の通りです。」
実際のところは、私でも死者の復活は許されていない。
地上世界でそれを行う者は、ネクロマンサーと呼ばれており、復活する者は死霊となってしまう。
魔獣・黒ちゃんを復活させる事が出来たのは核となる魔石を獲得しており、世界の記憶『アーカイブ』にその方法が記されていたためだ。
少し前向きな気持ちになることができたF美を、次元列車へ乗せ、AIへこちらのことは心配しないように伝えていた。
「次元列車さん、F美さんを元の世界の自宅まで送ってください。私は佐藤翔の安全を確保するためにS王国へ向かいますので、急いでこちらに戻ってくる必要はありません。重ねて言いますが、急ぐことなく、安全にF美さんを送り届けてください。」
◇
帝都の空が曇天に変わりポツリポツリと雨が落ち始めている。
やはり降ってきたか。
佐藤翔の安全を確保する約束を次元列車として異世界へ送りだしたのだが、実際は急ぐ旅でもないし、せっかくなので帝都内をパトロールでもさせてもらいましょう。
というのも、教会に寄った際、少し気になる情報を拾ったからなのだ。
数日前、S王国で異世界からの召喚された男が帝都にやってきて、『温泉』事業を開くため資金を調達するべく、帝都内を駆けずりまわっている情報を得ていた。
タイミング的に佐藤翔と一緒に召喚されてきた者かもしれない。
それにしても、何故、異世界から召喚されてきた者達は毎度『温泉』を造りたがるのでしょうか。
その全ての者が資金回収計画をたてられない者達ばかりであり、誰も相手にしないはずなのだが、今回はとある貴族が融資を申し出たとの情報を得ていた。
過去の事例によると、温泉をつくりたがる召喚者に貴族が資金を出してしまった場合、事業が失敗し、奴隷堕ちしてしまうのが既定のルートである。
元の世界で事業計画をした経験がないポンコツが、この世界で成功するはずがないのが現実なのだ。
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