第84話 俺様TUEEE

見上げると空が雲に覆われてきており、湿った風が吹いている。

まもなく草原地帯へ雨が降ってきそうだ。神託は完了したものの、次元列車は佐藤翔を異世界へ帰そうと考え、S王国へ目指し進んでいたが、草原地帯で羊の群れに包囲されて身動きがとれなくなっていた。

取り囲んでいる羊の大合唱が聞こえ、列車が揺らされている。


チートスキルを獲得している佐藤翔は、このまま自由に泳がせておけば、金のにおいを嗅ぎつけることに長けている悪党達とwin-winの関係を結び、再びS王国を混乱に陥れるだろう。

本人も元の世界へ帰ることを望んでいないだろうし、私としても佐藤翔は暫く放置しておきたい。

私には駄目人間という生き物の思考が分かるのだ。


羊を使い次元列車の足止めは完了した。

当面の問題は、佐藤翔を確保するためS王国の要請により帝国が送りこんできた聖女・藍倫と、藍倫の護衛役につけていた黒マントで全身を覆い隠しているアンデッド王の存在だ。

帝国もとんでもない奴を送り込んできた。

佐藤翔を食い物にしようとする奴等が、最強ランクのS級だったとしても、アンデッド王には歯が立たない。

そう。このままだと、佐藤翔は確実に捕らえられ幽閉されてしまうだろう。

消去法となるが、アンデッド王に唯一対応ができる私が、ここから狙撃をしなければならない。

そこで、2000km離れた位置にいるアンデッド王へスキル『ロックオン』を刻み込むために、魔獣・黒ちゃんを復活させたわけであるが、その黒ちゃんが俺TUEEEを全開させていた。



≪人間ごときが我にお願い事をするなど許される事ではない。調子にのるなよ、聖女ごときが!≫



その根拠のない自信はどこからくるのだろうか。

確かに少しばかり厄介なスキルを獲得しているようだが、月の加護を受けている地上世界においてS級相当である黒ちゃんごときの実力では私に叶うわけがないし、『隷属の鎖』の効果で私へ逆らえない状態にもなっている。

このまま俺様TUEEEがまだ続くようなら、命令を強制実行させてもらいましょう。



「黒ちゃんさんには、2つのお願いがあります。一つ目はそのフォログラム映像に映っている黒マントを殺してきてください。」

≪あの映像の黒マントか。ふん、まぁいいだろう。≫



安請け合い頂き有難うございます。

アンデッド王には聖属性でないとダメージを与えられないので、黒ちゃんが勝利出来る確率はないのが現実だ。

それでは、もう一つお願いをさせてもらいます。



「もう一つのお願いとは、人をむやみに殺す事を禁止します。黒ちゃんさんはF美の元で、1000人以上の女・子供を殺しておりますが、それは卑劣な行為であり許されるものではありません。」

≪ふん。人間達も、馬車を襲う盗賊達が現れたら、我と同様に情け容赦なく、弱き盗賊達をいたぶり殺しているではないか。弱き人間なんぞ、強き者の気分次第で殺しても構わない存在なのだろ。≫



黒ちゃんは異世界から召喚されてきたF美によって生かされている魔獣であり、今もF美とは繋がっている。

黒ちゃんをモフモフと可愛がり、人を虫けらのようにいたぶりながら殺す魔物であるという真実の姿を知らない帝国にいるF美は、立体フォログラム映像にて、この会話をリアルタイムで聞いている。

もちろんその事は黒ちゃんには教えていない。

F美は、次元列車にて元の世界へ帰すつもりであるが、その前に黒ちゃんの正体を教えているのだ。

さて、俺TUEEEを垂れ流してくる黒ちゃんの相手をするのが辛くなってきた。



「黒ちゃんさん。能書きを垂れ流すのはもういいので、S王国にいるアンデッド王を倒しに行って下さい。」



羊の群れに囲まれて身動き出来なくなっている次元列車から、黒猫の姿をした魔獣・黒ちゃんが飛び出していくと、S王国の方角へ走り去っていく。

上空を周回する衛星から疾走していく黒ちゃんの映像を見ていると、時速200km程度の速度が出ているようで、直線距離で2000km離れたS王国までは最短で10時間で到達する計算になる。

私も急いで次の行動に移らなければならない。

羊の群れと格闘している次元列車へ、行き先の変更をお願いをしてみた。



「S王国へ行く前に帝国へ寄ってもらえませんか。こちらの世界へ召喚されてきたF美という者がいるのですが、心身共に衰弱しておりまして、次元列車さんにその者を元の世界に帰して頂きたくお願い出来ればと思います。」

「え、僕が異世界からの転生者を、元の世界へ送り届けるのですか。」

「あなたは、その為に生まれてきたのでしょ。」

「そうなのですけど、まだ一度も異世界に移動したことがないものなので、いきなり言われて驚きました。本当に私は異世界へ行けるのでしょうか。」

「はい、大丈夫です。頑張って下さい。」



大丈夫かどうかは、やってみないと分からない。

と言いますか、まだ一度も異世界へ移動したことがないって、次元列車は生まれてきて数万年が経過しているはずなのだが、これまで何をしていたのかしら。

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