第83話 だが、断る。
コミュニケーションが苦手で、勉強を頑張る事も出来ず、容姿も普通であったF美は、高校2年生の時、異界神の信者達からの呼びかけに応じて、黒猫の姿をした魔獣と共に、こちらの世界へ召喚をされてきた。
その際にS級相当の魔物を配下に出来るチートスキルを獲得していたF美は、黒猫の姿をした魔物に黒ちゃんという名前をつけ、新しい世界で生活を始めるのであるが、当初は誰からも相手にされず悲惨な生活を送っていた。
だが、暫くするとF美と揉めた者は殺されるという噂さが広がっていき、皆が親切な対応をとるようになり、そしてF美はたくさんの人達に頼られる充実した生活を送るようになっていく。
黒猫の姿をしていた魔獣の黒ちゃんが、F美と敵対する者を見境なしに暗殺していたのだ。
事態を重くみた三条家からの依頼を受け、三華月が魔獣・黒ちゃんを討伐し、それからF美の転落人生が始まった。
現在F美は、教会に保護されているのであるが、元々コミュニーケーションが苦手という事もありこちらでの生活に馴染めないでいた。
1年が経過したある日、死んだはずの黒ちゃんの鼓動を感じとると、突然F美の前に三華月と黒ちゃんの姿がうつった立体フォログラムが現れた。
◇
向こう空から重たそうな雲が近づいていた。
空気は湿っけ、まもなく雨が降ってきそうだ。
一両編成の次元列車は草原地帯にて羊に囲まれ、動けないでいた。
四方から羊の鳴き声が聞こえ、波に揺れる船のように車体が動かされている。
車内では、空を周回する衛星からおくられてくるS王国の立体映像が映しだされていた。
そこには、純白の聖衣を身に包んでいるぽっちゃり体型の聖女の姿がある。
ふざけた性格をしているが、遠い未来に大英雄になる可能性を秘めている聖女・藍倫だ。
帝国の命を受けて、藍倫が佐藤翔の捕縛するためにS王国へやってきたと思われる。
次元列車は異世界から召喚されてきた佐藤翔を元の世界に帰したいと考え、私はこのまま放置したい画策していた。
承認欲求を満たすことに快感を覚えた佐藤翔はこのまま野放しにしておけば、寄ってくるハイエナ共とwin-winな関係を構築し、再びS王国を混乱に陥れようとするはず。
その最大の障害となるのは、現状況を鑑みると藍倫の護衛をしている
OKです。
約2000km離れたS王国にいる死霊王を、ここから狙い撃たせてもらいましょう。
車内に浮かぶ立体フォログラム映像を見ながら未来視を発動させ狙撃をしたとしても、奴が持って『千里眼』に補足されてしまうだろう。
死霊王を仕留めるためには『ロックオン』の魔法陣を刻みこみ、『転移』を利用し着弾時間0秒で狙撃する必要がある。
そう。遠く離れたS王国にいる死霊王へ『ロックオン』を刻みこまなければならないのだ。
そこで、魔獣・黒猫の黒ちゃんを復活させることにした。
「次元列車さん。魔獣を復活させようと思っているのですが、必要なエネルギーを少しばかり分けてもらえないでしょうか。」
「いきなり何ですか。どうしていま、魔獣を復活させなければならないのですか?」
「理由ですか。大まかに言うと、世界の平和のためです。私は、最も神格の高い聖女なのです。もっと信頼して下さい。」
「何だか怪しい気配を感じます。もっと具体的に魔獣を復活する理由を教えてください。」
神格の高い私の言葉を疑うのか。
正しい判断なのだろうが、聖女の言葉を信じないとは舐めた性格をしていやがる。
具体的な理由を教えろというものの、真面目に答えてしまうと、面倒くさいことにな
るのことは分かっている。
うむ。もうこれは、次元列車から了解を得る必要などないだろう。
既に私は次元列車の機能を完全に掌握していた。
そう。次元列車に実装されている設備を自由に使用できる状態になっているのだ。
それでは、エネルギーを頂戴し、魔獣を復活させてもらいます。
魔石の中に記憶されている魔獣の設計図を展開させる情報は、世界の記憶『アーカイブ』から取得している。
列車内に無数の魔法陣が姿を現し、光を放ちながら高速回転を始めた。
魔法陣同士が、結合・分裂を繰り返していく。
魔獣・黒猫の細胞が生まれ、少しずつその姿を形成し始めている。
その時、エネルギーを勝手に利用されていた次元列車が、誤解を招くような発言をしてきた。
「三華月様。僕の体に悪戯をするのはやめて下さい!」
「悪戯って。魔獣・黒猫を復活させる為、エネルギーを少し貰っているだけではないですか。」
「先ほども伺いましたが、魔獣を復活する理由を教えてください。」
「はいはい。分かりました。S王国に
「死霊王を滅ぼすって、その者はそんなに悪い奴なのでしょうか?」
「何を言っているのですか。アンデッドは人類の敵と相場は決まっているではありませんか。」
「僕の情報では、死霊王が世界に不利益になるようなことをした履歴はありません。更に言いますと、現在、聖女・藍倫様の護衛役を勤めております。彼が人類にとって有害な存在とは思えません。」
「いえいえいえ。奴は以前、迷宮内で危ない武器を製作していた過去がありまして、危険な存在であることには変わりません。何かをしてからでは遅いではないですか。理解・協力願います。」
次元列車との会話を重ねているうちに、魔獣・黒猫は完全な姿に出来上がっていた。
命の鼓動を感じる。
私が討伐した黒ちゃんは、自身よりも弱者である人類を虫けらと言っていた。
その性格もそのまま再現出来ているのかしら。
表情に動きがある。
意識を取り戻そうとしているようだ。
黒猫の姿をした黒ちゃんの目が開いた。
そして、狭い車内の中で、私を見るなり大きな声を上げた。
≪人間の聖女。許さんぞ!≫
黒猫が、私から間合いをあけるように後方へ跳躍すると『かまいたち』を繰り出してきた。
かまいたちとは、物質を斬り刻む刃のような旋風で、危険な物理攻撃である。
元気そうで何よりだ。
私を敵視しているところを見ると、性格も変わっていないみたいだ。
飛ばしてきた『かまいたち』はというと、私を斬り刻むことなく、衝突する寸前で跡形もなく消滅してしまった。
その状況に黒ちゃんが困惑した声を上げてきた。
≪我の『かまいたち』が消滅しただと!≫
どうやら、魔獣・黒ちゃんは1年前、私に殺されてしまったことに気が付いていないようだ。
現在進行系で戦闘を続行していると思っているのだろう。
復活させた魔獣は、性格どころか、記憶するも再生させてしまった。
敵意むき出しにしている黒猫は、『かまいたち』を連発しているものの、その全てが私へ到達する前に消えてしまっている。
そして、今いる環境が変わっていることにも気が付き、ただならぬ異変を感じ、言葉を発してきた。
≪ここはどこだ。聖女。我を転移させたのか!≫
「黒ちゃんさん。あなたは私に殺され、今しがた復活して差し上げたところです。」
≪我を殺しただと!≫
「そして、あなたの攻撃が私へ届かない理由を教えてあげますと、黒ちゃんさんの心臓には『隷属の鎖』が巻かれており、私に逆らうことが出来ない状態になっているからです。」
魔獣がようやく攻撃をやめ、状況を確認し始めた。
ここには場所も違えば、F美の姿もない。
F美は現在、教会で引き籠っている。
次元列車なら、元の世界へ帰すことが可能だ。
そのために、古代人は次元列車を造ったのだろうが、こいつはというと、生まれてきた使命を果たすことなく北の氷雪地帯で数万年間も動かずにいた。
まずはF美を元の世界へ帰して差し上げましょう。
だがその前にモフモフの黒ちゃんの正体をF美に教えなければならない。
「次元列車さん。魔獣黒猫が復活した映像を帝国の教会にいる者へ見せてあげたいのですが、可能でしょうか。」
「もちろんです。帝国の衛生活動をしている機械人形経由で可能です。」
「それでは、魔獣・黒猫の元マスターがいる部屋に映像を出して下さい。」
「魔獣が復活したことを教えてあげるつもりですね。承知しました。教会へ列車内の立体フォログラム映像を投影致します。」
特にこちら側に変わった様子はないが、列車内の映像について、F美の部屋へ中継放送が始まったようだ。
ちなみに、黒猫は次元列車との会話は理解出来ていない。
そして次元列車の方は、黒猫の声は『ニャーニャー』としか聞こえていない。
黒ちゃんの言葉を理解認識出来るのは、私を除くと、帝都の教会でフォログラム映像を見ているF美だけ。
それでは、イベントを始めさせていただきます。
「黒ちゃんさん。あなたへ頼み事がありまして復活させました。」
≪頼み事をしたいのなら、その前に我の心臓に巻かれている『隷属の鎖』を解除しろ。≫
弱い立場にいるはずなのに、その上から目線な態度はなんでしょうか。
更にいうと、私を比べ遥かに戦力が劣るはず。
圧倒的な力で敵をねじ伏せる、俺様TUEEEみたいな性格をしているな。
俺様TUEEEは『だが、断る!』と、やたら言いたがると聞くが本当なのかしら。
「黒ちゃんさん。もう一度言いますが、お願いを聞いてもらいませんか。」
≪我にお願か。話だけなら聞いてやる。だが、断る!≫
凄く満足そうな表情をしている。
やはり、その言葉を言いたかったのだろうか。
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