第76話 ブチ切れる音

闘技場のように広く取られていた空間は天井が高く、昼間のように明るく照らされていた。

乾いた風が流れている。

背後には、幻影通りから連れてきた眼鏡女子の月姫とメタルスライムが、十戒との戦闘を静観し、正面には心臓を撃ち抜かれいったんは絶滅したものの、現在進行形で崩壊中の『転生』により復活を果たした十戒が立っていた。

その姿は、人のものでは無く、狡猾で醜い魔物であるゴブリンであった。

自身がゴブリンの姿に転生してしまったことを認識した十戒は、怒りと悲鳴が入り混じった声をあげ始めた。



<< 十戒 >>

・種族  : 俺だけレベルアップできるゴブリン

・JOB : ダンジョンマスター

・スキル : 転生、ダンジョンウォーク、捕食、ミラー、etc



≪うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!≫



うむ。それだ。その声だ。

絶望した声を聞かせてくれて、有難うございます。

これは期待していた以上のものだ。

期待値を上回ってくる時、そこに感動というものが生まれてくるというが、まさにそれだな。

ふぅぅ。とても爽やかな気分になることができました。

私が嬉しそうにしている姿を見ていた月姫が、聖女としてその様子は不謹慎ではないかと指摘をしてきた。



「三華月様。申し上げにくいのですが、聖女様が人の不幸を見て喜んでいる姿には違和感があるのですが。」



眼鏡をかけたクラス委員長に注意されている不良みたいな扱いをされているのかしら。

私より美乳であるかもしれない月姫は、61話で十戒が私のボティラインについて『貧弱なバディ』と暴言を吐いた事実を知らない。

うむ。この情報を月姫にも共有してもらいましょう。



「私の控えめで可憐な身体のラインを見て、『貧弱なバディ』と言いやがった生きる価値無しのくそ外道のことなんて、どうでもいいではないですか。」

「え。あのゴブリン。三華月様を見て、貧弱なバディだといったのですか。だとしたら、許せることではありません。死刑よりも重い刑が妥当であると思います。」



月姫が自分の胸を両腕で寄せ、眼鏡をキラリと光らせながら無邪気に口角を吊り上げたその笑顔は、禍々しものだった。

――――――その時、突然、十戒ゴブリンがいる足元の地面に穴が開いた。

十戒ゴブリンがスキル『ダンジョンウォーク』を発動させ、逃走を図るつもりのようだ。

それは想定内の行動だ。

事前に『ダンジョンウォーク』への対応策を月姫に指示している。

その十戒ゴブリンは、月姫が仕掛けていたグレイプニールの鎖で精製した底引き網に捕らえられ、もがいていた。



≪何だ。この鎖は。≫

「月姫が敷いていた鎖に捕らえられてしまったのです。その鎖に絡めとられてしまっては、A級相当以上のサーペントでさえも動くことが出来なくなった代物です。F級ランクになってしまった十戒あなたには、もうどうすることも出来ませんよ。」



こうやって月姫が操るグレイプニールの鎖を見ていると、生き物のように動いている。

その動きは明らかに常識の範疇を逸脱しているようだ。

私の言葉を聞いた十戒は観念した様子で大人しくなり、そのやりとりを見て驚いていた月姫へ視線を送った。




「月姫。私は、魔物と会話が出来ると説明させてもらいましたが、今のがそれです。」

「はい。聞いてはいましたが、実際にその様子を見ていると、魔物に話しかけているその姿は少し痛い聖女様に見えてしまいました。でももう大丈夫です。三華月様が、魔物と会話をしているのだと認識をしました。」

「それからその十戒は、今、月姫あなたに命乞いをしているようです。」

「え、私に命乞いをしているって、どういう事ですか。」



常日頃からまともであろうと努力をしている月姫からは、十戒を処刑することにまだ躊躇いが感じられる。

純粋な私怨第一主義の聖女のことをサイコパスと言っていたし、まだ私について誤解があるようだ。

ここは月姫の少しだけ背中を押して、こちら側の人間になってもらいましょう。



「あの十戒は月姫へ、『俺の命を助けてくれ。その代わりに、俺様が世界の王となった時には、ハーレム嬢の姫の1人として養ってやってもいいぞ。』と言っています。」



――――――ブチッ、ブチブチブチ

月姫からブチ切れる音が聞こえてきた。

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