第75話 中途半端に転生について
観客のいない闘技場のような大きな空間にいた。
ここは、城塞都市にある地下迷宮の迷宮主である十戒が、私と戦うために用意したステージである。
高くとられている天井からは、迷宮内に明るい光を落としてくれていた。
背後では月姫が状況を静観している。
――――――――――『ロックオン』と『転移』を発動させ、今しがた運命の矢が、私と十戒の心臓を同時に貫いたところだ。
撃ち放った矢には、高い推進力を生み出すジャイロー回転がかかっており、私の心臓はズタズタに破壊されてしまっていた。
正面から私を見ると、胸にパックリとした穴が開き、向こうの景色が見えていることだろう。
撃ち抜かれた痛みを感じるよりも、心臓を破壊され血液が外へ溢れ出しているという視覚的な事実が、『死』というものを身近に感じさせる。
脳の処理速度が速くなり、時間が緩やかになる感覚へ陥っていく。
だが、既に破壊された心臓の再生が始まっており、失った以上の血液が再生されていた。
脳内には血が流れ、意識は問題なく保てている。
事態を静観していた月姫は、衝撃的な出来御ことに悲鳴をあげなら私の体を背中から支えてくれていた。
「三華月様。大丈夫ですか。目を開けてください。」
「はい。大丈夫です。意識はしっかりしています。何も問題ありません。」
「何も問題ないって、胸に大きな穴が開いているじゃないですか。」
「その怪我は、既に完治しております。」
「え。もう治ってしまっているって、マジですか。」
先日、眼鏡女子には私が獲得しているスキル『自己再生』について説明をしていたが、その効果を目の当たりにして驚愕している。
そして、眼鏡を光らせながら、トンネルのように貫通していた部分にあたる私の胸を、念のためにという感じで、不思議そうな表情をしながらさすり始めてきた。
「本当だ。小ぶりな胸が元に戻っている。」
そこで『小ぶりな』っていう言葉を言う必要ってあるのかしら。
さて十戒の方であるが、見た感じ完全に絶滅してしまったようだ。
世界の記憶である『アーカイブ』によると、『転生』が開始される場所は、絶滅したその同じ位置で行われるはず。
その規則に従えば、まもなく『転生』が始まり、死体になっていた十戒が別の姿になり復活するだろう。
落ち着きを取り戻していた月姫が、心臓を貫いた行為について質問をしてきた。
「三華月様が、高い自己再生力をお持ちなのは理解しました。だからといって、心臓を撃ち抜く必要は無かったのではないでしょうか。例えば、手や足を貫いて、あの十戒とやらを『出血多量』で殺した方が良かったのではないでしょうか。」
「なるほど。『出血多量』にて殺したとしても、それでは緊張感が無いといいますか、インパクトに欠けてしまいませんか。」
「インパクトですか。」
「はい。心臓を撃ち抜く方が恐怖を感じ、相手に与える精神的ダメージが高くなるというものでしょ。」
「そういうことでしたか。」
「分かってもらいましたか。」
「はい。三華月様が、感情の一部が欠如しているサイコパスであると認識しました。」
月姫は納得し清々しい表情を浮かべ何度となく頷いているが、分かってもらったポイントがずれている。
感情が欠如したサイコパスって、まるで私が殺人鬼みたいな言い回しではないか。
悪気はないのだろうが、もう少し気を遣った言葉に変えてほしいものだ。
続いて眼鏡女子がまだ質問があるらしく、と小さく手を挙げてきた。
「三華月様。もう一つ質問があります。」
「伺います。」
「『SKILL_VIRUS』の効果で十戒のスキル『転生』が完全に消滅しきってから、戦うべきだったように思うのですが、どうしてこの中途半端に破壊した段階で戦闘を始めたのでしょうか。」
「つまり月姫は、十戒に『転生』されてしまうリスクをゼロにしてから、戦うべきだと指摘しているのですね。」
「そうです。」
「そのやり方だと、十戒が中途半端に『転生』する姿を見ることが出来ないではないですか。」
「中途半端な転生ですか。」
「はい。あそこを見て下さい。その中途半端な『転生』が始まったようですよ。」
地面に仰向けになっている十戒の死骸が輝き始めていた。
不完全な状態で転生する姿が見てみたいのだ。
期待に胸が高鳴ってくる。
――――――――――スキル『真眼』が発動した。
転生した十戒のステータスが表示されている。
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・種族 : 俺だけレベルアップできるゴブリン
・JOB : ダンジョンマスター
・スキル : 転生、ダンジョンウォーク、捕食、ミラー、etc
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