第71話 それを拾い食いしたら呪いがかかるのでは

処刑対象となった遊郭の支配者である十戒は、スキル『転生』を獲得していたダンジョンマスターの魔物であった。

勇者と強斥候と共に侵入したダンジョン内では、スキル『ミラー』の使い手である飛燕が、十戒に取り込まれてしまった後、世界で最もレアな個体の魔物であるメタルスライムが現れ、勝手に私の眷属になっていた。

もしかして、メタルスライムの嫁探しをしなければならない流れになってしまったのかもしれないが、まぁ適当にやり過ごしておけばいいだろう。

そもそも、そんな手伝いをしても信仰心が上がるはずもないしな。


湖が広がる畔には草原地帯が広がっていた。

20m程度ある岩の天井から落ちてくる光がダンジョン内を昼間のように明るく照らしている。

流れている風に足元の草が揺れている音が聞こえてきていた。


私の眷属になっていたメタルスライムが『強欲の壺』を爆食し、そして進化ポイントを獲得して、おそらくだが魔王になるまでの第一歩を踏み出した。

今更ながらに気が付いたのだが、私の眷属が魔王になってしまっては、信仰心に影響が出てしまうのではなかろうか。

そのことはおいおい考えるとして、『スキル影使い』を暴走させてしまい、ダンジョンへ落ちていった四十九と月姫の救出をしなければならない。

四十九に刻んでいた『私の加護』が感じる方向へ進み始め、かれこれ一時間くらいは歩いているのであるが、まったく近づいている感覚がない。

何かがおかしい気がする。


気が付くと、今しがたまでそこにいたはずの勇者と強斥候の姿が無くなっていた。

背後からはメタルスライムだけが付いてきているようだが、2人はどこに消えたのでしょうか。

背後にいるメタルスライムに、その消えてしまった2人について尋ねてみた。



メタルスライムあなた。もしかして2人を『爆食』にて拾い食いしたのですか。」



メタルスライムは『強欲の壺』を爆食して進化ポイントを獲得したのだが、2人を拾い食いしてもポイントが加算されるとは思えない。

逆に高確率で駄目な生き物になる呪いにかかってしまう気がする。

私の問いに対してメタルスライムは全力で首を左右に振ってきた。



≪NOです。さすがにを拾い食いする勇気はありません。≫



本能的にはヤバいと感じたわけか。

正常な判断だ。

では2人はどこに消えたのでしょうか。

ダンジョンマスターの十戒が何かを仕掛けてきたような気配もない。

よくよく考えると、優秀なMAPPERである強斥候が迷宮で迷うとは考えにくい。

もしかして、迷ってしまったのは私の方になるのかしら。

そう。私は今、一体どこにいるのだろう。

星の位置が確認出来れば把握可能なのだが、ダンジョン内にいる私はその手段を持ち合わせてはいない。

勇者と強斥候の存在は綺麗に忘れて、四十九に刻んだ『私の加護』が感じる方へ、このまま進むしかない。

うんこ達については、勇敢さは皆無であるが、生命力はずば抜けていそうだし、放っておいても問題ないだろう。


今更ながらではあるが、歩く先の景色が、明らかにダンジョン内のものと変わっていることに気がついた。

いつの間にか広い一本道を歩いているし。

この感覚を私は記憶している。

やはりというか、進む一本道の先に灯りが見えてきていた。

――――――――『幻影通り』に、また私は辿りついてしまったようだ。


『幻影通り』とは『特定の種族』であるか『交易スキル』を持つ者にしか辿りつけないと言われている街であり、地上世界には様々な役割を持っている1000以上の街が存在している。

そして私には、『幻影通り』にいる『精霊』を護る役割があるのだ。

自身が生み出した『影』の中に沈んでしまった四十九を探しに来た先で、『精霊』に呼ばれたのであるが、嫌な予感がしてならない。


歩いていく先に大きな街が見えてきていた。

滑走路のような数百メートル真っ直ぐ伸びる大通りにお店と住宅がズラリと軒を連ね、魔導灯に照らされた舗装した道には人が溢れかえっていた。

幻影通りは商人達でごった返し、人の声がうねっており、半円状に真っ直ぐ伸びている大通りを魔導の精霊達がカラフルに照らしてくれている。

派手な十字架が刻まれている聖衣を身に着けている聖女を見ると、密集して歩いている商人達が邪魔にならないように進む先を空けてくれるので、歩くぶんには支障がない。

いろいろな種類の声がどこからともなく次々にあらわれて耳をとおり抜けていく。

こまぎれの音楽や母親にあおりたてる子供の声が聞こえてきていた。

無尽蔵のエネルギーを感じる街だ。


幻影通りにはドワーフ達が暮らし、『交易スキル』を持っている特別な商人以外の者が入ってくることはないが、メタルスライムを従えている聖女の姿を見ると、一様に驚いている。

話しかけてくる者もいるが、会釈をしていれば問題ない。

『精霊』が私を呼んだということは、現在進行形で良からぬ事態に陥っているものと予測できるのだが、何かが起きているような雰囲気は微塵も感じない。

歩く大通りの最奥に見える鳥居の向こうから、四十九の気配を感じる。

あそこにいるようだ。


一般の者が侵入出来ないように張られていた結界を通り抜けると、無数の数の灯りを放つ『魔道の精霊達』が辺りを鬼火のように空中を浮遊していた。

『魔道の精霊』は地上世界に灯りをもたらしてくれる最も重要な役割を持っている。

ここに暮らしているドワーフ達が、精霊達が落とす材を加工し、地上世界へ照明機器を供給しているのだ。

通ってきた商店街からの音は聞こえてこない。

鳥居に張られている結界が音も遮断しているのだろう。

私の姿を見つけた精霊達がテンションを上げ、集まってくる。

月の加護から生み出される生命力が、精霊にとって好物なのである。

だが、いつもとは少し様相が違うようだ。

近づいてきた『魔導の精霊』達が話しかけてきた。



≪月の聖女様。ここを守ってくれている『サーペント』が影に溺れそうになっています。どうか助けてやって下さい。≫



サーペントとは、比較的大型の毒蛇で、泳ぎが得意なA級以上の魔物だ。

影に溺れそうになっているとは、それは四十九が関与しているという事で間違いない。

私の加護を刻み込んでしまったせいか、四十九はトラブルメーカーになってしまっているのかしら。

精霊達の案内により奥へ進んでいくと、直径が30m程度はありそうな影の池へその影に絡め捕られているサーペントが引きずり込まれようとしている姿がある。

完全に捕縛されておるな。

影の池の畔では、『月姫』が両手で釣り竿を持っている姿があった。

影に引きずりこまれそうになっているサーペントを針で引っ掛け、釣り上げようとしている。

そして四十九であるが、サーペントの頭部に影で絡まって、気持ち良さげに寝ていた。



四十九がサーペントを、影の池へ沈まないように浮き輪として利用しているのかしら。



スキル『影使い』については、制御するどころか暴走具合が加速している。

四十九と『影使い』の適合率が相当高いのだろうう。

使いこなせたなら、S級冒険者達が相手でも無双するのだろうが、使いこなすことが出来なければ、はた迷惑なただの暴走列車だ。

このまま放置したら、この『幻影通り』は『影』に飲み込まれてしまうだろう。

まったくもって、やれやれな少女だな。

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